通販番組を視ていたと思ったら、突然ガチの講義が始まった。

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「そのサプリメントの前に」

 日曜の昼下がり、テレビはいつも通り、妙に明るい声を響かせていた。

 

「さあ本日ご紹介するのは、こちら!毎日の元気を内側から支える、新発想のサプリメントです!」

 

 画面には、光沢のある白いボトル。背景には、やたらと清潔そうなキッチン。

 私はカップ麺にお湯を注ぎながら、特に興味もなくそれを眺めていた。

 

「最近、なんだか疲れやすいと感じることはありませんか?」

 

 司会者が、こちらに向かって問いかけてくる。

 ある。普通にある。だがそれは、この手の番組が聞いてくる質問の中でも最も安全な部類だ。

 

「それ、もしかすると“体の内側”の問題かもしれません」

 

 出た。

 “体の内側”。

 

 この言葉が出た瞬間、たいていの場合、話はふわっとした方向に進む。

 血流だの巡りだの、曖昧な概念が並び、最終的に「だからこの商品です」となる。

 

 しかし、その日の番組は少し違った。

 

「——ところで皆さん、“体の内側”とは、具体的にどのような構造を指すのでしょうか」

 

 司会者の声が、ほんのわずかに落ち着いた調子になる。

 

「ここで、一度整理しておきましょう」

 

 画面が切り替わる。

 現れたのは、カラフルに色分けされた人体の断面図だった。

 

「私たちの身体は、およそ三十七兆個の細胞から構成されています」

 

 ……え?

 

 私は思わずテレビの方を見直した。

 司会者の隣には、白衣を着た人物が立っている。先ほどまでいなかったはずだ。

 

「細胞は、それぞれが独立した機能単位でありながら、血液やリンパ液を介して物質交換を行っています。したがって、“内側から支える”という表現を用いる場合、その作用機序を具体的に検討する必要があります」

 

 白衣の人物が、淡々と説明する。

 

 作用機序。

 

 その単語が、この時間帯のテレビから出てくることに、妙な違和感があった。

 

「では、このサプリメントに含まれる主成分Xが、どのように体内で働くのかを考えてみましょう」

 

 画面には、消化管の模式図。

 口、食道、胃、小腸。

 矢印が流れていく。

 

「まず経口摂取された成分は、胃で分解され、小腸で吸収されます。しかし、ここで重要なのは、生体利用率です」

 

 カップ麺の湯気が、少し冷めていることに気づく。

 

「生体利用率が低い場合、摂取した成分の多くは、そのまま排出される可能性があります」

 

 司会者が、真剣な顔でうなずいている。

 

 ——なんだこれは。

 

 CMではないのか。

 

「さらに、仮に吸収されたとしても、その成分が標的となる組織に到達するとは限りません。血中濃度、分布容積、代謝経路……これらを総合的に考える必要があります」

 

 分布容積。

 

 どこかで聞いたことのある言葉だが、思い出せない。

 

 気づけば、私は箸を止めたまま、画面を見ていた。

 

「ではここで、実際の研究を見てみましょう」

 

 画面に、論文らしきスライドが表示される。英語のタイトル。小さなグラフ。

 

「本研究では、被験者十八名を対象に、主成分Xの摂取が疲労感に与える影響を評価しています」

 

 十八名。

 

 少なくないが、多くもない。

 

「結果として、主観的疲労スコアにおいて統計的に有意な差が報告されています」

 

 “有意”。

 

 その言葉に、わずかな期待が混じる。

 

「ただし」

 

 白衣の人物は、そこで一度言葉を切った。

 

「サンプルサイズが小さいこと、対照群の設定が不十分であること、さらに二重盲検法が採用されていない点には注意が必要です」

 

 グラフの線が、少し頼りなく見える。

 

「また、この差が臨床的に意味のある大きさかどうかについては、議論の余地があります」

 

 司会者が、ほんの少し困ったような顔をする。

 

「つまり……どういうことでしょうか?」

 

「簡潔に言えば、“効果がある可能性は示唆されるが、確実とは言えない”という段階です」

 

 スタジオが、一瞬だけ静かになる。

 

 カメラが、テーブルに置かれたサプリメントのボトルを映す。

 つややかで、何も語らない容器。

 

「では、このサプリメントは意味がないのでしょうか?」

 

 司会者の声に、わずかな焦りが混じる。

 

「そうとは限りません」

 

 白衣の人物は首を振る。

 

「プラセボ効果も含め、個人によっては体感的な改善が得られる可能性はあります。また、栄養状態が偏っている場合には、一定の補助的役割を果たすことも考えられます」

 

 少しだけ、救いが差し込む。

 

「しかしながら」

 

 また、その言葉だ。

 

「基本的には、バランスの取れた食事と十分な睡眠、適度な運動が、最も再現性の高い健康維持手段であるとされています」

 

 私は、完全に箸を止めていた。

 

 画面の中で、司会者が微笑む。

 

「なるほど……とても勉強になりますね」

 

 ——勉強?

 

 それはもう、完全に授業だった。

 

「それでは改めて、こちらの商品です」

 

 カメラが、ボトルをアップで映す。

 

 だがその輝きは、先ほどまでとは少し違って見えた。

 

「日々の生活に、ちょっとした安心感をプラスしたい方に」

 

 “安心感”。

 

 その言葉が、妙に正確に聞こえる。

 

 画面の隅に、小さな文字が表示される。

 

 ※本製品は疾病の診断、治療、予防を目的としたものではありません。

 ※効果には個人差があります。

 

 それは、いつもと同じ注意書きのはずだった。

 なのに今日は、それがやけに大きく感じられた。

 

 私は、冷めかけたカップ麺をすすりながら、少しだけ考える。

 

 この商品を買うかどうかではない。

 

 ——どうして、こんな説明を、普段は聞かないのだろう。

 

 テレビの向こうで、司会者は変わらず明るく笑っていた。


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