クソーアーカイゲー・青春ドブ捨て録   作:ていん?が〜

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鹿山レイジョ VS『タウソウォ | ノアー・アノレティ〆ットゼニヌ』後編

 深夜。

 

 山海経の静寂を切り裂くのは、もはや心地よい打撃音ではない。

 

 「ズシュルルルッ!」という、生理的嫌悪感を催す不快なゴムの摩擦音と、スピーカーの限界を超えて割れきった「ハァーーイ! ゲッツ・ア・パァァァンチ!!」という、陽気な死神のカタコトボイスだけだ。

 

 

 レイジョは、座っていた。

 

 背筋をこれ以上ないほど直立させ、顔面には「営業用スマイル」を極限まで歪ませたような、凍りついた笑みを貼り付けて。

 

 血管は顔中で脈打ち、切れた毛細血管からの皮下出血が、彼女の白い肌にどす黒い斑点模様を描いている。しかし、その手つきは驚くほど静かだった。

 

 パンチボタンを押す。リニウジの腕が伸びる。

 

 「オゥ! ナイスヒットォ! ユア・ストロング!」

 

 相手のフアソ・メィの脚が伸び、レイジョの操作するリニウジの頭部を、関節を無視した角度で蹴り飛ばす。

 

 「イェアーー! デリシャス・キィィック!!」

 

 戦略など、存在しない。間合いの管理も、読み合いも、カンフーの理も、この虚無の空間には一滴も残されていない。そこにあるのは、ただの「工場作業」だった。

 

 ベルトコンベアから流れてくる不備のある部品を、ただ黙々と叩き続けるような、魂を削る単純作業。

 

 だが、レイジョはそれを「修行」と定義した。

 

 「(……そうよ。呼吸を整えなさい、レイジョ。この無意味の中に意味を見出すことこそが、精神の磨練。この単調な往復運動は、木人打ちを極限まで抽象化したものなのよ……)」

 

 

 その時、異変が起きた。

 

 

 レイジョの放った伸びるパンチが、フアソ・メィの体力を削り切った。画面上の赤いバーは完全に消失している。

 

 勝利――のはずだった。

 

 しかし、フアソ・メィは倒れない。それどころか、体力がゼロになった状態で、さらに猛然と、かつ無表情に伸びるキックを繰り出してきた。

 

 「……あら。……ふふ、凄いわ。体力を使い果たしてもなお、闘志だけで立ち続けるというの? これこそが不撓不屈の精神……っ!」

 

 数秒間、死体が動くような気色の悪い光景が続いた後、フアソ・メィは唐突に動きを止めた。

 そして、まるで回路がショートしたかのように、身体をくの字に曲げたまま激しい痙攣を起こし始めた。

 

 「オ、オォォ……! ゲ、ゲッデム……! マ、マイ・ライフ・イズ……バッド・デッドォ……サ、サヨナラァァー!!」

 

 自分の人生を呪い、唐突に日本への別れを告げるような、場違いなほど悲痛で投げやりな絶叫ボイス。

 それと共に、フアソ・メィは物理演算を無視して地面にめり込むように倒れ伏した。

 

 「(……素晴らしいわ。敗北を潔く認め、過去の自分に別れを告げて次の一歩を踏み出す……。これぞ格闘家のあるべき潔い散り際なのね……!)」

 

 レイジョは、崩壊した脳で意味を捏造し続けた。人は、真実があまりに残酷である時、それを直視しないために虚構の意味を紡ぎ出す生き物なのだ。

 

 

 続く、新システムの検証。

 

 

 『リアルタイム・インパクト・レスポンス』。

 

 ボタンを押すごとに攻撃力が「無限」に上昇するという触れ込みだった。

 しかしその実態はボタンを押すたびにリニウジの腕がさらに長く伸び続け、最終的に腕が画面を三周半して自分自身の背中を殴り飛ばす哀れなピエロの1人芝居。

 

 「(……己を制する者は世界を制す。他者を攻撃する心は、いつか自分に返ってくるという仏教的因果応報の教えね……!)」

 

 

 『ダイナミック・ステージ・デストラクション』。

 

 戦いの衝撃で地形が変形するはずが、実際はキャラクターが動くたびに地面のテクスチャが「剥がれ」、その下の真っ暗な虚無が露呈する。

  落ちれば、キャラの叫び声がエコーしながら無限に小さくなっていく。

 

 「(……足元を見失えば、そこは奈落。常に一歩一歩を慎重に運ぶべしという、歩法の極意ね……!)」

 

 

 『オートマチック・ファイティング・コンボ』。

 

 ボタン連打でプロ級の連続技。だがその実態は、キャラが超高速で痙攣しながら相手に重なり、凄まじい処理落ちと共にゲーム機本体から『ギギギ……』という物理的な悲鳴を上げさせることだった。

 

 「(……人機一体。機械の限界こそが私の限界。熱い、熱いわよゲーム機……!)」

 

 

 時計の針は深夜2時を回っていた。

 

 全6キャラでの対戦を終え、レイジョの目は完全に化け物のそれとなっていた。

 

 「さあ……さらなる高みへ。2巡目の修行を開始しましょうか……」

 

 

 カタン、と。

 

 テレビの横で、振動に耐えかねた写真立てが倒れた。

 

 その衝撃で、レイジョの意識が、わずかに現実の輪郭を捉えた。

 

 

 倒れた写真。そこには、前歯が抜けているが、太陽のように無邪気に笑う7歳の少女が写っていた。

 

 横には、それを誇らしげに見守る、若かりし頃の父親。

 

 

 その少女――レイジョと、目が合った。

 

 

 『お父さん、私、世界一のカンフーマスターになるよ!』

 

 

 脳裏に、かつての自分の声が響いた。

 

 夢と希望に溢れ、正しい拳を、正しい道を、濁りのない瞳で信じていたあの頃。

 山海経の青い空の下、木人を打つ音が心地よく響いていた、あの純粋な時間。

 

 

 ひるがえって、10年後の今はどうだ。

 

 

 深夜の薄暗い部屋。

 

 顔中に血管を浮き上がらせ、指先はクソゲーの操作で腱鞘炎になりかけ、実在しない「リニウジ」とかいう異形のゴム伸ばしに、人生の貴重な時間を…魂を…1秒ずつドブに捨て続けている自分。

 

 レイジョの手から、魂の欠片であったはずのコントローラーが力なく滑り落ち、床のクッションの上に空虚な音を立てて転がった。

 

 画面の中では、首の長い「リニウジ」が、虚空に向かって「ハァーーイ! ゲッツ・ア・パァァァンチ!!」と陽気に吠え続けている。

 その脳天気なボイスが、今の彼女には耳元で鳴り響く呪いのようにしか聞こえなかった。

 

 「み、見るな……違うんだ、これは違う……これは修行なんだ……私は、私はカンフーを……」

 

 光を拒むヴァンパイアが闇に逃げ帰るかのように、レイジョはジリジリと後退りした。

 血走った瞳を泳がせ、過去の自分から、そして今この瞬間の惨めな自分から逃げ出すように。

 

 しかし、逃げ場などどこにもなかった。

 

 

 背中が、壁際の飾り棚に鈍い衝撃とともに当たった。

 

 その振動に呼応するかのように、棚の最上段に鎮座していた「あるもの」が、ゆっくりと均衡を崩して落下した。

 

 ガランッ、と床に転がったのは、金色の輝きを放つ小さなトロフィー。

 

 そこには『山海経ちびっ子武闘大会・優勝』の文字が刻まれていた。

 

 そして、その傍らには、その重たいトロフィーを両手で抱え、頬を紅潮させて溢れんばかりの笑顔を見せる、幼い頃のレイジョの写真。

 

 

 その写真は、皮肉にも今の彼女を真っ直ぐに見つめていた。

 

 

 「正義の拳」を信じ、努力が報われる世界を疑わず、ただ純粋に強さを求めていたあの頃の自分が。

 

 「異形のゴム伸ばし」に明け暮れ、深夜の自室で血管を破裂させている現在の自分を、無垢な瞳で射抜いていた。

 

 

 「…………あ…………」

 

 

 その瞬間、レイジョの中の宇宙が爆ぜた。

 

 

 

 

 「助けてくれぇぇぇぇえええええええ!!!!!」

 

 

 

 

 絶叫。それは山海経の夜の静寂を完膚なきまでに叩き潰す、魂の断末魔だった。

 

 「なぁ、助けてくれよぉ!! お願いだ、もう勘弁してくれ!! 金か!? 金が欲しいのかよ!!」

 

 レイジョは狂ったように机の上の財布をひったくると、中から万札の束を、もはや紙切れを撒き散らすような暴力的な手つきで引っ張り出した。

 

 「金ならいくらでもやる!! ほらよっ!! これでいいんだろ!? 頼むから私を……私の時間を、私のカンフーを、あの頃の私を返してくれぇぇぇぇぇえええええ!!!!!」

 

 宙を舞う万札。モニターに叩きつけられるのは、優雅に微笑む連邦生徒会長の肖像が描かれたキヴォトス最高額紙幣。

 

 彼女が投げ捨てたのは単なる金銭ではない。玄武商会のマネージャーとして積み上げてきた矜持であり、社会的な地位そのものであった。

 モニターの不快な明滅に照らされ、ひらひらと舞い落ちる生徒会長の朗らかな微笑みが、今のレイジョの無様さをいっそう際立たせる。

 

 

 人は極限状態に陥った時こそ、その本性が出る。

 

 

 山海経の重鎮、辣腕マネージャーとしての仮面の下に隠されていたのは、ただ「正しい道」を失い、真っ暗なクソゲーの深淵で迷子になった1人の少女の、剥き出しの絶望だった。

 

 「なぁああ!!! 助けてくれよぉぉぉおおおおお!!!!!」

 

 彼女の凄惨な命乞いは、丑三つ時の山海経に、どこまでも、どこまでも虚しく響き渡り続けた。

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 「マネージャー、朝ですよ! 店の開店準備に遅れてますよ!」

 

 後輩の生徒が、いつまでも登校してこないレイジョを心配して自宅を訪ねた。

 玄関の鍵は、なぜか開いていた。

 

 「失礼します……。レイジョ先輩……?」

 

 

 生徒が足を踏み入れた先。そこは、地獄の後のような惨状だった。

 

 

 部屋中に散乱した、おびただしい数の最高額紙幣。

 

 そして、画面に『YOU LOSE(貴方は敗北です)』という文字を静かに浮かべたまま、ノイズを吐き続けるモニター。

 

 その中心で。

 

 「……ゴム……伸びる……。ハァイ……パァァンチ……。私は、水……。私は、ゴミ……」

 

 うつろな目で天井を見上げ、意味不明な言葉を呟きながら横たわるレイジョの姿があった。

 

 「いやぁぁぁーーーーーーっっ!!!!!! レイジョ先輩ーーーーーーっっ!!!!!!」

 

 後輩の悲鳴がこだまする。

 

 「誰か!! 誰かヴァルキューレを呼んでぇ!! 強盗よ!! レイジョ先輩が強盗に襲われたわぁぁぁーーーーっっ!!!!」

 

 

 

 数日後。

 

 ヴァルキューレ警察学校の資料室に、1つの極めて奇妙な未解決事件ファイルが加わった。

 

 

 事件名:『鹿山レイジョ氏宅強盗未遂事件』

 

 詳細:強盗が侵入した形跡があり、室内には多額の現金が散乱していたが、精査の結果、被害者の金品は1点の盗難もなく無事であった。

 むしろ、被害者の精神的なショックの方が大きく、動機の解明には至っていない。

 

 容疑者:不明。

 

 証拠物件:『タウソウォ | ノアー』と書かれた謎のディスク1枚。

 

 

 担当した警察官のメモには、こう記されている。

 

 『被害者は、特定の外国語ボイスを聞くと、現在も激しい拒絶反応を示す。格闘ゲームという言葉は、禁句である』




次はツバキ編です。

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