鹿山レイジョ VS『タウソウォ | ノアー・アノレティ〆ットゼニヌ』前編
薄暗いゲームセンターの片隅。激しく明滅するモニターの光が、鹿山レイジョの真剣な眼差しを赤々と照らしていた。
筐体からは、重厚な打撃音とオーケストラ調のBGMが鳴り響いている。
画面上で踊るのは、世界的人気を誇る格闘ゲーム『タウンウォリアー・アルティメットゼニス』。
レイジョはそのスタイリッシュな挙動と、カンフーの理にかなった動きに魅了され、日夜「修行」と称して通い詰めていた。
「(はぁ、はぁ……いける。ここで下段をスカしてからの、地虎連脚……!)」
レイジョの指がレバーとボタンの上を滑るように動く。しかし、対戦相手のキャラクターである黒い道着を着た「リュウジ」は、まるで見透かしたようにバックステップで間合いを外すと、完璧なタイミングで超必殺技を叩き込んできた。
『K.O.!!』
派手なエフェクトと共に、レイジョの操作するキャラクターである青い道着を着た銀髪の「ケンタロウ」が力なく地面に伏せる。
「……嘘でしょ」
レイジョが愕然として隣の筐体を覗き込むと、そこには椅子の上に立ち上がらんばかりの勢いで喜んでいる、トイプードルの獣人の少年がいた。
「やったぁぁ!! お姉ちゃん、ボクの勝ちだね!」
「…………」
レイジョの額にピキリと青筋が浮かぶ。口元が僅かに引き攣り、筐体を握る拳がミシミシと音を立てる。
「(……このクソガキがぁっ!! ボタンとレバーを適当にガチャガチャしてたのが、奇跡的に功を奏しただけじゃない!! そもそも子供がこんな時間にゲーセンで遊んでんじゃないわよ!!)」
怒号が喉元まで出かかるが、レイジョは深呼吸をして、胸元のファスナーを少し下げて熱を逃がした。
「ふぅ……。いいえ、私はカンフーマスター。常に冷静沈着、水のごとくあるべし……。負けを認めるのもまた、修行の一環……よね」
自分に言い聞かせるように呟き、レイジョは無理やり営業用のスマイルを作って少年に向き合った。
「……ええ、お見事ね。いいセンスしてるわよ、ボウヤ。次は負けないから」
「えへへ、お姉ちゃんも結構強かったよ! あ、そうだ。お姉ちゃん、これ見て!」
少年は無邪気に自分のスマートフォンをレイジョに差し出した。そこには、ゲームニュースのサイトが表示されている。
「これ、最新作の『タウンウォリアー・アルティメットゼニス』の家庭用版が出るんだって! しかも、もっとすごくなって『完全版』として発売されるんだよ!」
レイジョの目が大きく見開かれた。
「……家庭用? 家で、これができるっていうの?」
「そうだよ! これがあれば、もうゲーセンに来なくても特訓できるね!」
「(……っ! これよ、これだわ!)」
レイジョは内心で快哉を叫んだ。彼女が通うこのゲームセンターは、山海経の自宅から電車とバスを乗り継いで片道2時間、往復で実に4時間もかかる場所にある。
最寄りのゲームセンターはそこにしかないため他を開拓するという選択肢などなかった。
カンフーの修行と玄武商会のマネージャー業務に追われる彼女にとって、この移動時間はあまりにも痛い。
「(家で練習できれば、その往復4時間をまるまる木人打ちや型稽古に回せる……! つまり、私はさらに高みへと至れるということね。なんて効率的なカンフーライフ……!)」
ニヤリと口角を上げるレイジョだったが、現実はそう甘くはなかった。
その夜から、彼女の「争奪戦」という名の地獄が始まった。
「……売り切れ。ここも売り切れ。予約終了……ええい、どいつもこいつも早すぎるのよ! サーバーが重くて繋がらないうちに完売って、どんな魔法を使えば買えるっていうのよ!!」
玄武商会の事務室で、レイジョはノートパソコンを前に歯噛みしていた。巷では社会現象と言われるほどの人気ソフトだ。
転売屋の跋扈、瞬殺される予約枠。
山海経の市場を仕切る彼女の辣腕をもってしても、ネットの回線速度と運の前には無力だった。
数日が経過し、レイジョの目の下には隈ができ始めていた。
「(もうダメ……。今日も入荷なし……。仕事の合間にリロードしすぎて、指が腱鞘炎になりそうだわ……。あぁ、あのトイプードルのガキは今頃家で楽しく遊んでるのかしら……ムカつくわね……)」
半ば諦めムードで、海外の怪しげな通販サイトや、マイナーなホビーショップのページを巡回していたその時だった。
「……ん? あれ?」
画面の隅に、見覚えのあるロゴが躍った。
「あった……。え、嘘、在庫がある? しかも『即日発送可能』……!?」
レイジョは震える指でマウスを操作し、その商品ページを注視した。
タイトルロゴのフォント、キャラクターの構え、どこからどう見ても、彼女が求めていたあの伝説的格闘ゲームにしか見えない。
そのページに記載されていた内容は以下の通りである。
■ゲーム紹介:『タウソウォ | ノアー・アノレティ〆ットゼニヌ』
【概要】
世界中の格闘家が熱望した、究極の対戦ツールが遂に家庭に降臨!
前作を遥かに凌駕するグラフィックと、一瞬の油断も許さない超高速バトルを実現。キミの闘志は、この究極の頂に到達できるか!?
【システム】
• リアルタイム・インパクト・レスポンス:
打撃の瞬間にボタンを押すことで、攻撃力が無限に上昇する新感覚システムを搭載。
• ダイナミック・ステージ・デストラクション:
戦いの衝撃で地形が変形。落ちたら即終了の手に汗握るギミックが満載!
• オートマチック・ファイティング・コンボ:
初心者でも安心! ボタンを連打するだけで、プロ級の連続技が自動で発動。
【プレイアブルキャラ紹介】
・リニウジ:
「真の格闘家」を目指し、放浪を続ける空手家。必殺技は掌から放つ青い光。
・ケソタロワ:
リニウジの親友にして最大のライバル。燃え盛る拳で全てを焼き尽くす。
・フアソ・メィ:
華麗な脚技を操るインターポールの捜査官。彼女の百烈脚に死角なし。
さらに! 総勢20名以上の伝説的ファイターが参戦!
相撲取りの「工ドクード・ホソゴワ」、謎の仮面紳士「バノレラダ」、そして地獄の総帥「ぺグァヌ」など、個性豊かなキャラクターがキミを待っている!
「……リニウジにケソタロワ、それにフアソ・メィ?リュウジにケンタロウ、ファン・メイじゃなくて…?それにエドワード・ホンゴウやバルラダにベグァスも……文字崩れしてるのかしら…。いや、キャラ紹介はいつも通りだから気のせいでしょ。タイトルも少しフォントのせいで読みづらいけど……まあ、海外版の直輸入か何かかしら? 『タウソウォ……』? まあ、ネットの表記なんてこんなものよね」
レイジョは極限の疲労と焦燥感から、脳が正常な判断を下すことを放棄していた。画面の隅に小さく書かれた開発会社のロゴに目を向ける。
「開発……『ゴッド・エンターテインメント』? 聞いたことない名前ね。でも、あの有名な『トプソン』の子会社か何かでしょ。大手の名前が入ってれば安心だわ」
実際には、その会社はトプソンとは一切関係のない、名前すら出すのが憚られるような悪名高いアセットフリップ業者だったのだが、今のレイジョには関係なかった。
「(ついに……ついに手に入る! 待ってなさい、あのトイプードルのガキ! これで特訓して、次こそは地面に這いつくばらせてやるんだから!)」
彼女は1秒の迷いもなく「購入」ボタンを叩きつけた。
「よっしゃぁぁぁ!!」
深夜の事務室に、マネージャーらしからぬ咆哮が響き渡る。
それからの数日間、レイジョはまさに浮足立っていた。仕事の合間にもシャドーボクシングを欠かさず、後輩たちからは「今日のマネージャー、なんだか凄みが増してませんか?」と恐れられる始末。
そして。
「……来た。ついに来たわ!」
手元に届いた小汚い段ボール箱を、レイジョは宝物のように抱え、自室へと駆け込んだ。
箱を開けると、そこには派手なパッケージのディスクケースが入っていた。
表紙には、どこかパチモン臭い――いや、レイジョの目には「最先端のグラフィック」に見えていた――リニウジが、ひん曲がったポーズで拳を突き出している絵が描かれている。
「ふふ、ふふふふ……。今日からここが、私の道場よ」
レイジョは使い込まれたゲーム機に火を入れ、震える手でディスクをスロットに挿入した。
読み込みのウィーンという音が、静かな夜の部屋に響く。
「さあ、見せてもらおうじゃない。世界を熱狂させる、究極のカンフーを……!」
テレビ画面に、ノイズ混じりのロゴが浮かび上がる。
それが、これから始まる「救いなき悪辣な悲劇」の幕開けであることを、今の彼女はまだ知る由もなかった。
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