血しぶきハンター   作:みこみこみー

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7話 それを喰うなんて正気じゃない

 

 貴方はつくづくがっかりして、げんなりと森を歩いていた。

 

 いざ始まった二次試験は、まさかの料理が課題であったのだ。貴方が期待した凶暴な獣など待ち構えておらず、ただ巨漢が腹の虫を掻き鳴らしていただけだったのである。期待はずれもいいところだ。

 

 だが、最大の問題はそこではなかった。

 二次試験の二人の試験官、その片割れたる巨漢のブハラが出した料理の課題。

 貴方はそれを聞いた時、あまりの衝撃に己の耳が腐り落ち、発狂の末に脳髄が蕩けてしまったのかと本気で疑った。

 

『オレのメニューは……ブタの丸焼き!! オレの大好物』

 

 ——ブタ……? 豚だと? さては、脳喰らいに中身を吸い尽くされでもしたのか。

 

 頭蓋には夥しい目玉を生やし、薄汚い口で耳障りな叫びを上げては突撃してくるあの悍ましい獣を、よりにもよって丸々焼いて喰らおうと言うのだ。

 いくらいえども正気を疑わざるを得ないではないか。……いや、あの腹の轟音といい、やはり人間を騙る狂った獣に違いない。ヌメーレ湿原から人の皮を被ってここまでやってきたのか。丸焼きに滅却すべきは彼奴の方なのでは。

 完全に錯乱した貴方は、ブハラ滅却作戦を実行しようかという直前で、そういえばこの地方の豚とはあのような冒涜的な姿形ではないのであったと思い起こした。そうしてすんでのところで踏みとどまって、森へ豚を探しに来たのであった。

 

 早速貴方の目の前にそれらしき獣が現れた。……鼻が異常発達しただけの、別段特徴もない大きな生き物だ。貴方は心底ホッとした。

 グレイトスタンプと呼ばれるその豚は、貴方と目が合った途端に叫び声をあげて猛突進してくる。

 どうして豚はやたらと突進したがるのか。貴方はその習性に疑問を呈しつつも突進を寸前で躱し、木に激突して動きを止めた豚に対して、素手のままその尻へ溜め攻撃を放った。

 

 ——シュギュイィン! 

 

 豚がダウンするとともに、脳内に気持ちの良いSEが流れる。昔からパリィやダウンに成功するとなぜかこの癖になる音が流れるのだ。

 そしてダウンした豚に対し、その体内へと思いっ切り腕を突き破る。ブシュウという音とともに、貴方の手に伝わるは温かな臓物の感触。

 豚が耳をつん裂くような苦痛の叫びを上げるのも意に介さず、掌の温かいそれを強く握った貴方は、勢いよく、その(はらわた)を外へ引き抜き、ぶち撒けた。

 

 ——ブシャアアアア! 

 

 血と臓物を噴き上げる豚の死骸の傍で、その赤く生暖かいシャワーを全身に浴びる貴方は大層ご満悦であった。

 どうして豚への内臓攻撃はこんなにも爽快なのだろうか。ブチ抜く度に寿命が伸びる心地がする。

 しばらく余韻に浸った貴方は、自分の返り血を川で洗い流し、中身の空になった死骸を丸ごとこんがり焼いてから持ち帰った。

 

 どうやら貴方が最後であったらしい。豚の丸焼きを持ってきた貴方は、獣疑惑のあるブハラへとそれを受け渡す。

 

「おっ、これは血抜きもワタの処理もイイ感じだ! んん〜うまいうまい!! 1番を決めるならキミかな!」

 

 貴方の個人的な趣味趣向で偶々そうなったとは露知らず、ブハラは貴方の料理を絶賛した。

 それにしてもとんでも無い大食漢だ。食べた量と体積が見合っていない。やはり人間では無いのか……? 

 全く他人のことを言えない人外の貴方が再び失礼な疑いを掛けていれば、今度はもう一人の二次試験官、メンチによる次の課題が発表された。

 

 

 ■

 

 

 スシ…………。貴方にはさっぱり聞いたこともない。

 メンチ曰く調理台の道具やニギリズシなる単語がヒントらしいが、まともな料理などまるでしたことのない貴方には珍紛漢紛なのであった。

 

「ニギリ……か。だいたい料理のカタチは想像がついてきたが、肝心の食材が全く分からねーぜ」

 

 共に調理台まできたクラピカとレオリオと共に、貴方は頭を捻らせる。

 

「具体的なカタチは見たことないが……文献を読んだことがある。確か……酢と調味料をまぜた飯に新鮮な魚肉を混ぜた料理、のはずだ」

「魚ァ!? お前、ここは森ん中だぜ!?」

「声がでかい!!」

 

 

 ——な、何……だと…………? 

 

 

 ……「魚」? 今、魚と言ったのか。……信じられん、狂っている。発狂しているに違いない。

 

 貴方は魚というものに対して、尋常ならない苦手意識を抱えていた。正確には貴方が強烈な忌避感を持っているのは「魚人」や「魚犬」であるのだが、水場に住みヒレを持つという時点で貴方に取っては到底許し難い存在であった。

 

 かつてヤーナムの悪夢の中で、その命を落とす度に夢で目覚めては挑み直す事を数え切れぬほど繰り返した貴方であったが、その永い苦難の旅路の中でも最も心折れ挫けそうになった正真正銘の地獄こそ、「漁村」であったのだ。

 

 村のそこら中に跋扈する青白くぬめる肌の魚人達、その中でも巨体を誇る『瘤あたま』の魚人は、貴方がもう二度と相見える事のないように切に請い願う、まこと恐ろしい化物のひとつである。

 特に村の井戸の中を彷徨っていたあの悍ましい二体の『瘤あたま』は、おそらく最も多く貴方を殺して見せたであろう忌忌しい仇敵だ。

 それを差し置いても、地を埋め尽くす冒涜的な軟体生物、秘密を守るため何度も殺しに来る教会の刺客、果ては上位者ゴースの遺児まで、貴方にとって苦々し過ぎる記憶が数多く残る悪夢の村である。

 ……そもそも貴方が漁村に入り込んだ目的は、漁村に隠された秘密。別に暴かなくともよいその秘密を頑なに暴こうと貴方が強行突破したのであって、嫌なら辞めればよいだけの話であった事はここだけの話である。

 

 おお……ビルゲンワース……ビルゲンワース……

 冒涜的殺戮者ども……貪欲な血狂いどもめ……

 

 とにかく貴方は心底苦悩した。己に、魚を食い物にしろというのか……! 

 冒涜的にも程がある。教会の腐った上層部達ですら、あの悪夢は封じるに留め、以降一切その強欲な手を出さなかったのだ。

 

 ああ、それはまさに狂気であり、まともな人のものではない。

 あるいは、まともであることの、なんと下らないことか。

 

 ……しかしこれを乗り越えねば試験には受からない。

 プロハンターとなるための試練としてはこれ以上のものはないだろう。覚悟を決めるか……! 

 

 貴方が一人頓珍漢な葛藤と戦っているうちに、いつの間にやら他の受験生達はみな川へと向かい居なくなっていた。

 

 

 ■

 

 

(ワリ)!! お腹いっぱいになっちった」

 

 青白く銀色に反射する鱗の悍ましさをどうにか堪え、頭を真っ二つに断った血塗れの川魚。

 それを貴方が調理場へ持ち帰ってきたちょうどその時。

 メンチは腹が膨れたと言って試験を終了してしまった。

 

 貴方は絶望した。己の苦労が泡と消えた。上位者でも鳥肌は立つのだということを、この日貴方は初めて学んだのであった。

 それにしても、合格者無しとは驚いたものだ。厳しい試験とは聞いていたが、まさか料理の味で不合格にされるとは。

 来年の試験には徹底的に料理の練習を積んだ上で臨むべきか……。

 

 しかしやはり、問題は魚だな。あの悍ましさといったら形容し難い。苦手克服にはどうするべきだろう。

 ここはシンプルに、ひたすら大陸中の魚を狩り尽くして耐性を得るのが手っ取り早いだろうか。いや、そうか! そもそもこの世の魚を綺麗さっぱり絶滅させてしまえば、料理に使おうなどという狂った戯言を宣う輩もいなくなる! 

 

 ハンター協会からも電話で苦言を呈されキレ散らかしているメンチを他所に、貴方は今後一年間の料理特訓計画、もとい魚類抹殺計画を真剣に練っていた。

 

 ドゴオオオンン!! 

 

 大きな破壊音で貴方は我に返った。見れば受験生の1人がメンチへ激昂し暴れ出している。

 

「今回のテストでは試験官運がなかったってことよ。また来年がんばればー?」

「こ……ふざけんじゃねェ──ー!!」

 

 試験官相手に無手で殴りかかった受験生は、ブハラに蠅のようにはたき飛ばされた。

 

 ふむ、楽しそうだな。

 ブハラの巨大な腕がちょっとだけ羨ましくなった貴方は、その腕で忌まわしき赤蜘蛛を叩き潰す様を想像して、少し胸の空く思いをした。

 狩っても狩っても無限に湧いて出てくるあのしつこい存在を軽く潰せたら、さぞ気分がいいであろう。

 

「どのハンターを目指すとか関係ないのよ。ハンターたるもの誰だって武術の心得があって当然!!」

 

 ! ……これは。

 考え事をする貴方を余所にメンチが受験生へハンターの矜持を説く中で気付く。遥か上空に感じる強者の気配に。

 間違いなく、貴方が上位者となってから知る中で群を抜いて高い実力を持っている。只者ではない。

 

 〈それにしても、合格者0はちとキビシすぎやせんか? 〉

 

 高い空を飛ぶ飛行船から拡声器に乗った声が届く。

 その何者かが急降下でこちらへ向かっているのを認識し、貴方はつい出来心で。

 その着地予想地点へと、未だ手に持つ首無しの魚を投げ付けた。

 

 直後、そこには赤く生臭い花火が咲いた。

 






 『人喰い豚』
 検索注意(グロ)。みんなのトラウマ。
 熟練した狩人からは、気持ちよく輸血液を補充できるご褒美扱いがなされているとかいないとか。
 
 『ビルゲンワース』
 ヤーナム郊外にある古い学び舎。ウィレーム学長が率いた学術機関。
 上位者と同じ思考の次元に至るため、脳に瞳を得ようとした。
 漁村の住人を片端から拷問、解剖して、その脳内に瞳がないか実験したという疑いがある。
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