機動戦士ガンダム ジオンの残響 ―シャアもミネバもいない火星で、亡霊たちは「ザク」の皮を被った怪物を造り上げた― 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
熱い。
火星の地下ドック。換気システムの限界を超えた熱気が、俺の肺を灼く。
だが、それ以上に俺を熱くさせるのは、目の前で解体され、再構築されていく「白き悪魔」の無残な姿だった。
宇宙世紀0121年。
サナリィが心血を注いだ最新鋭の小型化MS、ガンダムF90 2号機。
その洗練されたトリコロールの装甲が、火星の土を思わせる赤と、絶望を象徴する黒に塗り替えられていく。
「……いいぞ。もっと深く、そのガンダムという欺瞞を塗り潰せ」
俺は手に持ったオイルまみれの布で、コクピットハッチの縁を拭った。
隣では、シャルロット・オーランドが目を輝かせて作業を見守っている。
彼女は、俺が持ち込んだこの機体を「伝説の騎士の象徴」だと信じて疑わない。
軍服の裾を短く改造した彼女の瑞々しい脚が、薄暗いドックの中で不自然なほど白く浮き立っている。その危うい純真さが、俺の胸の奥にある罪悪感を、尖ったやすりのように逆撫でする。
「ボッシュ大佐! 見てください、この頭部バルカン砲の給弾ベルト。火星の砂対策で、シール材を3パーセント厚くしておきました。これで砂嵐の中でも、確実にジオンの敵を貫けます!」
「……ああ。助かる、シャルロット」
彼女が自慢げに指差すのは、最新の電子回路が詰まった頭部ユニットだ。
本来、ここには高度なセンサー類が収められ、連邦の官僚たちが「平和の監視者」として誇る技術が凝縮されている。
それを彼女は、泥臭い火星の戦場に合わせて、無慈悲な殺人機械へと調整していく。
俺はハッチを蹴り、コクピットへと滑り込んだ。
内部のライティングも、連邦仕様の冷たい白から、不気味な赤へと書き換えられている。
「……フェネクス。金色の不死鳥か」
ふと、俺の脳裏を過ったのは、宇宙世紀0097年に極秘裏に行われた「不死鳥狩り」の醜聞だった。
人の意志を吸い込み、光速すら超えて宇宙の理の彼方へと消えた金色のユニコーンガンダム3号機。
連邦は、その神の如き力を手に入れようとして失敗し、あろうことかその事実を闇に葬り去った。
0093年のアクシズ、0096年の箱、そして0097年の不死鳥。
連邦は常に奇跡を追い求め、そしてその奇跡が自分たちの都合に合わなくなれば、算用数字と隠蔽工作で歴史を塗り潰してきた。
「神の力など、この火星の砂の下には必要ないんだ、シャルロット。金色の鳥がどれだけ高く飛ぼうと、結局、地べたを這いずる俺たちの怨念を救うことはできなかったんだからな」
正面の全周天モニターには、算用数字の羅列が踊る。
出力、100パーセント。
同調率、94パーセント。
擬似人格コンピュータ「Type-A.R」、休眠中。
「……アムロ。あんたの思考をコピーしたこの『亡霊』も、赤く染まった景色を見れば、少しは目が覚めるんじゃないか?」
俺はコンソールを叩き、内部OSにシドニーから受け取ったウイルスデータを流し込んだ。
連邦の識別コードを完全に抹消し、代わりに旧ネオ・ジオンの残党……オールズモビルの暗号通信プロトコルを上書きする。
神の似姿を追ったフェネクスの幻影を、この泥臭い復讐の鉄塊で叩き潰してやる。
ガンダムが、ガンダムであることをやめる。
この瞬間こそが、俺が30年間待ち望んだ悦楽だった。
「ボッシュ大佐、準備は整いましたか? 外ではカール・シュビッツ様も、大佐の初陣を心待ちにしていらっしゃいます」
通信モニター越しに、シャルロットが跪いて報告する。
彼女の愛機、RFゲルググが背後で重低音を響かせている。
見た目は一年戦争の名機だが、その内部フレームには連邦から流出した最新技術が「接ぎ木」のように張り付いている。
外見だけを過去に似せた、悲しき人形。
それは、今の俺自身を映し出す鏡のようでもあった。
「……出るぞ、シャルロット。この『赤きガンダム』で、連邦の連中に悪夢を見せてやる。神の光なんて届かない、本当の地獄をな」
「はい! 大佐の騎士道、このシャルロットが最期まで見守ります!」
ハッチが閉じ、閉鎖空間が訪れる。
俺は煙草に火をつけた。
狭いコクピット内に、オイルの匂いと紫煙が混ざり合う。
宇宙世紀0121年。火星、オリンポス山秘密基地。
ガンダムF90 2号機。改修完了。
俺は操縦桿を引き絞った。
機体の脚部アクチュエータが咆哮を上げ、ドックの床を砕かんばかりの勢いで踏みしめる。
白き翼を奪われ、赤黒い憎悪を纏ったガンダムが、ゆっくりと立ち上がる。
それは、英雄への決別であり、俺というオールドタイプが、歴史という名の怪物に噛み付くための儀式だった。
「さあ、始めようか。数字と理論で塗り固められた世界を、この砂に埋めるための戦いを」
暗いドックのゲートが開き、火星の赤い砂嵐が吹き込んできた。
俺は迷うことなく、その混沌の渦中へと機体を躍らせた。
熱い。
今度こそ、本当の、復讐という名の産声がドックに響き渡っていた。