機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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アクシズの落日

熱い。

 

だが、それは希望の熱ではなかった。

宇宙世紀0093年。アクシズを押し返す、あの虹色の光。サイコフレームという未知の物質が引き起こした、人類史上最大にして最悪の奇跡。

ジェガンのコクピットでそれを見た時、俺は確かに救われたと思った。人類の革新を、隣で戦うアムロ・レイという男の背中に見た気がしたんだ。

だが、あれから28年。

宇宙世紀0121年。

俺の目の前にあるのは、奇跡の成れの果ての、腐り果てた連邦の官僚主義だけだ。

 

「……結局、何も変わらなかった。あの光を見た連中も、地球でぬくぬくと椅子に座っている連中も。ただ、机上の計算で平和を弄んでいるだけだ」

 

俺は、オイルと煙草の匂いが染みついたノーマルスーツの袖で、モニターの曇りを拭った。

表示されているのは、サナリィ(S.N.R.I.)が開発した最新鋭小型MS、ガンダムF90の性能諸元だ。

出力3,160キロワット。全高14.8メートル。

かつての18メートル級が積み上げてきた歴史を、効率という名の刃で削ぎ落とした、連邦の傲慢の結晶。

だが、俺にはこれが、死者たちの声を黙らせるための、新しくて薄っぺらな蓋にしか見えない。

 

「……ボッシュ大尉、そんなところで何を? 2号機のバイオコンピュータの初期診断、もう終わっていますよ」

 

声をかけてきたのは、かつてのホワイトベース隊の生き残り、ジョブ・ジョンだ。

彼は今やサナリィの幹部として、この「小さなガンダム」を誇らしげに見つめている。その眼差しは、かつての戦友を懐かしむものではなく、最新デバイスの歩留まりを計算する管理職のそれだった。

 

「……ジョブ。この機体は、本当に人を救うためのものなのか?」

 

「救う? 大尉、言葉が古すぎますよ。これは最適化です。余剰コストを15パーセント削減し、機動性を20パーセント向上させる。それがサナリィの提示する解です」

 

最適化。コスト。削減。

かつて命を懸けて戦った戦場が、今や冷徹な統計データとして処理されている。

0093年の虹色の光も、そしてその3年後、0096年に起きた「ラプラス事変」の結末も。

あの日、メガラニカから放送された「宇宙世紀憲章」の真実、ニュータイプの権利を認めるという石碑の祈り……。バナージ・リンクスという少年が示した可能性さえも、連邦は「テロリストによる虚偽放送」という処理票一枚で握り潰した。

 

「ラプラスの箱が開いたところで、世界は1ミリも変わらなかった。むしろ、連邦の隠蔽体質はより狡猾になり、ニュータイプという言葉は、新型機の共鳴係数を測るための単なるパラメーターに成り下がった」

 

俺は、鈍く輝く2号機の装甲に触れた。

F90。

従来のMSに比べて容積が半分近くになったこの機体は、その密度ゆえに、内部フレームが筋肉のように密集している。

ハッチの隙間から覗く、高精度に配置された回路の束。

そこにはかつての「ジオン」が持っていた泥臭さも、「連邦」が持っていた無骨さもない。

あるのは、ただ相手を効率よく解体するためだけに磨き抜かれた、外科手術用メスのような機能美だ。

 

だが、この美しすぎる機体にも、弱点はある。

ミッションパックによる汎用性。A、D、S、V、P……26種類にも及ぶという換装機構だ。

「ハードポイント」と呼ばれる接続箇所。

装甲の各所に配置された、丸いプラグの蓋。

そこに指を添え、丁寧にボルトを締め直すメカニックの少女たちの指先を見ながら、俺は生理的な嫌悪感を覚えた。

彼女たちの柔らかな体温が、この冷徹な殺戮機械に触れるたび、まるで純潔な少女が怪物に犯されているような、倒錯した情欲が胸に湧き上がる。

 

「……気持ち悪いんだよ。何もかもがな」

 

俺は吐き捨て、2号機のコクピットへと滑り込んだ。

ハッチが閉じる。

外部の音が遮断され、第13独立機動艦隊エイブラムの格納庫が遠ざかる。

コンソールに並ぶ、血の通わない文字列。

核融合炉稼働。プラズマ収束率、98パーセント。

バイオコンピュータ、オンライン。

 

その瞬間。

俺の脳内に、激しいノイズが走った。

 

「……っ!?」

 

バイオコンピュータ「Type-A.R」。

アムロ・レイの戦闘データを疑似人格化したというそのシステムが、俺の脳波とリンクした途端、暗い感情の奔流を流し込んできた。

それはアムロの希望ではない。

アムロが戦いの中で殺してきた、何万人ものジオン兵たちの断末魔。

宇宙に散った魂の、行き場のない叫びだ。

 

『ボッシュ……ボッシュ・ウェラー……』

 

幻聴か。それとも、この機体そのものが俺を呼んでいるのか。

モニターの隅で、一瞬だけ赤い影が揺らめいた。

それはかつての「赤い彗星」の残像か。

あるいは、俺自身のニュータイプへの憧憬と、それが叶わなかったオールドタイプの惨めな嫉妬が作り出した幻影か。

 

俺は、シドニーから渡された秘匿チップを、メインコンソールのスロットへと差し込んだ。

「……始めよう、アムロ。あんたが作り損ねた世界の続きを」

 

チップが読み込まれる。

サナリィのセキュリティ・コードが次々と破られ、バイオコンピュータの深層領域が、オールズモビルの暗号化プロトコルで書き換えられていく。

画面を埋め尽くす「ガンダムF90」という識別名称が、一瞬だけバグを起こし、「RE-GELGUU」という呪われた名を浮かび上がらせた。

 

「大尉? 2号機のデータリンクが切断されました! 何を……ボッシュ大尉、応答してください!」

 

無線の向こうでジョブ・ジョンが狼狽している。

俺は答えず、120ミリマシンガンの弾倉を装填した。

カチリ、という硬質な金属音がコクピットに響く。

この音だけが、唯一の真実だ。

効率化された平和も、数字に還元された死も、俺は信じない。

 

俺が信じるのは、火星の砂の下で30年、錆びることなく研ぎ澄まされてきた、死者たちの怨嗟だけだ。

 

「……ボッシュ・ウェラー、2号機、出る。……いや。ジオンの亡霊、出る」

 

俺はスロットルを最大まで押し込んだ。

小型化されたMSの爆発的な推力が、俺の老いた体をシートに叩きつける。

1G、2G、3G……。

加速の衝撃が、俺の肋骨を非情に軋ませる。

 

熱い。

今度こそ、本当の熱だ。

俺は、白きガンダムの光を背に、漆黒の宇宙(そら)へと飛び出した。

 

アクシズの落日から28年。

俺の、本当の一年戦争が、今、始まった。

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