機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
だが、それは試験稼働を繰り返す小型核融合炉が発する熱ではない。
サナリィ(海軍戦略研究所)という、一見すれば「清廉な」組織の奥底に澱のように溜まった、官僚主義への吐き気だ。
宇宙世紀0121年。
サイド4、フロンティアIVのサナリィ開発ドック。
僕の前には、ガンダムF90の1号機と2号機が鎮座している。15メートル級。かつての恐竜的な進化を遂げたMS群を嘲笑うかのような、極限まで削ぎ落とされた機能美。
「ボッシュ大尉、お疲れ様です。次世代の希望……素晴らしい機体でしょう?」
ジョブ・ジョンが、かつてのホワイトベース隊の面影を微かに残した瞳で僕に微笑みかける。
彼のような「英雄」が、この清潔な実験室で世界の安定を信じている。その純粋さが、今の僕には耐え難い毒に思えた。
「ああ。小型化、高出力、そしてバイオコンピュータ。……だが、ジョブ。この『白さ』がいつまで保てると思う?」
僕の問いに、ジョブ・ジョンは困ったように眉を下げた。
僕は機体のフレームに触れながら、かつて0094年に起きた、ある「不快な事件」を思い出していた。
宇宙世紀0094年。
アクロス・ザ・スカイ――フレスベルグ隊という特務部隊が、マリア・シールドという一人の士官の妄執によって使い潰され、ナイトロ・システムという人を廃人にする技術を巡って、連邦軍そのものが醜い私闘を演じた記録。
その時も、連邦はガンダムデルタカイという強大な力を、ただ組織の内輪揉めと私欲のために浪費した。
「バナージ・リンクスが可能性を示した裏で、フレスベルグ隊のような連中が闇に葬られた。連邦は、力を手に入れると必ずそれを私物化する。0094年にナイトロを欲した連中と、今ここでF90を弄んでいる連中に、一体どんな違いがあると言うんだ?」
僕の独白は、冷たいドックの空気に溶けて消えた。
サナリィが提唱する「モビルスーツの原点回帰」などという言葉は、官僚たちが新しい玩具を欲しがっているだけの、ただの建前に過ぎない。
ドックの片隅で、アンナマリー・ボウルという名の若い女性士官が、熱心に1号機のデータをチェックしているのが見えた。
彼女の瞳には、まだ未来への信頼がある。
かつての僕も、あんな目をしていたのだろうか。
だが、今の僕が求めているのは、そんな若々しい光ではない。
「……シドニー。あんたが言った通りだ」
僕は、ポケットの中でシドニーから渡された通信端末を握りしめた。
連邦は0094年から何一つ変わっていない。
アクロス・ザ・スカイの戦士たちが守ろうとした「空」の向こう側で、官僚たちはまた、新しい処刑道具を磨いているだけだ。
「2号機……。この機体こそ、僕の亡霊を宿すのに相応しい」
僕は2号機の黒い機影を見上げた。
サナリィの技術スタッフたちが、ボルト一つ、プラグ一つを官能的な手つきで扱っている。
その指先が、アンナマリーのような若者の純真さが、いずれ0123年の惨劇へと繋がっていく。
僕がここで2号機を奪い、火星の怨嗟と結びつけることは、むしろこの腐った連邦に対する、唯一の「誠実な回答」ではないのか。
「大尉? どこか具合でも?」
アンナマリーが、心配そうに僕を覗き込んできた。
僕は枯れた笑みを浮かべ、彼女の頭を軽く撫でた。
「いや……少し、古い空の夢を見ていただけだ。……2号機の調整、僕も手伝おう。この機体には、特別な『教育』が必要そうだからな」
オイルの匂いと、偽りの平和。
サナリィの清潔なドックに、僕の吐き出した安煙草の煙が、不吉な影を落としていた。