機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
だが、それは大気圏突入の摩擦熱ではない。
サイド4の宙域を抜けて、連邦軍第13独立機動艦隊「エイブラム」の格納庫に降り立った僕、ベルフ・スクレットの頬を撫でる、オイルと火薬の混ざり合った、戦場の熱気だ。
宇宙世紀0122年。
「エイブラム」の格納庫は、まるで巨大な鉄の心臓のように、出撃を控えたモビルスーツたちの駆動音を刻んでいた。
目の前には、白き機体。
サナリィの心血を注いだ最新鋭小型モビルスーツ、ガンダムF90 1号機。
だが、僕の視線はその隣、一世代前の主力機であるジェガンの足元に釘付けになっていた。
「……アンナフェル。本当に、君も出るのか?」
僕の問いかけに、ジェガンのコックピットハッチから身を乗り出したアンナフェルが、少しだけ不機嫌そうに唇を尖らせた。
彼女は今、自分専用のパイロットスーツを、その豊かなプロポーションを強調するように強く引き締めていた。
健康的な肌の白さが、不気味なほど静まり返った格納庫の中で、眩しいほどに浮き上がって見えた。
「当たり前でしょ。あんた一人にガンダムなんて持たせて、火星の亡霊どもとやり合わせるなんて、怖くて見てられないわよ」
アンナフェルは、整備用のラダーを軽快に降りると、僕の目の前でぴたりと足を止めた。
彼女の指先が、僕の1号機のハードポイントに触れる。
最新鋭の小型機ゆえの、極限まで詰め込まれた機能美。
その金属の冷たさと、少女の指先の柔らかさが、この理不尽な戦場において、唯一僕が信じられる現実だった。
「ベルフ……あんたは、あたしが守るんだから」
彼女の声が、わずかに震えていた。
強気な言葉とは裏腹に、彼女の指は1号機の装甲を愛おしむように撫でている。
公式記録において、ジェガンのジェネレーター出力は2,430キロワット。
対するオールズモビル側のRFシリーズは、外見こそ旧式だが、その中身はサナリィの技術さえ凌駕しかねない最新の電子兵装で固められている。
ジェガンで出撃することが、どれほどの危険を伴うか、彼女が知らないはずがなかった。
「足手まといになりたくないの。あたしだって、エイブラム隊の一員なんだから」
彼女はぐっと唇を噛み締めた。
その瞳には、ベルフへの恋心を必死に隠しつつも、大切な存在を戦火に晒したくないという、悲痛なほどの決意が宿っていた。
戦いの合間に、僕のために用意してくれた手作り弁当。
僕の不器用な生活を支えてくれた、洗濯物の世話。
そんな家庭的な温もりを纏っていた彼女が、今、死と隣り合わせの宇宙へと飛び立とうとしている。
「分かった。……でも、アンナフェル。僕のそばを離れるな。1号機のセンサーが、君の機体をロストすることだけは、絶対にさせない」
「……バカベルフ。あたしの方がお姉さんなんだからね」
彼女は無理に笑ってみせると、再びジェガンのコックピットへと駆け上がっていった。
その背中を見送りながら、僕は1号機のハッチを閉じた。
バイオコンピュータ「Type-A.R」が起動し、算用数字の羅列がモニターを埋め尽くす。
14話で差し込んだボッシュ大尉の戦闘データが、不吉なノイズとなって脳内を蝕む。
ネオ・ジオンの残党、そして火星独立ジオン軍の怨嗟。
敗者たちの執念が、僕に「敵を殺せ」と囁きかけてくる。
だが、今の僕には、その亡霊の声を跳ね返す理由があった。
アンナフェルの、あのひたむきな決意を守らなければならない。
1号機のハードポイントに装着されたVタイプ・ユニットが、出力最大で唸りを上げる。
「行くよ、F90。……僕たちの、本当の戦いはここからだ」
僕は操縦桿を握りしめた。
格納庫の電磁カタパルトが火花を散らし、白きガンダムと、それを追う一機のジェガンが、漆黒の宇宙(そら)へと弾き出された。
宇宙世紀0122年。
僕とアンナフェルの、運命を懸けた激闘が、今、加速していく。