機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
だが、それは大気圏突入の摩擦熱ではない。
サイド4の残骸が漂う、視界も電波も遮断された暗礁宙域ゼブラ・ゾーン。
デブリの影から突如として現れた、正体不明のガンダムから放たれる、刺すような威圧の熱だ。
宇宙世紀0122年。
僕たち連邦軍第13独立機動艦隊「エイブラム」は、シャルル艦隊の追撃を振り切るため、この迷宮のような宙域に逃げ込んでいた。
光学センサーすら信頼できない闇の中で、F90 1号機のバイオコンピュータは、執拗に未知の脅威を算用数字の羅列で警告し続けていた。
「ベルフ! 11時方向、大型デブリの裏から熱源! 反応速度、ジェガンを遥かに上回ってるわ!」
ジェガンのコックピットから、アンナフェルの切迫した声が届く。
彼女の声には、得体の知れない存在に対する本能的な恐怖が混じっていた。
僕は操縦桿を握り直し、F90 1号機のスラスターを繊細に吹かしてデブリの影を回り込んだ。
そこで、僕はそれを見た。
白と青の装甲。F90に酷似しながらも、どこかよりマッシブで、より攻撃的なシルエット。
RXF-91。アナハイム・エレクトロニクスが、サナリィの技術を盗用して作り上げた禁断の機体、シルエットガンダムだ。
「……へぇ。これがサナリィの本物ってわけか。小ぶりな割に、いい面構えじゃねえか」
不遜な男の声が割り込んできた。
トキオ・ランドール。
アナハイムのテストパイロットであり、この宙域で隠密に機体テストを行っていた汚れ役の青年だ。
彼のシルエットガンダムが、挑発するようにビーム・スプレーガンをこちらに向ける。
「アナハイムのテスト部隊か!? 僕たちは連邦軍だ。攻撃の意図はない、進路を明け渡してくれ!」
「お断りだ。こっちは極秘任務の真っ最中でね。サナリィのデータが向こうから歩いてきたんだ、手ぶらで帰すわけにはいかねえんだよ」
トキオの冷笑。
だが、僕の意識は、彼の影に潜むように浮遊していたもう一機の機体、シルエットガンダム改に釘付けになった。
そこには、レイラ・ラギオールがいた。
雪のように白い肌と、すべてを諦めたような虚ろな瞳を持つ少女。
彼女が機体のバイオ・センサーを通じて発する精神波は、ボッシュ大尉の亡霊とは対極にある、底知れない寂しさを孕んでいた。
「……悲しい、色だ」
思わず口から漏れた言葉。
レイラは、僕の1号機をじっと見つめていた。
彼女の細い指先が、コックピットのコンソールをなぞる。
強化人間として、アナハイムの技術革新のための部品として扱われてきた彼女の痛みが、1号機のバイオコンピュータを通じて僕のニュータイプ的資質を激しく揺さぶる。
「……いえ。あの白いガンダムから……誰かが呼んでいる気がして。とても、温かいのに……ひどく、泣いている誰かが」
レイラのか細い声。
それは、14話で機体に差し込んだボッシュ大尉の戦闘データ、ネオ・ジオンから火星へと至る怨嗟の記録を、彼女の感性が涙として捉えたのかもしれない。
だが、対峙する時間は長くは続かなかった。
ゼブラ・ゾーンの外縁から、無数の光条がこちらへ向かって伸びてくる。
シャルル艦隊のRFゲルググ小隊だ。
「アンナフェル、下がれ! 敵の先遣隊だ!」
「ベルフこそ無理しないで! あたしもジェガンのバルカンで牽制するから!」
アンナフェルの、家庭的な温もりを忘れない力強い叫び。
彼女はジェガンのスラスターを噴かし、F90のハードポイントに手を添えるようにして並走した。
最新鋭の小型機ゆえの繊細な装甲に、彼女の指先の体温が伝ってくるような気がした。
宇宙世紀0122年。
ゼブラ・ゾーンという名の迷宮で、サナリィとアナハイム、二つのガンダムが邂逅した。
共通の敵を前に、僕とトキオ、あるいはレイラ。
反目し合う組織の狭間で、僕たちの運命が複雑に絡み合い始める。
「行くぞ、アナハイムの! ここで潰し合ってる場合じゃないはずだ!」
僕は、バイオコンピュータの胎動をアンナフェルの勇気と重ね合わせ、迫り来るRFシリーズの群れへと向かって、操縦桿を押し込んだ。