機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた―   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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F90強奪カウントダウン

12月の冷え切った宇宙。ラー・カイラム級機動戦艦アドミラル・ティアンムのハンガーに、ナトリウムランプの光が死人の肌のような色で落ちている。

俺の目の前には、サナリィの心血を注いだ最新鋭機、ガンダムF90 2号機が鎮座していた。

 

「ボッシュ大尉、バイオコンピュータの同調率、最終チェック入ります!」

 

若手整備士たちの声が響く。彼らはまだ信じている。この白い装甲が、連邦の秩序と平和を守る「盾」になると。

だが、俺の胸の内にあるのは、そんな清々しい正義ではない。

指先から伝わるチタン合金の冷たさが、俺の神経を逆撫でする。

俺は、コクピットに滑り込み、ハッチを閉じた。全周天モニターが起動し、虚無のような宇宙が広がる。その暗がりの向こうに、俺は一人の少女の幻影を見ていた。

 

ミネバ・ラオ・ザビ。

 

宇宙世紀0096年。ラプラスの箱が開かれ、彼女が「可能性」という名の光を叫んだあの日、俺もまたその光の端くれを、この眼に焼き付けた一人だった。

「善意が世界を救う」……そんな、吐き気がするほど甘い幻想に、一瞬でも縋りたくなった自分を殺したい。

あれから20余年。世界はどうなった?

 

ミネバ。あんたが「箱」を開けてまで守ろうとした世界は、結局のところ、英雄の死を算用数字の羅列に変え、効率的な殺戮を繰り返すだけの、冷酷な演算回路に成り下がったんだ。

あんたが説いた「可能性」という名の光は、連邦という巨大な豚の胃袋を肥やすためのスパイスに過ぎなかった。ニュータイプという概念はICチップのなかに押し込められ、バイオコンピュータという名の「計算機」へと家畜化された。

 

そして、かつてあんたが捨てたはずの「ザビ」の名を、今や火星の亡霊(オールズモビル)どもが勝手に拾い上げ、泥塗れの旗印にして振り回している。

奴らは火星の赤い砂にまみれながら、飢えと絶望の中で、あんたという「聖母」がいつか自分たちを地球へ導いてくれると盲信している。皮肉なものだな。あんたが一番忌み嫌った「ジオンの軍事独裁」を、あんた自身の名前が支えているんだ。

 

「……上等だ。だったら、俺がその計算式をぶち壊してやる」

 

俺は内ポケットのデータチップを、コンソールに叩き込んだ。

OS「Type-A.R」の深層で、サナリィの正規プログラムが悲鳴を上げ、俺の「復讐」がシステムを侵食していく。

この2号機のバイオコンピュータには、アムロ・レイの戦闘データが封じ込められているという。

かつての英雄の記憶を、かつての敵(ジオン)の亡霊たちが操る。これ以上の皮肉があるか。

 

「シドニー、あんたの主は、ミネバを本気で迎え入れるつもりなのか?」

 

通信回線には載せない独り言が、狭いコクピットに反響する。

ブッホ・コンツェルンも、火星の連中も、口ではミネバへの忠誠を語る。だが、彼らが求めているのはミネバという「人間」じゃない。自分たちの怨嗟を正当化するための「記号」だ。

そして俺もまた、その記号を掲げて、この欺瞞に満ちた連邦という揺り籠を焼き払おうとしている。

 

アムロ。あんたが命を懸けて守った世界は、これだ。

数字を弄び、英雄の記憶をICチップに閉じ込め、新たな戦いを生み出し続けるだけの、空虚な揺り籠だ。

ナイトロ・システムで兵士を使い潰し、アクロス・ザ・スカイの惨劇を「なかったこと」にして平然と技術を盗み続ける、この醜い大人たちの社交場だ。

 

「……ミネバ。あんたが拒絶した『ザビ家の血』の重さを、今夜、俺がこのガンダムで思い知らせてやる」

 

コンソールを埋め尽くす赤い警告灯。バイオコンピュータの起動音が、俺の鼓動と同期する。

それは、偽りの平和が終わりを告げるカウントダウンだ。

あんたが絶望した、あの泥沼のジオンを。

あんたが捨てた、あの呪われたザビの栄光を。

俺の手で、この白い悪魔の中に完成させてやる。

 

「……待っていろ。本物のガンダムを、見せてやる」

 

俺の指先が、起動スイッチに触れた。

熱い。

今度こそ、本当の、すべてを灰にするための破滅の熱が、俺を包み込んでいた。

 

アドミラル・ティアンムの静寂が死に絶えるまで、あと数分。

俺は、暗いモニターの奥に、二度と戻らない聖女の背中を——そして、彼女が決して見ることのない、燃え盛る地球圏の未来を見た。

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