機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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散りゆく火星の花

熱い。

 

火星の赤い大地が、連邦軍の放つ無慈悲な光弾によって、さらに赤く染まり、沸騰している。

F90 2号機のコクピット。全周天モニターを埋め尽くすアラートの群れを、俺は冷徹な算用数字として処理し続けていた。

 

宇宙世紀0121年。

 

「……連邦の増援か。物量こそが唯一の正義だと信じて疑わない、無能な官僚どものやりそうなことだ」

 

俺は操縦桿を引き絞り、迫り来るヘビーガンの小隊を、ビーム・ライフルの精密射撃で突き放す。

機体出力3,160キロワット。小型化MSの生み出す爆発的な推力は、火星の希薄な大気を切り裂き、物理法則をあざ笑うかのような機動を可能にしている。

 

だが、戦況はもはや個人の技量で覆せる域を超えていた。

空を覆い尽くすほどの連邦軍の降下艇。その物量に、オールズモビルの「亡霊」たちは一人、また一人と、砂塵の中に消えていく。

 

「ボッシュ大佐! お下がりください! ここは私が……私たちのジオンの誇りは、私が守ります!」

 

通信モニターに映るシャルロット・オーランドの顔は、死を目前にした者のそれではない。

狂信に近い恍惚と、俺に対する歪んだ献身。

軍服の裾を短く改造した彼女の脚が、衝撃のたびに震えている。

その危うさが、健気に咲こうとする一輪の花のように、俺の罪悪感を逆撫でした。

 

「シャルロット、深追いするな! 基地へ戻り、撤退の準備をしろ!」

 

「いいえ! 0100年に、連邦が私たちの『誇り』を紙切れ一枚で奪ったあの日から、私たちはこの時のために生きてきたんです! 自治権を捨て、連邦に膝を屈したサイド3の臆病者たちとは違うことを、大佐に頂いたこのRFゲルググで証明してみせます!」

 

彼女の叫びが、俺の胸に突き刺さる。

宇宙世紀0100年。ジオン共和国の自治権放棄。

連邦が「戦乱の終結」という名の算用数字で歴史を塗り潰したあの日、誇りを守るために火星へ逃れた者たちがいた。彼らにとって、連邦が押し付けた平和とは、魂の緩やかな死に他ならなかった。

地球を知らないシャルロットのような若者たちに、その怨念だけを英才教育として注ぎ込んだのは、他ならぬ俺たち大人だ。

 

「シャルロット、もういい! 0100年の亡霊に殉じる必要はない!」

 

「いいえ! 見ていてください、大佐! ジオンの栄光は、まだ消えていない!」

 

彼女の愛機が、咆哮を上げて連邦の陣中へと飛び込む。

外装こそ一年戦争の名機ゲルググだが、その内部に「接ぎ木」された最新鋭のジェネレーターが過負荷で悲鳴を上げている。

外見だけを過去に似せた偽りの安らぎ。

それが、崩壊しようとしている。

 

「やめろ、シャルロット!」

 

俺の叫びは、戦場の爆音にかき消された。

 

連邦軍の主力機ハーディガンの放ったビーム・キャノンが、RFゲルググの右脚を掠める。

バランスを崩した赤い機体に、複数のヘビーガンが群がる。

それは、獲物を見つけたハイエナの群れそのものだった。

 

「……っ! あぁぁっ、まだです! ジオンは……栄光は……!」

 

彼女はビーム・ナギナタを振り回し、死に物狂いで抵抗する。

だが、連邦の集団戦法は冷酷だった。

1機が囮となり、2機が左右から死角を突き、4機目がトドメを刺す。

 

ビームが、RFゲルググのバックパックを直撃した。

 

「大佐……。ボッシュ、大佐……」

 

通信に混ざるノイズ。

モニター越しに、彼女がヘルメットのバイザーを上げ、俺を見つめた。

過酷な火星基地で、俺の背中だけを追いかけてきた少女の、年相応の幼い素顔。

彼女の瞳には、0100年の屈辱を晴らそうとする復讐心ではなく、俺の騎士になれたことへの満足感が浮かんでいた。

 

「シャルロットォォォ!」

 

俺が2号機のスロットルを押し込んだ瞬間、RFゲルググの核融合炉が臨界を超えた。

 

真っ白な光が、火星の赤い空を焼き払う。

14.8メートルのガンダムさえも翻弄するほどの衝撃波。

その光の中に、俺を「運命の騎士」と呼んだ少女の叫びが、最後の一粒となって消えていった。

 

「……ああ、壊れた。全部、壊れた」

 

俺は、オイルと煙草の匂いに満ちたコクピットの中で、乾いた笑い声を漏らした。

自治権の放棄だの、ジオンの再興だの、そんなものはすべて、この圧倒的な破壊の光の前では無意味な戯言だ。

あるのは、俺のような老兵が撒き散らした、死という名の猛毒だけだ。

 

全周天モニターに映る算用数字が、急速に低下する機体のエネルギー残量を示している。

 

俺の中で、何かが完全に音を立てて崩れ去った。

アムロへの愛憎も、連邦への復讐も、もうどうでもいい。

ただ、この「白き悪魔」の亡霊を、この赤い砂の下に埋葬してやりたい。

 

「待っていろ、デフ。……俺も、すぐに行く」

 

俺は1号機の熱源反応を確認し、亡霊たちの最後の舞台へと、機体を転回させた。

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