機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
アドミラル・ティアンムのハッチが開放され、宇宙の虚無が目の前に広がる。
だが、俺の視界を支配しているのは、美しき星々ではない。
爆辞だ。
そして、絶叫だ。
宇宙世紀0120年。10月28日。
サイド4、フロンティア4宙域。
「オールズモビルだ! 識別不明のMS群が接近! 迎撃用意!」
艦内に鳴り響く警報。
オペレーターの悲鳴に近い報告を、俺はF90 2号機のコクピットで、極めて冷静に聞いていた。
予定通りだ。
シドニー・アンバー。あの女が手配した火星の「亡霊」たちが、この平和ボケした連邦の巡洋艦を、狩り場に変えるためにやってきた。
「ボッシュ大尉! 出撃準備は!?」
隣のハンガーから、デフ・スタリオンの1号機が滑り出してくる。
ミッションパック「A(アサルト)」タイプ。
長距離侵攻用の重武装を纏ったその姿は、正義という名の重圧に耐えかねているように見えた。
「……出撃する。デフ、先行しろ」
「了解! F90 1号機、デフ・スタリオン、行きます!」
1号機の背部スラスターが火を噴き、カタパルトから射出される。
その眩い光を見送りながら、俺はコンソールの深層に隠した「裏切りのキー」を叩いた。
システムが書き換わる。
擬似人格コンピュータ「Type-A.R」の論理回路が反転し、連邦の味方識別信号(IFF)を、俺の手で「敵」へと書き換えていく。
「ボッシュ大尉!? 何を……2号機のIFFが消えた!? 通信回路も遮断されています!」
ブリッジからの混乱した通信。
俺はそれを物理的にオフにした。
俺が駆るF90 2号機。
今はまだサナリィ製の白い装甲を纏っているが、その中身はすでに連邦を、ガンダムを殺すための牙と化している。
俺はスロットルを押し込んだ。
出力3,160キロワットの核融合炉が咆哮を上げる。
全高14.8メートルの小柄な機体が、重力という名の未練を振り切り、戦場へと飛び出した。
「大尉! 大尉、聞こえますか!? 敵が……RFザクの部隊が展開しています! 援護を!」
デフの叫び。
視界の先では、1号機が旧ジオン軍のMSに酷似した機体群に包囲されていた。
RFザク。
見た目は一年戦争の遺物だが、その中身は最新の部材で構成された怪物だ。
だが、1号機を駆るデフの技量は、それを圧倒していた。
最新鋭機F90の機動性が、旧世代のフォルムを置き去りにしていく。
「……デフ。お前はいいパイロットだ。だが、お前が信じているその『白』は、俺が今日、ここで汚してやる」
俺は操縦桿を引き絞り、1号機の背後を取った。
デフは俺を「父」のように慕っている。
だから、背後から接近する2号機に対して、何の疑いも持たない。
「大尉! 助かりま……え?」
デフの言葉が凍りついた。
俺は2号機のビーム・ライフルを、1号機の右肩に向けて発射した。
高出力の粒子ビームが、最新のセラミック複合材を焼き切る。
1号機の右腕が、ミッションパックのパーツごと、宇宙の闇へと舞った。
「ボッシュ大尉……? 何を……今の誤射ですよね!? 大尉!」
「誤射ではない。……決別だ、デフ」
俺は通信を開いた。
冷酷に、オールドタイプの執念を込めて。
「俺は、連邦を捨てる。アムロ・レイが守ろうとしたこの停滞した世界を、俺は認めない。……さらばだ、教え子よ」
「嘘だ……嘘だボッシュ大尉! あなたがそんなことをするはずがない!」
デフの叫びを遮るように、火星から来たRFシリーズがアドミラル・ティアンムに取り付く。
ブッホ・コンツェルンが手配した内通者たちが、艦内の隔壁を開放していく。
これが、裏切りの火蓋だ。
俺は1号機の追撃を振り切り、あらかじめ指定されていた座標へと機体を向けた。
そこには、俺を火星へと導くための、旧ネオ・ジオン軍の巡洋艦が潜んでいる。
「ボッシュ大尉ィィィ!!」
遠ざかるデフの叫び。
1号機のセンサーが、俺の2号機を「敵」としてロックオンする。
だが、遅い。
サナリィの天才たちが生み出したF90の機動性は、俺という「執念」を乗せて、連邦の射程圏外へと一瞬で飛び去った。
俺はコクピットの中で、狂ったように笑った。
頬を伝う汗は、もはや連邦のオイルの匂いではない。
火星の、あの乾いた赤い砂の匂いがする。
宇宙世紀0120年。
ガンダムF90 2号機。強奪完了。
俺の背後で、かつての母艦が炎に包まれていく。
その炎は、俺が30年間抱き続けてきた、ガンダムに対する常軌を逸した愛憎の裏返しでもあった。
「待っていろ、シャルロット。お前たちの望む『騎士』が、今、ガンダムを携えて帰還する」
俺は火星への最短コースを計算し始めた。
2号機のモニターに映る算用数字が、俺の新しい人生の秒読みを開始していた。