血しぶきハンター 作:みこみこみー
「どわあああああ!! 何だ!? 何が起きた!?」
「臭ェ!? 汚ねェ!!」
遥か上空から飛び降りてきた老人は、見事、貴方の投げ付けた魚の骸を盛大に踏み潰した。
老人が履く高下駄によって爆発四散した死骸は辺りへ勢いよく血と肉片を撒き散らし、周囲にいた者たちを赤い斑点模様へ染め上げている。
憐れな被害者たちは慮外の事態に状況も分からず阿鼻叫喚である。
「…………」
その足で魚を爆散させた老人は下手人の動きが見えていたのか、無言で半開きの物言いたげな目を貴方へと向けている。
高い下駄と大きな衝撃のおかげか、本人は下駄以外に血はついていないようだ。
うーむ、見事な着地である。あの忌々しい魚の胴体ど真ん中を貫く、素晴らしい一撃であった。
「……ちょっとおおぉぉぉ!!?? テメェッ、何つーマネしくさりやがってんだゴラ!! この方が誰だか分かってんのかボケッ殺すぞ!? お!? あ゛!?」
貴方が自分の成した完璧な投擲に満足していた時、あまりの出来事に呆然としていたメンチが、突如貴方へ凄まじい剣幕で掴みかかっては怒鳴りつけてきた。
よく見ると彼女の身体にも赤い飛沫がそこら中に染み付いているし、特徴的な髪の編み込みには小骨らしき物体も突き刺さっている。
貴方は自分には血が飛ばなかった事を少し残念に思う。魚は嫌いだが血は平等に好きなのだ。
怒り散らし続けるメンチを他所に甚だ勝手な感想を抱いた貴方は、何故血を浴びせてやったのに怒られねばならないのかと理不尽な不満を抱く。
そういえば、貴方が試験会場の案内人と共に獣を狩った時も、盛大に獣の血をぶち撒けては案内人にキレられていた記憶がある。
メンチの罵声を聞き流す中で分かったが、あの降ってきた老人は審査委員会のネテロ会長という人物で、ハンター試験の最高責任者であるようだ。
なんということだ! これで試験失格にされては堪らないと、貴方はネテロへ軽く謝罪した。
つい、出来心で……。メンチの激憤は更に勢いを増した。
「う、うーむ、出来心とな……。——ウォッホン!! ひとまず、メンチくん。お主が行った試験の審査結果について確認したい」
コイツ、メチャクチャしおるわい……。そんな本音が溢れそうになりつつもネテロはメンチへ呼びかけた。
漸く大人しくなったメンチは、寸前までとは別人のような緊張ぶりで受け答えをしている。
いかにも真面目な顔をしているが、肉片が塗されているせいでどこか締まらないなと貴方は笑った。ギロリと横目でメンチが貴方を睨みつける。
どうやら貴方は失格にはされずに済むらしい。全く、腹立たしい魚め、とんだ傍迷惑だ。
「会長、私たちをあの山まで連れていってくれませんか」
メンチが言う。ネテロの審問の結果、メンチの二次試験はもう一度別の内容で仕切り直す事になった。
次はここから遠くに見えるマフタツ山まで飛行船で移動するらしい。
飛行船! 貴方は大いに期待を膨らませた。
話に聞いた事はあったが乗るのは初めてだ。何故あのように頓馬な姿形で宙を飛べるのか。
これは内部の探索が楽しみである。
「ちょっとあんた! 次に妙な真似をしたらマジでブッコロス!」
貴方はメンチに釘を刺されてしまった。試験官には逆らえぬ。口惜しいがここは大人しくするしかあるまい。
■
「よっと。この卵でゆで卵をつくるのよ」
マフタツ山の山頂に到着した貴方達は、山を真っ二つに裂いたかのような深い峡谷から攀じ登ってくるメンチを見届けていた。ちなみにメンチは着替えて綺麗になっている。
曰く、この谷に糸を張って吊るされているクモワシの卵が獲物らしい。
飛び降りては糸を掴み、卵を取ったら崖を登って帰ってくる。なるほど単純明快だ。
高低差を苦手としていた以前の貴方では困難な作業であっただろうが、今では十分余裕にこなせるだろう。
「そりゃあ──ー!!」
ゴン達が潑剌と飛び降りていくのに続いて、貴方も深い谷の下へ降下する。
しっかりと糸を掴みぶら下がった貴方は、葡萄のように吊るされる一房の卵、その全てを回収した。
メンチは一つだけ卵を取れと言っていたが、全て取ってはならぬとも言っていない。
蒐集癖の塊である貴方は、取った卵を残さずあちこちの懐へ仕舞い込んだ。
あとは崖を登るだけである。
「う……うまいっっ!! 濃厚でいて舌の上でとろけるよう様な深い味は、市販の卵とははるかに段違いだ!!」
無事課題を達成しゆで卵を作った貴方は、他の受験生がその極上の美味に感動するのを眺めつつ、自分の分を口に含む。
……うーむ。確かにこれはなかなか。
貴方が最も好むのは程よく焼けたステーキだが、この卵も貴方のお気に入りとなるには十分な美味であった。
今更食事など必要としない上位者の身体であるものの、口元の無聊を慰めたい時もある。この卵はそれに丁度良い。
ちなみに貴方が作ったゆで卵はひとつのみである。
一房丸ごと摂ってきたと知られて面倒な事になるのも避けたいので、残りの卵は未だ身体中の懐に仕舞われたままだ。
あとでこっそり茹でて喰おう。
ゴン達も皆無事に試験を突破したらしい。
二次試験の合格者達と共に、次の試験会場へ向かう飛行船の中へ貴方は再び乗り込んだ。
■
ゴォン ゴォン
エンジン音を響かせ空路を進む飛行船。その中の広間にて、貴方は残った42名の受験者としてネテロの挨拶を聞いていた。
どうやらこのままネテロも着いてくる事にしたようだ。
受験者の顔ぶれを見た貴方は、その中にヒソカがいる事に愕然とする。
再起不能レベルに損傷させた筈だが、今の彼を見る限り最初に遭遇した時とほぼ変わりない姿である。
オーラの顕在量こそ大幅に落ちてはいるものの、切り落とした手足は少なくとも表面上は元通りにくっついているように見える。さては不死身なのか?
以前狩人の悪夢にて、幾ら屠ろうと何度もしつこく貴方へ襲ってきた『教会の刺客、ブラドー』を思い出した貴方は、辟易とした気分でヒソカを観察した。やはり次こそは滅却処分せねば。
その視線に気づいたヒソカは貴方へ意味ありげな視線を返してくるが、貴方はにべもなく無視する。
「次の目的地へは明日の朝8時到着予定です。こちらから連絡するまで各自自由に時間をお使い下さい」
豆頭の小男が説明する。しばしの休息が得られるようだ。
貴方は近くにいたクラピカとレオリオの元へ寄る。ゴンやキルアはどこかへ行ったらしい。代わりに彼等の近くでは、小太りの胡散臭い笑みを浮かべた男が何やら話しかけている。
「——大体平均して試験は5つか6つくらいだ」
「あと3つか4つくらいってわけだ」
「なおのこと今は休んでおいた方がいいな」
この後の試験についての話のようだ。気になった貴方は彼等へ挨拶する。
「だが気をつけた方がいい。さっき進行係は……——うげっっ! オ、オレはここいらで失礼するよ……。じゃ!」
貴方の顔を見た途端、見知らぬ小太り男は焦りを浮かべて直ぐに立ち去っていった。
武器を向けてられてもいない相手にいきなり襲ったりなど貴方はたまにしかしないが、何故そこまであからさまに恐れられているのか。
虚をつかれた貴方は、気を取り直してクラピカ達へ話しかける。
「アルト殿、君も試験を突破できたのだな。……いや、実力を考えれば当然か。お互い、このまま順調に進めることを祈るよ」
「ハハッ、トンパの気持ちもわからんでもないぜ。ヒソカをボコボコにできる様なヤツに好んで関わろうとは思わねーだろうよ」
貴方は顔に少し疲れを滲ませる彼等と談笑を続けた。
■
「ねェ、今年は何人くらい残るかな?」
飛行船のある1室。関係者専用のそこに集うここまでの試験官達は、豪勢な料理をつつきながら今年の受験生達を話題にしていた。
「
「あ、やっぱりー!? 私294番がいいと思うのよねー。ハゲだけど」
「私は断然99番ですな。彼はいい」
「あいつきっとワガママでナマイキよ」
サトツのあげた99番、すなわちキルアへ、メンチがきぃきぃと偏見だらけの文句をつける。
「ブハラは?」
「そうだねー。やっぱ326番……かな。彼の料理が一番うまかったし」
「あのイカれ野郎!! マフタツの谷底へ突き落とせたらどんなに良かったか!」
メンチはまたヒートアップしてぎゃあぎゃあとアルトへの愚痴を垂れ流す。
「しかし、彼の実力は全く底が知れません。実は一次試験の際も、別の受験者から攻撃を受けた時に彼に助けられましてね」
「え? サトツさんが"助けられる"って、念を使えるヤツに攻撃されたってこと?」
「ええ、44番です。非常に巧妙な"隠"で隠されたオーラでした。恥ずかしながら私はそれに気付けなかったのですが、326番が教えてくれたのです」
「確かにオレも、二次試験が始まるまで中で待機してた時は外からとんでもない戦意と殺気が彼から叩きつけられてて気が気じゃなかったよ。扉が開いて目があった途端、やる気無くしちゃったみたいだけど」
まるで掴みどころのない特異な実力者。それが3人のアルトに対する印象であった。間に「どこか狂った」という修飾が入るが。
「一見して理性的なようで急に突拍子もない行動を取る彼は、ある意味誰よりも自由であるように思えます。良いハンターとは良くも悪くも一癖二癖あるものですから、見様によっては彼は誰よりもハンターらしい人物であるかも知れませんね」
「その突拍子もない行動で酷い被害を受けたこっちの身にもなって欲しいわよ。絶対またなにかやらかすに違いないわ!」
「なーんか、もう既に手遅れなんじゃないかって気がするんだよなぁ」