血しぶきハンター   作:みこみこみー

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4話 汚物は焼却処分に限る

 

 走り続けて4時間ほど経っただろうか。貴方の後ろにいる受験者達の気配は僅かながら減ってきている。

 そこで目の前に現れたのは、傾斜が強く遥か上方までずっと続いている階段であった。

 これはなかなか。無尽蔵なスタミナを手にした今でこそ余裕だが、ヤーナムにいた頃の貴方であればこの速度でこれを駆け上がり続けるのは少し厳しかっただろう。

 

 階段を登り出して少しすると、先ほど見た少年二人が貴方の直ぐ後方まで追いついてきていた。

 体力も十分か。貴方は少年達への評価を更に高くした。彼らは良い狩人の素質がある。

 

「おいゴンっ! そいつに近付くな! ……ちょっと前にあったあの風、多分そいつだぜ」

 

 深刻そうな顔をした白髪の少年が、とげとげ頭の少年へと叫ぶ。どうやら激しく警戒されているようだ。

 一度吹き飛ばしかけているのだから仕方あるまい。子供に嫌われた貴方は少し落ち込んだ。自業自得である。

 

「うーん。でも、きっと大丈夫だよ! このおにーさん、ヤな感じしないし」

「おいバカ! やめとけって!」

 

 ゴンと呼ばれた少年が貴方の横へ来る。無垢な眼をした快活そうな子だ。

 

「ねえおにーさん! そんなカッコで暑くないの?」

 

 貴方は全身を黒い狩人の装束で覆っている。人を辞めてから汗もかかなくなった貴方だが、たしかにこの格好で走り続けていては疑問にも思うだろう。

 帽子とマスクを外した貴方は、体力には自信があるし、暑さにも強いのだと答えた。

 

「へえー、スゴいね! オレはゴン! おにーさんは?」

 

 無邪気なゴン少年の様子は、実に素直で可愛らしいものだ。

 かつての人として名前は捨てたので、この世界ではアルテームと名乗っている。

 貴方は彼へ名を名乗り、アルトでいい、と断った。そして先程吹き飛ばしかけた時は済まなかったと謝罪を述べる。

 

「ううん! アルトさんはただ速く走っただけなんでしょ? オレ、全然見えなかったや!」

 

 本当に邪気の無い子だ。貴方のせいで危うく負傷しかけたというのに全く気にしていないらしい。

 後ろにいた白髪少年もまだ少し警戒しつつ、恐る恐るといった様子でゴンの横へ並んできた。

 

「オレ、キルア。……アンタさ、一体何者なの? あのスピード、とても人間とは思えないんだけど」

 

 己は狩人であると貴方は答える。当然、本当に人間で無いことは口に出さない。

 

「いや、試験受けてるって事はプロハンターじゃ無いんだろ? アマチュアにしては異常な身体能力だし。別に言いたく無いならいいけどさ」

 

 うーむと貴方は悩んだ。ここでは貴方のいう狩人という存在はいないようだし、なんと説明したものか。

 結局、貴方はとある街で特殊な訓練を受けた、獣専門のアマチュアハンターのようなものだということにした。

 

「そういえば、キルアは何でハンターになりたいの?」

「オレ? 別にハンターになんかなりたくないよ」

 

 貴方は少年たちと会話しながら走り続ける。

 どうやらキルア少年は興味本位で試験を受けにきただけらしい。見たところ相当の訓練を積んでいるようだし、彼の走りには音が存在しない。この実力なら他の受験者よりも楽に先へ進めるだろう。狩人にとって背後からの奇襲ほど恐ろしいものは無い。

 

 対するゴンは、ハンターである父親を探すのだという。かなりの功績を残している高名なハンターらしいが、父親としてはとんだ育児放棄野郎だと貴方は内心で思う。

 そのような環境でここまで純粋に育ったのは、育て親のおかげか、生まれ持った気質か。いずれにせよ喜ばしい事だ。

 貴方は早くも、ゴン少年へ親しみと好感を覚え始めていた。

 

「アルトさんは? プロのビーストハンターになりたいとか?」

 

 それもあながち間違いではないが、一番の目的は昔過ごした都市ヤーナムを探す事だと貴方は答える。そのためにはプロハンターの持つ権力や知見が必要なのだ。

 

「うーん、聞いたこと無いなぁ。無事に見つかるといいね!」

「そこって、さっき言ってた特殊な訓練を受けたってトコだろ? アンタみたいな化物がたくさん居そうでオレはあんま行きたくないな」

 

 確かにあそこは化物と狂人ばかりが溢れる悪夢の街だったと貴方は笑った。

 だが今はきっと、清廉な陽の光が射し当たる、美しき街となっていて欲しい。

 貴方はそう、切に願っている。

 

 

 ■

 

 

 階段を上がりきった先に広がっていたのは、見渡す限りに広がる広大な湿原であった。

 曰く、奇知に長けた狡猾な動植物が跋扈する危険な地域、ヌメーレ湿原。通称、"詐欺師の(ねぐら)"。

 ここを超えた先に二次試験の会場があるという。

 

「十分注意してついて来て下さい。だまされると死にますよ」

 

 サトツがこの地を恐ろしさを受験者たちへ念押しする。

 実に興味深く悍ましい場所だと貴方が驚嘆していた時、招かれざる乱入者が横槍を入れてきた。

 

「ウソだ!! そいつはウソをついている!!」

 

 どうやら乱入者は自分こそが真の試験官であり、サトツが試験官のなりすましで正体は人面猿であると主張しているようだ。

 しかし、両者のオーラを見れば貴方には一目瞭然であった。

 研ぎ澄まされた静謐なオーラを纏うサトツに対し、乱入者は余りにか細く乱れたオーラ。もはや比ぶべくもない。

 念も使えぬこのような小物がプロハンターとは思い難い。見本とばかりに偽試験官が掴んでいる人面猿にも意識があるようだ。

 

 ——ヒュッ

 

 偽試験官が下らぬ御託を並べ立てていたその時、突如としてオーラを纏った紙切れがかなりの速度と威力を伴い貴方へ向かって何枚も飛んできた。

 貴方はそれら全てを躱すと、その元凶の方を見やる。

 

「くっく♠︎ なるほどなるほど♣︎」

 

 案の定というべきか、下手人は奇術師ヒソカであった。

 手っ取り早く試験官の真偽を証明する目的だったのだろう、サトツと偽試験官のそれぞれにも攻撃が飛んでいた。

 サトツは紙切れ全てをバッチリ受け止め、一方の偽物は顔面をサックリいかれて御臨終となっている。

 

「これで決定♦︎ そっちが本物だね❤︎」

 

 だが貴方は自分にまで攻撃が飛んできたのが納得いかなかった。むしろ紙切れが一番多く飛んできたのは貴方であったのだ。

 攻撃を防いだから真の試験官という理屈であれば、自分も試験官を名乗っていいのでは、と一瞬貴方は血迷ったが口には出さずに済んだ。

 

 そして、サトツの受け止めた紙切れ。

 ——目を凝らせば、それはヒソカと限りなく薄く細いオーラ糸で繋がり、それに触れたサトツにもオーラが付着しているようだ。

 しかしサトツはその事実に気づいていないように見える。

 

「次からはいかなる理由でも、私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格にします。いいですね」

 

 素晴らしい! 貴方は密かに喜んだ。これで貴方が試験官の近くに陣取れば、ヒソカも迂闊に貴方へ攻撃できまい。

 もし襲われたらイイ感じにサトツへ誘導してやろう。

 いや待て、試験官に怪しげで汚わしいオーラを擦り付けるのもある意味攻撃ではないか? 

 貴方は名案を思い付いたとばかりにサトツに話しかける。

 

 失礼、貴公の手に、奴の穢らわしい臍の緒が練り付けられているようだ。

 

 貴方は尤もらしく啓すると、周囲の人を避けさせては懐から『火炎放射器』を取り出し、その薄汚いオーラ糸を豪快に焼き切った。

 ふむ、やはり汚物は燃やして消毒するに限るな。貴方は満足気に頷いた。

 

「——これはどうも。……44番、今のは私の落ち度でもあります。見なかったことにしましょう。しかし、二度はありませんよ」

「くっくっく それはどうも❤︎」

 

 残念、失格にはならなかったか。目論見が外れた貴方は内心でがっかりした。

 ヒソカはサトツへ答えつつも、その眼は真っ直ぐ貴方へ。強烈な殺気を混ぜた黒く粘っこい視線が貴方へ叩きつけられている。

 彼の全身からは殺意と狂気に塗れた饐えたオーラが迸る。

 

 ——気色悪い! 

 貴方はヒソカを丸ごと焼却したい衝動に駆られたが、すんでの所で堪えた。周囲への被害が大きいし、戦う間にサトツに置いていかれかねない。

 代わりに、偽試験官の骸に群がってきた死喰い鳥どもの元へゆき、ギャアギャアと五月蝿いそれらを貴方は纏めて焼き払った。穢らわしい獣どもめ。

 背後の受験者達からヒソカと同じ狂人に対する視線を向けられている事に、貴方は気付いていなかった。

 

 そうして、ヌメーレ湿原への進行が始まった。

 

 

 ■

 

 

 貴方は計画通り、サトツの直ぐ後ろについて湿原を駆けていた。

 

 湿原は濃霧に包まれ、手を伸ばせば届くほど近くにいる筈のサトツの後ろ姿すら霞んで見える。

 かと思えば、人語を喋るカラスに巨大な人喰い亀、怪しい動きの蝶の群れなど、次から次へと人を欺く捕食者達が現れる。

 そんな中でも貴方はけっこう楽しんでいた。見たことのない獣だらけ、八つ裂きにしたらどんな色の血が噴き出すのだろうか。

 試験でもなければ片っ端から解体していたところだった。特にあの巨大な亀は、きっと内臓攻撃(モツ抜き)が捗るだろう。

 

 問題のヒソカはかなり後方へいるようだ、纏うオーラを更に悍ましく膨れさせて移動している。

 ……これは、殺る気だな。貴方は確信した。全く厄介な狂人だ。

 

 ゴンやキルアは比較的貴方の近くにいるが、立ち籠める霧が濃くなっているし何かがきっかけで離れてしまえば彼らも襲われかねない。

 会遇は短くとも既に彼らへの情が湧いていた貴方は、もしそうなれば介入するつもりでいた。

 これほど若い子供が惨たらしく殺されるというのは余りに忍びない。

 

 考えながら駆けていると、突如目の前のサトツが前方へ跳躍した。かと思えば、貴方の足元が浮き上がり、地面から巨大な蛙が口を開いて這い出してくる。

 パックリと大きく開かれたガマ口が、獲物を丸ごと喰らおうと頭上の貴方たちへ迫り来る。

 

 事前に気配を掴んでいた貴方はサトツのように跳躍しつつ、左手に取り出した『獣狩りの短銃』を蛙の脳天へ向け、躊躇なくその撃鉄を降ろした。

 その瞬間、

 

 ——爆ぜる。

 

『獣狩りの短銃』は、本来は殺傷目的でなく牽制用の銃である。

 しかし、貴方の手にギラリと輝くその銃には厳選に厳選を重ねた31.5%血晶石が捩じ込まれ、放たれる水銀弾には途方も無い血の遺志と神秘がこれでもかと練り込まれている。

 今やそれは、もはや手銃ではなく小隕石のような威力を発揮するようになっていた。

 憐れその標的となった巨大蛙は、原型も残さず木っ端微塵に爆散し、辺りに血肉の雨を撒き散らしたのであった。

 

 たった一発の銃撃とは思えないその爆散ぶりに、貴方は血晶石の付けていない低威力の武器も用意するべきかと悩む。

 今までの狩りでは辺りに人気のない場所で狩ることが多かったため気にしなかったが、今回のような場合は高すぎる威力も扱いにくい。

 蛙の死骸と土埃で血塗れ土塗れにされた周りの受験者が、やれふざけるなと貴方に怒号を飛ばしている。ここはひとまず逃げるが勝ちか……。

 貴方は少し距離のあいたサトツの元へ、一足跳びに接近しようと足に力を込める。

 

 その時、遥か後方でついに爆発した悍ましい殺気を貴方は捉えた。ヒソカが動いたようだ。

 そしてその直後、貴方の少し後方でついて来ていた筈のゴンが、いきなり見当違いの方角へ走り出すのにも気づく。

 

 向かう先にはヒソカの禍々しいオーラ。いかにも仲間思いのあの少年の事だ、おそらく友人が襲われているのを察知して助けに向かったのだろう。

 ゴンと一緒に走っていたキルアは、彼を追わずにそのままこちらへ進んでいる。実力差を弁えた賢明な判断だ。

 

 貴方は一つの迷いも無くサトツへの追従をやめ、ゴンの後を追い出した。

 真摯な友人はまこと得難きもの、必ず救わねばなるまい。

 

 踵を返した貴方の行手を、崩れた足場や襲いかかる獣どもが妨害する。

 左手の短銃で片端から木っ端微塵に弾き飛ばすが、すっかり崩れた地面はもう渡れない。やむを得ず遠回りで向かう事にする。

 ヒソカの実力を考えれば、念を使えぬゴンやその友人など数秒も持たずに命を刈り取られてしまうだろう。

 

 急がねば。

 

 懐から再び取り出した『古い狩人の遺骨』の遺志を引き出し、「加速」の力を身に宿す。

 目にも留まらぬ疾さで駆ける貴方の手に取り出され握られるは、『獣狩りの散弾銃』と『仕込み杖』である。

 

 ——さて、狩りの時間だ。

 





 『アルテーム』
 本作主人公。オリジナルキャラクター。
 由来は「アルテミス」より。ギリシア神話における狩猟と貞潔を司る月の女神。

 『火炎放射器』
 血の混じった水銀弾を特殊な触媒とし、高熱の火炎を放射し続ける特殊銃器。
 決して効率のよい武器ではないが、時に炎の海が必要なこともある。
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