機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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受け継がれた1号機

熱い。

 

だが、それは大気圏突入の摩擦熱ではない。

サイド4の宙域を抜けて、連邦軍第13独立機動艦隊「エイブラム」の格納庫に降り立った僕、ベルフ・スクレットの頬を撫でる、オイルと火薬の混ざり合った、戦場の熱気だ。

 

宇宙世紀0122年。

第13独立機動艦隊「エイブラム」の格納庫は、出撃を待つモビルスーツたちの駆動音で、巨大な鉄の心臓のように脈打っていた。

僕の目の前には、白き機体。サナリィの心血を注いだ最新鋭小型モビルスーツ、ガンダムF90 1号機。

その機体を僕に託すデフ・スタリオン少尉の横顔には、かつての師に裏切られた者だけが持つ、拭い去れない影が落ちていた。

 

「……ベルフ。ボッシュ大尉の、戦闘データだ。受け取ってくれ」

 

差し出されたメモリーチップ。かつて1号機と2号機が火星の大地で相打った際、2号機のコンピュータから逆流するように記録された、あの男の執念。

僕はそれを受け取り、1号機のスロットに差し込んだ。

 

その瞬間。

バイオコンピュータ「Type-A.R」が、かつてないほどの激しいノイズを吐き出した。

モニターが赤黒く染まり、アラートが鳴り響く。

脳の奥を直接、錆びたナイフで抉られるような感覚。

それは、ボッシュ個人という個体を超えた、凄まじい「怨嗟」の奔流だった。

 

『……まだだ。まだ終わっていない』

 

ノイズの隙間から、何千人もの呻き声が聞こえるようだった。

かつてシャア・アズナブルと共にアクシズを落とそうとし、失敗したネオ・ジオン兵たちの絶望。

地球を、重力に魂を縛られた人々を、物理的に抹殺することでしか救済はないと信じた、狂信的な怒り。

それが、火星独立ジオン軍という極限のコミュニティで、さらに純化されていた。

火星の赤い砂にまみれ、旧型機を継ぎ接ぎして生き延びてきた者たちの、「地球」に対する根源的な妬み。

 

ボッシュが2号機を通じて記録したデータには、そんな「ジオンの亡霊」たちの、ドロドロとした情念がこびりついていた。

それはMSを「敵を屠るための道具」に変え、操縦者の人間性を削り取る。

冷徹な狙撃のタイミング。無駄のないスラスター移動。

だが、そのすべてに、生者への呪詛が込められている。

 

「……っ!? なんだ、この……寒気は……!」

 

「ベルフ! 大丈夫!? 顔色が真っ青よ!」

 

格納庫の下から、アンナフェルの叫びが聞こえた。

彼女は整備用のハッチを駆け上がり、僕の肩を力一杯に揺さぶった。

パイロットスーツ越しに伝わる、彼女の生命力に溢れた温もり。

その熱が、亡霊の冷たい霧をわずかに晴らしてくれた。

 

「アンナフェル……。……ああ、大丈夫だ。データの毒に、当てられただけだよ」

 

僕は強がって、彼女の手を優しく解いた。

彼女の指先は、僕を案じるあまり、小刻みに震えていた。

その指が、1号機のハードポイント付近に触れる。

最新鋭の小型機ゆえの、極限まで詰め込まれた機能美。

その金属の冷たさと、少女の指先の柔らかさが、この理不尽な戦域において、唯一僕が信じられる現実だった。

 

「ボッシュ大尉の……ううん、火星の連中の怨みは、本物だ。連邦軍が積み上げてきた腐敗の数だけ、あいつらの怒りは膨れ上がっている」

 

僕はモニターに映し出される、ボッシュが残した2号機の戦闘記録を見つめた。

1号機と2号機。

兄弟機でありながら、一方は希望の光として、一方は亡霊の闇として。

この1号機は、ネオ・ジオンから火星へと受け継がれた「敗者の執念」を記憶している。

僕が操縦桿を握るたび、何万もの死者の叫びが、僕の指先を操り、敵を破壊しろと囁いてくる。

 

デフ少尉が、タラップを降りながら僕を見上げた。

 

「……ベルフ。そのデータは、時に君を助ける。だが、飲み込まれるな。ジオンの怨嗟を断ち切り、未来を見据えるのが、1号機を受け継いだ君の役目だ」

 

「……はい」

 

僕は、再び操縦桿を握りしめた。

アンナフェルが、整備用のタラップから僕をじっと見つめている。

彼女は何も言わなかったけれど、その潤んだ瞳が、「帰ってきて」と雄弁に語っていた。

 

宇宙世紀0122年。

バイオコンピュータの胎動が、僕の鼓動と重なっていく。

たとえ、どれほどの怨嗟がこの機体に染み付いていようとも。

 

「行くよ、F90。……あんたの背負った呪いも、僕が全部、受け止めてやる」

 

僕はハッチを閉じ、1号機をカタパルトへと歩ませた。

背後に残る、アンナフェルの祈りにも似た視線を、熱く背中に感じながら。

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