機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
だが、それは機体を焼き尽くす炎の熱ではない。
28年という長い歳月、凍り付いていた俺の魂が、ようやく燃え尽きようとしている解放の熱だ。
宇宙世紀0122年。火星、オリンポス山近郊。
そこは、かつてジオンという理想に殉じた者たちが夢見た、赤い楽園の終着駅。
俺の操るガンダムF90 2号機(火星独立ジオン軍仕様)は、今、かつての教え子デフ・スタリオンが駆る1号機と、互いの喉元に牙を突き立て合うようにして絡み合っていた。
「……ボッシュ大尉! なぜ……なぜ、あなたほどの人が!」
デフの叫びが、バイオコンピュータ「Type-A.R」を通じて俺の脳内に直接流れ込んでくる。
若く、青く、そして眩しすぎるほどの正義。
かつてのアムロ・レイと同じ、他人を信じようとする「光」の響き。
「……デフ。お前には分からないさ。この赤い砂の下に積み上げられた、算用数字では測れない怨嗟の深さが……」
俺は、破損して火花を散らすコンソールを叩き、2号機のスロットルを限界まで押し込んだ。
出力3,160キロワット。だが、今のこの機体は、カタログスペックなどとうに超えている。
俺がシドニーから受け取った「毒」と、シャルロットの死、そして火星に散った数多の亡霊たちの執念が、ガンダムという器を「怨念の増幅器」へと変えていた。
モニターの隅では、算用数字が狂ったように踊っている。
機体温度、2,000℃突破。
バイオコンピュータ共鳴係数、120%。
回路が焼き切れ、コックピット内にオイルと焦げたプラスチックの臭いが充満する。
だが、その悪臭こそが、俺が28年間探し続けていた「戦場の匂い」だった。
「……ボッシュ大尉! あなたがやっていることは、ジオンの再興じゃない! ただの復讐だ!」
「ああ、そうだ! 復讐だよ、デフ! 奇跡を目撃しながら、何も救えなかった……自分自身への、な!」
俺は2号機のビーム・サーベルを振り下ろした。
1号機のシールドが紙細工のように裂け、白い装甲に深い傷を刻む。
その瞬間、バイオコンピュータが俺に見せたのは、0093年のあの虹色の光だった。
アムロの背中。アクシズを押し返した、あの温かな光。
だが、今の俺が見ているのは、その光の影に隠れて消えていった者たちの、漆黒の絶望だ。
「……アムロ。あんたは正しかった。だが、あんたが正しすぎたせいで、俺たちオールドタイプは、未来という名の牢獄に閉じ込められたんだ!」
俺は笑った。
涙が頬を伝い、熱気にさらされて一瞬で蒸発していく。
1号機のビーム・サーベルが、2号機の胸部……コックピットのわずか数センチ横を貫いた。
衝撃。
肋骨が数本砕ける鈍い音が、機体の軋みと共に俺の体に響く。
だが、痛みはない。
あるのは、ようやく「終わる」ことができるという、至福の充足感だけだ。
「……ボッシュ、大尉……」
デフの声から、殺意が消えた。
彼は、バイオコンピュータを通じて、俺の記憶の深層……シャルロットに重ねていた死んだ娘の面影や、連邦の官僚主義に対する生理的な嫌悪感を、その身で受け止めてしまったのだ。
「……デフ。お前は行け。未来へ行け」
俺は、2号機の全ジェネレーターを直結させ、自爆シークエンスを起動した。
算用数字で刻まれるカウントダウン。
10、9、8……。
「……シャルロット。今、行くぞ」
俺の目の前に、幻影が浮かぶ。
赤いRFゲルググの前で、軍服の裾を短く改造した彼女が、恥ずかしそうに、だが最高の笑顔で敬礼していた。
その背後には、かつて俺が戦場で奪ってきた、数えきれないほどの命の影。
彼らが、俺を温かく迎えようとしていた。
「……あはは……。ああ、綺麗だ、アムロ。あんたが見せた光よりも、ずっと……」
爆発。
火星の赤い大地に、一瞬だけ太陽よりも眩しい白き大輪の華が咲いた。
ガンダムF90 2号機は、ボッシュ・ウェラーという男の執念と共に、原子の塵へと分解されていく。
だが、その死の瞬間に、俺は確かに聞いた。
バイオコンピュータの電子の底に、俺の戦闘データが「意志」として刻まれていく音を。
俺の絶望は、終わらない。
このデータが「亡霊」となって、いつか現れるであろう「未来の主役」を試し続ける。
「……あとは頼んだぞ、若き虎(ベルフ)よ……」
ボッシュ・ウェラー。享年48。
彼は、自らが最も愛し、最も憎んだ「ガンダム」という棺の中で、満足げな微笑を浮かべたまま、火星の砂へと還っていった。