機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
火星の大気圏に突入する摩擦熱が、F90 2号機の装甲を真っ赤に焼き、コクピットの温度を限界まで押し上げる。
だが、俺の心臓を叩く熱動に比べれば、1,000℃を超える断熱圧縮など微風に等しい。
宇宙世紀0120年。
連邦を捨て、教え子を撃ち、俺はついに「亡霊」たちの約束の地へ辿り着いた。
全周天モニターに映し出されるのは、吸い込まれるような暗黒の宇宙ではない。
視界のすべてを覆い尽くす、錆びた鉄の如き赤。
火星。
地球連邦の官僚たちが「辺境のゴミ捨て場」と嘲笑うこの星こそが、俺が選んだ墓標だ。
「……高度10,000。減速用スラスター、点火」
コンソールに並ぶ算用数字を淡々と処理する。
背後にマウントされたミッションパック「P(プランジ)」タイプの安定翼が、薄い大気を切り裂き、14.8メートルの機体を強引に制御下に置く。
重力。
地球の6分の1にも満たない弱々しい重力が、俺の体をシートに押し付けた。
「こちら2号機。ボッシュ・ウェラーだ。予定座標、オリンポス山麓の着陸地点を確認した」
ノイズ混じりの通信を飛ばす。
返ってきたのは、連邦の冷徹な指令ではない。
待ち焦がれた、震えるような歓喜の歌声だった。
「……聞こえます! ボッシュ大佐! 私たちの騎士様! シャルロット・オーランド、お迎えに上がりました!」
雲海を割り、一筋の閃光が俺の視界を掠める。
そこにあったのは、最新鋭の小型化MSの機能美とは対極に位置する、歪な「偽物」だった。
RFゲルググ。
一年戦争の傑作、ゲルググの外装を纏いながら、中身は連邦の最新部材を無理やり詰め込んだ、継ぎ接ぎの怪物。
その赤い機体が、2号機に寄り添うように並走する。
「見てください、大佐! あなたから頂いたデータで、私の愛機もこんなに速く動けます! 昨日の演習では、以前より12パーセントも旋回性能が向上したんですよ!」
通信モニターに映し出されたシャルロットの顔は、あまりにも無邪気だった。
火星の過酷な環境で生き抜いてきたはずの彼女の肌は、驚くほど白く、そして脆い。
軍服の裾を短く改造し、健康的な脚を見せているが、その仕草の端々に「ボッシュ」という男に対する過剰なまでの依存が透けて見える。
俺は、彼女の背後にそびえ立つオリンポス山の巨大な影を見上げた。
そこには、旧ジオンの残党……「オールズモビル」の秘密基地がある。
死んだはずのジオンという宗教を信じ続け、凍てつく赤い大地で何十年も爪を研いできた狂信者たちの巣窟だ。
「大佐……。本物のガンダムは、本当に美しいのですね」
並走するRFゲルググのモノアイが、俺の2号機を凝視する。
彼女は知らない。
この「白き悪魔」の装甲の下で、かつて彼女の親たちを焼き払ったアムロ・レイの思考データが息を潜めていることを。
俺がその「呪い」を盗み出し、あえてジオンの懐へ持ち込んだことの意味を。
「美しくなどないさ、シャルロット。これはただの、復讐のための部品だ」
「いいえ! あなたが持ってきてくださったこの力で、私たちはついに地球へ……連邦の独裁を終わらせるために立ち上がれるのです! 私たち二世には、あなたのような導き手が必要だったのです!」
彼女は跪くように、RFゲルググの機体を沈めて着陸を誘導する。
オリンポス山の裾野、赤い砂塵が舞い上がる中で、2号機のランディングギアが接地した。
衝撃。
連邦の巡洋艦で味わった、あの整えられた振動ではない。
硬い岩盤と、絶え間なく吹き荒れる砂嵐の振動が、ダイレクトに俺の背骨を揺さぶる。
ハッチを開け、外気に触れる。
冷却ファンが吐き出す熱風と、火星の冷たい大気が混ざり合い、奇妙な旋律を奏でた。
「おかえりなさい、ボッシュ大佐。ここが、あなたの新しい故郷です」
コクピットから降りた俺の前に、シャルロットが立っていた。
彼女はヘルメットを脱ぎ、火星の風に栗色の髪をなびかせながら、深く、深く頭を垂れる。
俺はオイルと煙草の匂いにまみれた手で、彼女の細い肩を抱き寄せようとして……止めた。
俺の胸中にあるのは、彼女の信じる「ジオンの復興」ではない。
ガンダムという存在を、内側から腐らせ、歴史の闇へと葬り去るためのドス黒い執念だけだ。
「……ああ。帰ってきたぞ、シャルロット。亡霊たちの楽園へ」
俺は、オリンポス山の山頂に沈む赤い夕日を見つめた。
算用数字で計算された勝利も、サナリィが設計した未来も、ここにはない。
あるのは、過去に縛られた者たちの、救いのない熱狂だけだ。
宇宙世紀0120年。
ボッシュ・ウェラー、火星帰還。
ここから、俺の真の戦いが始まる。
白いガンダムを、この赤い砂で染め上げるための、地獄の時間が。