暗い部屋の中で、ゲーム機の液晶画面だけがマリーの瞳を青白く照らしている。
タイトル画面には、パッケージ同様の美麗なイラストが躍り、ピアノの繊細な旋律が部屋に満ちていた。
マリーはその美しさに、期待に胸を膨らませる。
「(……ああ、なんて綺麗な曲。これは期待できそうです。まずは、主人公の名前を決めなければなりませんね)」
入力画面が表示される。デフォルトの名前もあったが、マリーは少し迷った後、羞恥心に頬を染めながら、1文字ずつ丁寧に自分の名前を打ち込んだ。
「い・お・ち・ま・り・ー……。ふふ、これで私も、聖アルカディア学園の生徒です」
「マリー」と入力し終えた彼女は、両手で顔を覆い、身悶えるように足をバタつかせた。
「(……ああっ! もし一条様に『マリー、君のことが忘れられないんだ』なんて呼ばれたら……! あるいは、零様に『おい、マリー。こっちに来いよ』なんて強引に誘われたら……! キャッ! どうしましょう、恥ずかしくて画面が見られません!)」
1人で勝手に盛り上がり、顔を真っ赤にするマリー。彼女は深呼吸を繰り返し、高鳴る鼓動を鎮めようと試みた。
「いけません、落ち着いてくださいマリー。これはあくまでシミュレーション……主への祈りと同様、真摯に向き合わねばなりません」
再びコントローラーを握り、決定ボタンを押す。いよいよ、薔薇色の学園生活が幕を開けるはずだった。
しかし、画面が切り替わった瞬間、マリーの時は止まった。
「……えっ?」
目の前の光景が理解できず、マリーは思わず声を漏らした。
画面の下部にあるメッセージウィンドウ。そこには、信じられないほど小さく、細いフォントの文字が並んでいた。
しかも、ウィンドウの色が薄いベージュなのに対し、文字の色はさらに薄い黄土色。背景に同化して、もはや何が書いてあるのか判別すら難しい。
「(見、見えません……。文字が小さすぎて、虫の這った跡のようです……)」
マリーは目を細め、画面に顔を限界まで近づけた。しかし、見えづらいだけではない。
その文章自体も、
「今日は朝から、太陽の光が燦々と、降り注ぎ、昨日の雨で湿った、土の匂いが、蒸発して鼻腔をくすぐる、そんな心地よい、午前の始まりを、予感させる登校風景の中……」
といった具合に、一文が異常に長く、句読点も無茶苦茶だった。
「読めません……。文字の色と背景が同化しています。……仕方ありません、これを使います」
マリーは救護騎士団から借りていた備品の虫眼鏡を引っ張り出してきた。画面の動きを一時停止し、虫眼鏡をかざして、1文字ずつ解読作業に入る。
「き……ょ……う……は……あ……さ……か……ら……」
ただの1行、たった数秒で読み飛ばせるはずの描写を理解するのに、実に3分を要した。
本来なら、流れるようなテキストに身を任せて3分もあれば序章を終え、イケメンたちと対峙できるはずだった。
しかし、この狂気じみた視認性の悪さのせいで、マリーが最初の校門をくぐる描写を読み終える頃には、無情にも30分の時間が経過していた。
「(……はあ、はあ。目が、目がとても疲れます。ですが、ここを乗り越えれば、ついに彼らが……)」
疲労を期待感でねじ伏せ、マリーはボタンを押した。
「お前が、例の特例の転校生か」
ボイスと共に、待望の第1攻略キャラ、生徒会長の一条蓮が登場した。マリーの瞳が輝く。
「(ついに……! 一条様が……!)」
だが、表示された立ち絵を見た瞬間、マリーは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「……い、一条様……?」
そこにいたのは、パッケージに描かれていた麗しい王子様ではなかった。
顎が異様に鋭利に尖り、顔全体の3割を占めるほどに長く伸びていた。
目は左右で微妙に高さが異なり、全体的にどこかチープな……まるで、数分で適当に描きなぐったような劣化コピーが画面を占拠していた。
「……えっ? あ、あの、一条様……ですよね?」
絶句するマリーを置き去りにして、一条蓮(のような何か)は喋り続ける。
「フン、あまりジロジロ見るな。不愉快だ。ついてこい、校内を案内してやる」
「(……セ、セリフはまともです。性格も、紹介文にあった通りのクールで威圧的な生徒会長です。……ということは、この……この凶器のような顎の男性が、本当に一条様なのですね……?)」
マリーは震える手で画面を操作した。絶望はそれだけでは終わらなかった。
「お、新しい獲物か? 面白えじゃねえか」
霧島零が登場した。だが、彼の顔はパーツが中央の数センチ四方に極端に寄りすぎており、余白の広すぎる顔面がシュールな恐怖を誘う。
「お姉さーん! 待ってたよ!」
羽柴翼が駆け寄ってくる。しかし、彼の肩幅はバレーボールのコート半分ほどもありそうなほど異常に広く、もはや人間というよりは板が動いているようにしか見えない。
「ふふ、ようこそ。歓迎しますよ」
西園寺景が優雅に一礼する。だが、彼の手足はクモのように長く、関節がありえない方向に曲がっており、その動きは不気味なクリーチャーのようだった。
「……君が、マリーか」
最後に現れたセフィに至っては、頭身が高すぎて画面からはみ出しており、膝から上が全く見えない。彼のボイスだけが、天井付近から降ってくる。
「(な、なんですか、これは……。性格は……性格やセリフは皆さん素敵なのに……! どうして、どうして見た目がこれほどまでに、その、前衛的なのでしょうか!)」
まともな内面と、狂気的な外面。その激しすぎるギャップが、マリーの精神を混沌の渦へと叩き落としていく。
それでも、マリーは必死に自分を納得させようとした。
「(いいえ、これはきっと、私の目が疲れているせいです。そう、30分も解読をしていたから……。ゲーム性は、ゲーム性はまともなはずです!)」
そんな中、最初の選択肢が出現した。
『一条蓮と一緒に生徒会室へ行く』
『少し校内を1人で探検してみる』
マリーは迷わず、攻略対象である一条との同行を選んだ。
「(よし、これで一条様との好感度が……)」
暗転する画面。しかし、次に表示されたのは生徒会室ではなかった。
校内を歩いていると、突然、遠くの魚屋から威勢のいい声が聞こえた。
「おい!兄ちゃん、避けろ!!」
魚屋が転倒した拍子に、獲れたてのダツが時速100キロで射出される。
「……え?」
『鋭い嘴を持ったダツは、正確にマリーの心臓を貫いた。
マリーの意識は、そこで途切れた――。』
画面いっぱいに表示される『GAME OVER』の文字。
「…………は?」
マリーの口から、シスターにあるまじき呆然とした声が漏れた。
「(……なぜ? 一条様についていくと言っただけです。なぜ、どこからともなく飛んできた魚に、心臓を射抜かれなければならないのですか!?)」
混乱しながらも、マリーは直前のセーブデータ……などという便利なものはなかったので、最初から解読作業をやり直して同じ場所まで戻ってきた。
そして今度は、もう一つの選択肢……「1人で探検する」を選んだ。
すると、画面内の一条蓮(顎の長いクリーチャー)が、不意に冷ややかな表情を浮かべた。
『…………チッ。汚らわしい女だ』
突如、一条蓮のグラフィックが歪み、彼はマリーに向かって激しく唾を吐きかけた。
『死ね、ゴミ虫が』
『あなたは一条蓮に軽蔑され、絶望のあまり学園を去る決意をした。
あなたの恋は、まだ始まってもいなかった――。』
再びの『GAME OVER』。
「………………」
マリーの顔から表情が消えた。
暗い部屋の中で、ゲームオーバーの赤い文字がマリーの瞳を赤く染めている。
「(……理不尽、です。どちらを選んでも、死ぬか追放されるか。これは……何かの試練、なのでしょうか?)」
マリーの持っているコントローラーが、みしり、と不穏な音を立てた。
「(……いけません。いけませんわ、マリー。激情に身を任せるなど、主がお悲しみになります。ええ、そうです、落ち着いてください。深呼吸を……)」
マリーは震える手で、胸の十字架を握りしめた。
「(……あ、あの通販サイトでは高評価だったのです。そうです、きっとここを乗り越えれば……。この理不尽な死や、壊滅的なグラフィックを補って余りあるほどの、素晴らしい展開が待っているはずです。そうでなければ、あんなに星5つが並ぶはずがありませんもの……!)」
自分に言い聞かせる声は、もはや悲鳴に近い祈りだった。
マリーは涙目になりながらも、再び「最初から」のボタンを押した。
「(……さあ、もう1度です。次こそは……次こそは、薔薇色の展開を見せてください……。お願いします、お願いします……!)」
再開されたゲームの光が、マリーの引きつった笑顔を虚しく照らし出す。
しかし、その先に待っているのは、救済などではない。さらなる絶望と、1人のシスターを修羅へと変える、地獄への一本道であった。
どの生徒のゲームプレイが見たいですか?
-
扇喜アオイ×オープンワールドゲーム
-
阿慈谷ヒフミ×キャラゲーム
-
槌永ヒヨリ×クッキングゲーム
-
飛鳥馬トキ×リズムゲーム
-
天地ニヤ×カードゲーム
-
池倉マリナ×レースゲーム