クソーアーカイゲー・青春ドブ捨て録   作:ていん?が〜

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鹿山レイジョ VS『タウソウォ | ノアー・アノレティ〆ットゼニヌ』中編

 「……見間違い。そうよ、見間違いに決まっているわ。最近、商会の書類を読みすぎて視力が落ちたのね。そうに違いないわ。カンフーの極致に至れば、視力さえも超越する。これはその前兆……そう、進化の過程なのよ」

 

 レイジョは震える手で、目元を強く擦った。まぶたの裏に火花が散るほど強く、何度も。そして、祈るような心地で再びモニターを見据えた。

 

 しかし、網膜に映し出される光景は、1ミクロンも変わっていなかった。

 

 

 『タウソウォ | ノアー・アノレティ〆ットゼニヌ』

 

 

 何度見ても「タウンウォリアー」ではない。「タウソウォ | ノアー」だ。

 

 「ン」が「ソ」に、「リ」が「| ノ」に、「ル」が「ノレ」に。文字のパーツを強引に組み合わせて、それっぽく見せようとした悪意に満ちた文字列。

 しかも、その背景は目も眩むような原色のピンクと黄色が、交互に、それも脈絡のない周期で激しく明滅している。

 

 「(な、なんて激しい演出……。これこそが、次世代の『ハイパー・グラフィック』ということなの……!?)」

 

 レイジョは自分を無理やり納得させるために、都合の良い解釈を脳内に展開した。視界の端がチカチカと焼けるような感覚を、「これぞ闘気(オーラ)の共鳴」と断じて。

 だが、その強引な納得も、続く画面で音を立てて崩れ去った。

 

 「……え、これだけ?」

 

 スタートボタンを押して現れたメニュー画面。そこには、世界的人気格闘ゲームの重厚な世界観など、微塵も存在しなかった。

 白い、ただの白い背景に、W○nd○wsのメモ帳か何かで打ち込んだような無機質なフォントで、三つの項目だけが並んでいたのだ。

 

 

 【 タイセソモード 】

 

 【 レソシュウモード 】

 

 【 セッテイモード 】

 

 

 「ストーリーモードは!? キャラクターたちが織りなす、魂の叫びと愛憎が渦巻くあの壮大な物語はどこへ行ったのよ!!『真の格闘家とは何か』を問いかける、あの全12章にわたるフルボイスの熱い展開を楽しみにして、私は……私は予約合戦に命を懸けたのよ!?」

 

 レイジョの声が、静かな自室に虚しく響く。

 

 「……落ち着きなさい、鹿山レイジョ。そうよ、カンフーとは無駄を削ぎ落とす芸術。物語など、拳で語れば十分だと言いたいのね? ええ、分かったわ。ストイックな作りじゃない、嫌いじゃないわよ」

 

 彼女は引き攣った笑みを浮かべ、必死に自分を「格闘家」のスタンスへと引き戻した。

 

 格闘家なら、まずは環境を整えるべきだ。レイジョはせめてこの目に優しくない光彩と、スピーカーが割れそうな不快な電子音を調整しようと、【セッテイモード】を選択した。

 画面が切り替わる。そこには「光彩:100」「音量:100」という数字が表示されていた。

 

 「眩しすぎるのよ。少し落としましょう」

 

 レイジョがコントローラーのスティックを左に倒す。……反応がない。

 

 ボタンを押してみる。……反応がない。

 

 十字キーを連打する。……びくともしない。

 

 「……? 壊れているのかしら? 冗談じゃないわ、これは特注の、ボタンの押し込み圧まで調整した私専用の……っ!」

 

 

 カチカチカチカチ、カチカチカチカチ!!

 

 

 狂ったようにレバーを動かし、ボタンを叩く。しかし、画面上の「100」という数字は、まるで不動の岩のようにその場に居座り、レイジョの操作を嘲笑っていた。

 

 「動かない……。何一つ、変えられない。音量も、光彩も、言語設定すら存在しない……」

 

 レイジョの右手が、みしり、とコントローラーを握りつぶしそうな勢いで軋んだ。

 

 

 「じゃあなんの設定モードなんだよぉぉぉおおおおおッッ!!!!!」

 

 

 バンッ!! と、コントローラーを床のクッションへ叩きつける。

 

 「設定できないならただの『表示モード』でしょうが!! 100固定ならわざわざ項目を作るんじゃないわよ!! 期待させた分、落胆が大きいっていうのが分からないの!? この……この、無能デベロッパーがぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 肩で激しく息をしながら、レイジョは再びコントローラーを拾い上げた。

 

 「ふぅ……ふぅ……。いけない。また『静』を失ったわ。いけませんね、レイジョ……。これは忍耐の修行。そう、あらゆる不条理を受け流してこそのカンフーマスター……」

 

 乱れた髪をかき上げ、深呼吸。

 

 「いいわ。もういい。設定なんて、私がモニターにサングラスをかければ済む話よ。肝心なのは中身……キャラクターよ! 20人の伝説的ファイター、それさえいれば……!」

 

 彼女は祈るように【タイセソモード】を選択した。

 

 画面にキャラクター選択のマス目(のような四角)が現れる。

 

「……1、2、3……。…………え?」

 

 数えた。2回。いや、3回。そこに並んでいたのは、明らかにスカスカの、たった「6人」のアイコンだった。

 

 『リニウジ』『ケソタロワ』『フアソ・メィ』『工ドクード・ホソゴワ』『バノレラダ』『ぺグァヌ』。

 

 「……6人。嘘でしょ……。20人以上参戦って、パッケージにもサイトにもデカデカと書いてあったわよね? ……流石にこれはないわよね。きっと、条件を満たせば隠しキャラが後から追加されるとか、そういう仕組みに違いないわ……」

 

 嘘。大嘘である。

 

 隠しキャラなど一律存在しない。このゲームは、以下の法律に真っ向から抵触する、救いようのない詐欺商品であった。

 

1. 不当景品類及び不当表示防止法(景品表示法):「20人参戦」と謳いながら実際には6人しかいないのは、商品の内容を実際よりも著しく優良であると示す「優良誤認表示」に該当する。

 

2. 著作権法:他社の著名なキャラクターの名称やデザインを意図的に誤認させる形で模倣しており、同一性保持権の侵害および翻案権侵害の疑いが濃厚である。

 

3. 刑法第246条(詐欺罪):そもそも最初から「完全版」を提供する意思がないにもかかわらず、消費者を欺いて金銭を搾取する行為は、紛れもない詐欺にあたる。

 

 これら3本柱により、消費者センターはおろか国際刑事警察機構(ICPO)が動いてもおかしくないレベルの悪行なのだが、今のレイジョの脳内には「修行」という言葉しかなかった。

 

 「いいわ……。選んであげるわよ。まずは、看板キャラの『リニウジ』……」

 

 選択されたリニウジのグラフィックが、画面中央に大写しになる。

 

 

 レイジョは絶句した。

 

 

 そこには、人間とは思えないほど首が長く、一方で肩幅が異様に狭い、奇妙なバランスの男が立っていた。

 

 道着のテクスチャはあちこちが伸び切り、ポリゴンが剥き出し。顔に至っては、目が左右で高さが違い、口は常に半開き。鼻があるべき場所には、ただの黒い点が2つ打たれているだけだった。

 

 対するCPU。自動で選ばれたのは「フアソ・メィ」。

 

 アーケード版では華麗な扇子使いの美女だが、このゲームにおける彼女は、体全体がなぜか半透明で、関節がすべて逆方向に曲がった不気味な造形物だった。

 

 「…………。始めるわよ。カンフーは、見た目じゃない。魂よ」

 

 ボタンを押し、対戦が確定する。画面がロードに切り替わった。

 

 時間はさほど長くはなかったが、そこに映し出されたのは「回転する実写のカレーライス」と「数学の複雑な数式」が、サイケデリックな色合いで交互にフラッシュするという意味不明すぎる映像だった。

 もはやゲームの世界観とは1ミリも関係のない、製作者の脳内から漏れ出た狂気の残滓である。

 

 そして、画面が切り替わった。

 

 

 ステージ。

 

 それは、実写の「どこかの工事現場」の写真を加工もせずそのまま貼り付けただけの、平面的な背景だった。

 足元には影すらなく、2人のキャラクターは虚空に浮いているように見える。

 

 『FIGHT!!』

 

 けたたましいホイッスルの音が鳴り響き、試合が始まった。

 レイジョは間髪入れず、パンチボタンを押す。

 

 「ハァーーイ! ゲッツ・ア・パァァァンチ!!」

 

 スピーカーから、異様にテンションの高い、陽気な外国人の声が響いた。

 

 「……何? 今のボイス、何?」

 

 カタコト。しかも、戦いの緊迫感など微塵も感じられない、まるでお祭りの屋台で客を呼んでいるかのような軽薄なトーン。

 

 さらに驚愕すべきは、そのモーションだった。

 

 ボタンを押した瞬間、リニウジの拳が、ズシュルルルッ! という不快な音と共に、画面端までゴムのように真っ直ぐ伸びたのだ。

 

 「……えっ?」

 

 シュバッ! 相手にヒットする。

 

 「オゥ! ナイスヒットォ! ユア・ストロング!」

 

 ボイスが響く。それと同時に、相手のフアソ・メィが反撃のキックを繰り出す。

 

 彼女の脚もまた、グニャリと不自然に湾曲しながら、画面の反対側にいるリニウジの頭部を正確に捉えた。

 

 「イェアーー!デリシャス・キィィック!!」

 

 「…………」

 

 パンチを出せば「ハァーーイ! ゲッツ・ア・パァァァンチ!!」。

 

 キックを出せば「イェアーー! デリシャス・キィィック!!」。

 

 驚くべきことに、攻撃モーションはこの「伸びるパンチ」と「伸びるキック」の2種類しか存在しなかった。

 

 

 投げ? ない。

 

 ガード? ない。

 

 必殺技? 伸びる長さが1.5倍になるだけ。

 

 

 画面内では、2人の異形が、互いに画面端に居座ったまま、ゴムのような手足を交互に伸ばし合っている。

 

 それは格闘ゲームなどではない。

 

 ただの、ゴム紐の引っ張り合い。

 

 

 「……………………………」

 

 レイジョは無言だった。その瞳は、もはや画面を見ていなかった。彼女はゆっくりと立ち上がり、テレビモニターに向かって歩み寄る。

 

 1歩。2歩。

 

 そして。

 

 

 「づぁっっっ!!!!!」

 

 

 裂帛の気合と共に、彼女の右拳が正拳突きとして放たれた。ターゲットは、リニウジのふざけた顔が表示されているモニターの中心。

 

 拳の風圧だけで、部屋の空気が爆ぜる。

 

 

 ――ピタッ。

 

 

 拳は、液晶画面のわずか1ミリ手前で、完璧に静止した。

 

 レイジョはそのまま、ゆっくりと拳を引き戻した。そして、もう片方の手で自分の顔を覆う。

 プルプルと小刻みに、しかし激しく全身が震えている。

 

 「…………命拾いしたわね。……カンフーマスターは、無益な破壊を好まないわ」

 

 

 震える声で彼女は言った。だが、顔を覆っていた手をゆっくりと離した時、そこに現れたのは「人間」の顔ではなかった。

 

 

 顔中に太い青筋と血管が、ミミズがのたうつように浮き出ている。あまりの怒髪天を衝く憤怒に、ところどころの毛細血管が耐えきれず切れ、皮下出血が赤黒い斑点を作っている。

 

 両目は真っ赤に血走り、瞳孔は限界まで収縮。口は、剥き出しの歯をギリリと噛み合わせ、獣のように開かれている。

 

 それは、地獄の最奥から這い出してきた化け物の形相。

 

 「……私は冷静。私はクール。私は水……。流れる水は、どんな器にも形を変える……。そうよ、これもまた修行。最高の修行じゃない……」

 

 レイジョはブツブツと、しかし口調だけは努めて落ち着こうとする、不気味なトーンで呟き続けた。

 

 「なんて……なんてラッキーなのかしら。こんな『究極の教材』を掴まされるなんて……。これで忍耐力を鍛えれば、私は……伝説の域に……。ふふ……うふふ、ふ……」

 

 笑い声が、もはや感情の伴わない機械的な響きとなって部屋を満たす。

 

 「さあ、修行を再開しましょうか。リニウジ……」

 

 レイジョはゆっくりとコントローラーを握り直した。暗い部屋の中で、不快な色の明滅が、哀しき怪物を不気味に照らし続けていた。

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