機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
火星の希薄な大気を切り裂き、オリンポス山の麓へと迫る高熱源体。
F90 2号機のコクピットモニターが捉えたのは、かつての俺の愛機と同じ輝きを持つ、白き1号機だった。
宇宙世紀0121年。
「……来たか、デフ。お前のその真っ直ぐな正義が、ここまでお前を運んできたというわけか」
俺は操縦桿を握る手に力を込める。
赤と黒に塗り潰された2号機は、今やジオンの亡霊を宿す器だ。
サナリィが設計した14.8メートルの機能美は、俺の執念によって、連邦を狩るための獣へと変貌を遂げている。
「ボッシュ大尉! 返答してください、ボッシュ大尉ィィィ!」
ノイズ混じりの通信から、デフ・スタリオン少尉の悲痛な叫びが響く。
彼はまだ信じているのだ。
かつてジェガンのコクピットからアクシズの奇跡を見上げた俺が、連邦を裏切るはずがないと。
「デフ。お前は何も分かっていない。……アムロ・レイが命を懸けて守ったこの世界が、どれほど醜く腐り果てているかをな」
「それでも……それでも、大尉は僕の憧れでした! 僕に戦い方を、ガンダムの強さを教えてくれたのは、あなただったじゃないですか!」
1号機が急加速する。
ミッションパック「V(ヴェスバー)」タイプ。
新型火器の試作運用を目的としたその装備は、連邦の技術力の結晶だ。
高出力のビームが、火星の赤い大地を灼き、俺の2号機の側を掠める。
「大佐、下がってください! あのガンダムは私が……このシャルロットが仕留めます!」
隣を並走していたシャルロット・オーランドのRFゲルググが、デフの前に立ちはだかった。
彼女の機体もまた、外装はゲルググだが中身は最新鋭。
旧型への執着を「偽りの安らぎ」として纏った、歪な怪物だ。
「どけよ、ジオンの残党! 僕は大尉と話をしているんだ!」
「黙れ、地球の重力に魂を引かれた者め! 大佐こそが、私たち火星の民を導く真の騎士だ!」
シャルロットの声は、陶酔に満ちていた。
軍服の裾を切り詰め、健気に咲く一輪の花を装いながら、その操縦は苛烈を極める。
だが、デフの駆る1号機の性能は、彼女の熱意を嘲笑うかのように圧倒的だった。
「シャルロット、下がるんだ! その機体では勝てん!」
「いいえ! 大佐に捧げたこの命、ここで使い果たしても本望です!」
彼女の純真さが、俺の罪悪感をナイフのように抉る。
俺が彼女に与えたのは、希望などではない。
連邦への復讐という名の、死への片道切符だ。
1号機の背部から放たれたヴェスバーの一撃が、RFゲルググの盾を紙細工のように貫く。
爆圧でシャルロットの機体が姿勢を崩す。
「ぐっ……あぁぁっ!」
「シャルロット!」
俺はスロットルを全開にした。
2号機のジェネレーターが咆哮を上げる。
出力3,160キロワット。
小型化MSゆえの爆発的な加速が、俺の体をシートにめり込ませる。
「……デフ。老兵の意地を、その身に刻んでやろう」
俺は2号機のビーム・ライフルを、1号機の四肢へと向けた。
殺すのではない。
正義を叫ぶその青臭い魂を、絶望の淵へと叩き落としてやる。
「ボッシュ大尉……本気なんですね。本当に……僕を撃つんですね……!」
「そうだ、デフ。戦場に正義などない。あるのは、勝者が塗り潰した歴史だけだ」
火星の赤い砂嵐の中で、2機のガンダムが交錯する。
1号機の白い軌跡と、2号機の黒い残像。
それは、かつての英雄の遺産を奪い合う、亡霊たちの舞踏だった。
算用数字で刻まれる高度計と、急速に消費されるエネルギー残量。
俺はオイルと煙草の匂いに満ちたコクピットの中で、薄く笑った。
アムロ。あんたの背中は、もう見えない。
俺の目の前にあるのは、お前が残した「ガンダム」という名の呪縛を、俺自身の手で葬り去るための、暗い穴だけだ。
「デフ! これがお前の信じたガンダムの、本当の姿だ!」
俺の放ったビームが、1号機の左脚を粉砕する。
バランスを崩した白き機体が、火星の土煙の中に沈んでいった。