機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
だが、それは大気圏突入の摩擦熱ではない。
月面のクレーターの影から放たれた、オールズモビルによる伏撃の閃光。
そして、愛機ジェガンを撃ち抜かれたアンナフェルを想う、僕の脳が沸騰するような怒りの熱だ。
宇宙世紀0122年。
ゼブラ・ゾーンを抜けた僕たちエイブラム隊を待ち受けていたのは、シャルル・ロウチェスターによる冷徹なまでの策略だった。
月面の複雑な地形と、ミノフスキー粒子の高濃度散布。
1号機のバイオコンピュータは、ボッシュ大尉の亡霊が嘲笑うかのようなノイズを撒き散らし、敵の正確な位置を隠蔽し続けていた。
「ベルフ! 逃げて! これは罠よ!」
通信回線に響いたアンナフェルの絶叫。
それが、彼女のジェガンから発せられた最後の言葉だった。
地形を利用して背後に回り込んでいたRFドムのビーム・ランチャーが、彼女の機体の脚部を直撃した。
推進剤を噴き出しながら、アンナフェルのジェガンが月面の荒野へと不時着していく。
「アンナフェルッ!」
僕は絶叫し、1号機のスラスターを最大出力まで引き上げた。
だが、その進路を遮るように、砂塵を巻き上げて3機のRFザクが立ちはだかる。
外見は一年戦争の古色蒼然とした姿。だがその内側には、アナハイムやサナリィから流出した最新の電子機器が偽りの安らぎのように詰め込まれている。
「どけ……。そこをどけえっ!」
僕はビーム・ライフルを連射した。
1号機のハードポイントに固定されたVタイプ・ユニットのヴェスバーが、月面の静寂を切り裂く。
だが、シャルルの罠は二重三重に張り巡らされていた。
不時着したアンナフェルの周囲を、オールズモビルの歩兵部隊が包囲していく。
「人質というわけか……。騎士道を自称しながら、やることは連邦の官僚と変わらないじゃないか!」
僕は操縦桿を叩いた。
バイオコンピュータが、僕の怒りに呼応して加速する。
14話で機体に刻まれたボッシュ大尉の殺意が、僕のニュータイプ的資質と混ざり合い、視界を赤く染めていく。
敵の動きが止まって見える。
回避運動の予測データが、算用数字の激流となって脳内に直接流れ込んできた。
「ベルフ……だめ……来ちゃ……」
モニターの隅、アンナフェルの機体から発信される微弱な救難信号。
不時着の衝撃でパイロットスーツのヘルメットが割れたのか、彼女の額からは一筋の血が流れていた。
戦場でも絶やさなかったあの家庭的な温もりが、今は死の冷たさに脅かされている。
彼女が僕のために作ってくれた弁当。
バカベルフと笑いながら洗濯物を畳んでくれた指先。
そのすべてを、この無機質な月面の砂に埋もれさせてたまるか。
「今行く、アンナフェル! 誰にも君には触れさせない!」
僕はVタイプ・ユニットのスラスターを逆噴射させ、クレーターの縁を滑走するように1号機を駆った。
正面から迫るRFザクのヒート・ホークを、ミリ単位の回避でかわし、そのコクピットをビーム・サーベルで貫く。
だが、その瞬間だった。
月面の地平線から、一際巨大な熱源が浮上してきた。
シャルル・ロウチェスターの駆る、深紅 of RFゲルググだ。
「若き虎よ。情に溺れ、策に嵌まるとはな。それが貴様の限界だ」
シャルルの冷徹な声が響く。
彼はアンナフェルのジェガンをあえて破壊せず、僕を誘い出すための餌として利用していた。
1号機のバイオコンピュータが、かつてない強度の警告音を鳴らす。
ボッシュの亡霊が、僕の耳元で囁く。
これがお前の守りたかったものの末路だ、と。
「うるさい……。黙れ、亡霊!」
僕はアンナフェルを救うため、我を忘れて敵の陣中へと飛び込んだ。
宇宙世紀0122年。
月面の静寂は、一人の少年と、彼を支え続けた少女の運命を飲み込もうとしていた。