クソーアーカイゲー・青春ドブ捨て録   作:ていん?が〜

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この物語に出てくるゲーム、開発会社、開発者は全て架空のものです。


ミレニアムサイエンススクール セミナー所属 早瀬ユウカ編
早瀬ユウカ VS『江戸算術伝 〜算盤を以て徳川の世を正す〜』前編


 窓の外には、ミレニアムサイエンススクールの象徴とも言える、幾何学的な造形の高層ビル群が夕闇に溶け込み始めていた。

 

 街の灯りがひとつ、またひとつと灯り、高度な計算機が休みなく演算を続けるこの街の夜が始まる。

 セミナーの部室。その一角に位置する会計専用のデスクには、今日も整然と書類が積み上げられていた。

 

 「……よし。これで今月の各部活への予算配分、および備品購入費の照合は完了、ね」

 

 パチン、と愛用の電卓を叩く音が、静かな室内に響く。

 

 早瀬ユウカは、ふぅと短く息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。青色のツーサイドアップが、わずかに揺れる。

 彼女の目の前には、完璧に整理された貸借対照表がホログラムとして浮かび上がっていた。

 

 計算に狂いはない。1円の誤差も、1秒の遅延もない。それがミレニアムの会計としての誇りであり、彼女の日常だった。

 

 「ふふっ。やっぱり数字は裏切らないわ。不確定要素の多い世の中で、唯一信頼できるのは論理と計算だけ……」

 

 満足げに微笑む彼女の視線が、ふと机の隅に置かれた「それ」に向いた。

 

 それは、今日のお昼休みにゲーム開発部の部室に監査へ赴いた際、半ば強引に押し付けられた代物だった。

 

 その時のことをユウカはゆっくりと思い返す。

 

 

 

 

 

 「あ、ユウカ! ちょうどいいところに! これ、最新の掘り出し物なんだよ!!」

 

 モモイが鼻の穴を膨らませて差し出してきたのは、古びた、というよりは「呪われている」と言ったほうが適切そうな、異様に古めかしいデータストレージだった。

 

 「何よこれ……。まさか、また怪しい中古ショップで予算を浪費したんじゃないでしょうね?」

 

 「違うってば! これは、いにしえのゲームデザイナーが魂を削って作ったとされる、幻の珠玉作なんだから! ほら、見てよこのタイトル!」

 

 そこには、達筆すぎて半分以上読めない文字でこう記されていた。

 

 

 『江戸算術伝 〜算盤(そろばん)を以て徳川の世を正す〜』

 

 

 「……算術? 算盤?」

 

 その単語に、ユウカのピクリと眉が動いた。彼女の趣味は計算であり、特技は算盤だ。

 デジタルな演算が主流のこの時代にあって、指先で珠を弾き、物理的に数字を構築していく算盤の感触を、彼女は密かに愛していた。

 

 「そう! 江戸時代を舞台に、数学の力で悪代官を成敗したり、破綻した藩の財政を立て直したりする、超本格シミュレーションRPGなんだって! 開発は、あの伝説のメーカー『デスペラード・デジタル・ワークス』だよ!!」

 

 「聞いたことないわね、そんなメーカー……」

 

 「とにかくっ! 計算が得意なユウカなら、このゲームの真の価値がわかるはずだよ! 貸してあげるから、感想聞かせてよね!!」

 

 

 

 

 

 そう言って押し付けられたのが、今、目の前にある。

 

 普段なら「勉強の邪魔よ」と一蹴するところだが、今日は珍しく仕事が早く片付いた。

 それに、最近のゲーム開発部が作るような、不確定な運要素ばかりの「クソゲー」には辟易していたが、江戸時代の算術をモチーフにした本格派というのなら、少しは骨があるかもしれない。

 

 「……まあ、たまにはいいわよね。リフレッシュも必要だし」

 

 ユウカは自分に言い聞かせるように呟くと、デスクの横にある高解像度モニターに接続された最新のゲームコンソール——これ自体はセミナーの備品だが、動作チェックという名目で設置されている——に、その怪しいストレージを差し込んだ。

 

 画面が起動する。

 

 「さて、お手並み拝見といきましょうか。伝説のメーカーとやらが、どこまで『計算』の奥深さを理解しているのか……」

 

 モニターには、まずは真っ黒な背景に血のような赤い文字でメーカーロゴが表示された。

 

 

 『DESPERADO DIGITAL WORKS』

 

 

 そのロゴの下には、なぜか「We calculate your despair(貴方の絶望を計算します)」という不穏なキャッチコピーが添えられていたが、ユウカはそれを、単なる尖った演出だと受け流した。

 

 

 続いて、和楽器の音が混ざり合った、どこか不協和音気味なメインテーマが流れ出す。

 

 画面に映し出されたのは、公式の紹介文だった。

 

 

■ゲーム紹介:『江戸算術伝 〜算盤を以て徳川の世を正す〜』

 

【概要】

 

 時は元禄、学問の秋。

 

 天下泰平の世に蔓延る悪、それは「計算違い」であった!

 

 浪人・算哲(さんてつ)となったプレイヤーは、愛用の「呪算盤(じゅぞろばん)」を手に、不正な徴収を行う代官や、利子計算を誤魔化す悪徳商人たちを、圧倒的な計算速度で討ち果たしていく!

 

 

【システム】

 

• リアルタイム・アバカス・バトル: 敵が繰り出す「難問」を、制限時間内に算盤インターフェースで回答せよ。正解すればダメージ、不正解なら切腹(ゲームオーバー)!

 

• 藩財政再建モード: 飢饉でボロボロになった藩の家計簿を、一文の狂いもなく整理せよ。

 

• 和算奥義: 円周率を暗唱し、敵を混乱させろ!

 

 

【開発者より一言(代表:阿修羅・轟)】

 

「数学は戦いだ。算盤の珠を弾く音は、命の鼓動だ。中途半端な計算能力しか持たない軟弱者は、この江戸の荒波に飲み込まれるだろう。我々は、真の『算術士』を求めている。」

 

 

 「………………」

 

 ユウカはしばし沈黙した。

 

 「(『不正解なら切腹』って……。随分と極端なゲーム性ね。でも、計算速度がそのまま攻撃力になるというコンセプトは、嫌いじゃないわ)」

 

 むしろ、計算能力に絶対の自信を持つ彼女にとって、それは自分への挑戦状のようにも感じられた。

 

 「いいわ。江戸時代の算術レベルがどの程度のものか知らないけれど、ミレニアムのトップ会計である私の前で、そんな大口がいつまで叩けるかしら?」

 

 ユウカは不敵に微笑み、コントローラーを手に取った。画面には、古風な筆文字で『初めから』の選択肢が出ている。

 

 「さあ、始めましょう。完璧な計算で、江戸の世を救ってあげるわ」

 

 彼女の指がボタンを押す。

 

 それが、これから始まる地獄への入り口だとは、この時のユウカには知る由もなかった。

 窓の外の夜景は相変わらず美しかったが、部室の中の空気は、起動したゲーム機から漏れ出る形容しがたい不穏な電子音によって、じわじわと侵食され始めていた。

 

 「(……なんだか、ファンの音が異常に大きくなってないかしら? グラフィックの負荷が高いようには見えないけど)」

 

 ユウカは微かな違和感を覚えた。画面に映っているのは、ドット絵すら怪しい、解像度の低いボロボロの静止画だ。

 それなのに、最新鋭のコンソールが、まるでスーパーコンピュータで複雑なシミュレーションでも行っているかのように唸り声を上げている。

 

 「……まあいいわ。古いソフトだし、最適化が済んでいないだけでしょう」

 

 彼女は深く考えず、スタートボタンを連打した。

 

 画面がフラッシュする。

 

 「運がよかった? いいえ、計算通りです——このセリフ、このゲームをクリアした後でも言わせてくれるんでしょうね、阿修羅・轟さん?」

 

 ユウカの瞳には、かつてない挑戦的な光が宿っていた。

 

 「さあ……かかってきなさい、江戸算術伝!」

 

 物語の歯車が、最悪の方向に回り始めた。

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