百鬼夜行連合学院、修行部部室。
ツバキは意を決して、使い込まれたコントローラーのグリップを力一杯握りしめた。
その眼差しは、昼寝を愛する「眠り姫」のそれではなく、未知の強敵と対峙する武人のそれである。
「さあ……。50000クレジットの正体、見極めさせてもらうよぉ……」
ツバキの指がスタートボタンを押し込む。
モニターに映し出されたタイトル画面は、皮肉なほどに完璧だった。
深く、深い蒼に染まった森の奥底。画面の中央には、パッケージと同じくシオンとアイリスの姿があった。
ただ、静止画ではない。シオンの白銀の髪は、まるで水中に揺らめく絹糸のようにゆっくりと揺れ、背景の玻璃の木々からは、キラキラと光の粒子がこぼれ落ちている。
ピアノの旋律はどこまでも澄み渡り、時折混ざる「カラン……」という風鈴のようなSEが、プレイヤーを異世界へと誘う。
「(……やはり、何度見ても非の打ち所がありませんわ。まるで、1枚の芸術作品に触れているような……。赤松さんは、本当にこれをお排泄物として世に出したのでしょうか?)」
ミモリは画面を見つめながら、その完成度に酔いしれそうになっていた。
カエデもまた、画面の隅でふわふわと舞う雪のようなエフェクトに、無邪気に指を指している。
「ツバキせんぱーい! 見て見て、キラキラだよー!! これ、絶対楽しいゲームだよ!」
「うん……。いくよぉ……」
ツバキがニューゲームを選択する。
画面が滑らかにフェードアウトし、ロード画面へと移行した。
そこには、カンテラを手に提げたデフォルメ姿のアイリスが、暗い森の中をトコトコと歩く可愛らしいアニメーションが表示されていた。
カンテラの灯火が足元を照らし、一歩進むたびに小さな火の粉が舞う。
「ロード画面まで凝っていますのね。アイリスさんの歩き方が、とても一生懸命で可愛らしいですわ」
ミモリが感心したように微笑んだ、その時だった。
――プツン。
「……え?」
唐突に、画面が真っ暗になった。
「あれ……? 故障、かなぁ……?」
ツバキが首を傾げ、何気なくボタンを1つ押してみる。すると、画面は再び点灯した。
しかし、そこに映っていたのは。
「……タイトル画面、ですわね」
ミモリの言葉に、部室が凍りつく。
「わあー! すごーい! マジックだー! ツバキ先輩、今どうやったの? 消えて戻ったよー!」
「マジックじゃないよぉ、カエデちゃん……。何もしてないよぉ、私……」
ツバキの額に嫌な汗がにじむ。
たまたまバグか何かが起きたのだろう。そう自分に言い聞かせ、ツバキはもう1度タイトルからゲームを開始した。
再び、カンテラを持って歩くアイリス。トコトコ、トコトコ……。
そして、きっかり10秒が経過した瞬間。
――プツン。
またしても画面が暗転し、ボタンを押せばタイトル画面が「お帰り」と言わんばかりに居座っている。
「……………………なんでぇ?」
ツバキの声が震え始めた。
「なんでぇ……!! 大賞とはいえ、まだ物語の『も』の字も始まってないのに、始めさせてくれないなんて酷すぎるよぉ……!! 小学生の頃から貯めてたお年玉、全部溶かしたんだよぉ……!! これじゃただの50000クレジットする高価なタイトル画面だよぉ!!!」
絶望に打ちひしがれ、コントローラーを手放そうとするツバキ。
しかし、ミモリは冷静だった。彼女の鋭い洞察力が、ある違和感を捉えていた。
「……ツバキちゃん。少し、わたくしに代わっていただけますか?」
「いいけどぉ……。ミモリ、無理だよぉ。このゲーム、呪われてるんだぁ……」
ミモリは無言でコントローラーを受け取ると、3度目の正直と言わんばかりにゲームを開始した。
ロード画面。アイリスが歩き出す。
1、2、3……。
9秒が経過したところで、ミモリは親指で「×ボタン」をポンと叩いた。
10秒経過。画面は消えない。
「あ、消えない!」
カエデが声を上げる。アイリスは元気に歩き続けている。
しかし、そのまま何もしないでいると。
20秒経過。
――プツン。
「(……やはり。そういうことですわね)」
ミモリは顎に手を当て、深い溜息をついた。
「なになにー? ミモリ先輩の時はなんで長かったのー? やっぱりマジックなのー?」
「いいえ、カエデちゃん。これはマジックではなく……悪意ですわ。おそらくこのゲーム、ロード画面中に『10秒間操作がない』と、プレイヤー不在と勝手に判断して、強制的にタイトルへ戻す仕様になっているようです」
「………………………は?」
ツバキが、聞いたこともないような平坦な声を漏らした。
「ロード画面って……待つ時間だよねぇ? 待ってる間に操作しなきゃいけないなんて……そんなの、並大抵のクソゲーじゃないよぉ……。というか、これ、ロードが終わるまでずっとやらなきゃいけないのぉ……?」
「そのようですわね……」
そこからは、まさに苦行だった。
「はい、次カエデさん!」
「わかったー! えいっ!」
「……次は私だねぇ……。ぽちっとなぁ……」
3人が交代で10秒おきにボタンを叩き続ける。画面の中では、アイリスが5分間、永遠に終わらない暗い森を歩き続けている。
「(……ロードに5分。しかもその間、片時も目が離せない……。赤松さん、あなたは一体何を考えてこんなものを作ったのですの?)」
ミモリの表情から笑顔が消え、般若のような静かな怒りが蓄積されていく。
そして5分後。ようやく画面が白く弾け、本編が始まった。
「あ……! 始まったぁ!! シオンさんだぁ!」
カエデが喜ぶ。画面には、玻璃の木の下で物憂げに佇むシオン。パッケージそのままの、いや、それ以上に美しいグラフィックだ。
シオンがゆっくりと口を開く。
「「………………っ!」」
ツバキとミモリが、息を呑んで耳を澄ませた。
『――キュルキュルキュルキュル!!! ピギャアァァァ!! ガガガガッ!!』
「「………………は?」」
耳を突き刺したのは、かつて聞いたこともない暴力的な「早回し音」だった。
それと同時に、画面下のテキストウィンドウが、目にも止まらぬ速さで点滅した。
『私はこの森で……』
『君のような人間……』
『宝石になっても……』
『呪いは永遠に……』
1枚のテキストが表示されている時間は、およそ0.01秒。
「……ふ、フラッシュ暗算……?」
ミモリが震える声で呟く。
ボイスは早送りのテープのように「キュルキュル」としか聞こえず、テキストは網膜に残像すら残さない速度で流れていく。
情緒? 風情? そんなものはどこにもない。
「きゃははは!! すごいすごーい! ミモリ先輩、この文字、流しそうめんみたいだよー!! つるつるーって、一瞬でいなくなっちゃった!」
カエデだけが楽しそうに笑っているが、ツバキとミモリは魂が口から漏れかけていた。
そして。
突然、嵐のようなテキストの奔流が止まった。
画面には二つの選択肢が表示されている。
【その手を握る】
【森から逃げる】
「………………何が?」
ミモリの口から、掠れた声が漏れた。
「何も、読んでませんわ。何も、聞こえてませんわ。何が起きて、どういう状況で、どうしてこの選択肢になったのか……わたくし、何も……1文字も理解できていませんわ!!」
「ミモリ……バックログ、バックログを見てぇ……!」
ツバキが必死にボタンをガチャガチャと押すが、画面には虚しく『機能制限中』という文字が出るだけだった。
「……前のセリフに戻るボタンも、ログを確認する機能も……何一つ、存在が…………赤松テメッ!…ゴホン………あなたぁ!!」
咄嗟に出かけた言葉を呑み込み、ミモリの口からは変換された怒りの言葉が飛び出す。
「どうしよう、どっちにすればいいのぉ……!? これ、適当に選んでいいのかなぁ……」
ツバキが迷っていると、無情にも10秒が経過した。
――プツン。
「あ……」
画面が消える。ボタンを押す。
『玻璃の森(はりのもり)』
美しいピアノの旋律が、静まり返った部室に虚しく響いた。
「………………………」
「……また、タイトルに、戻された……。……あ……ああああ…………」
ツバキは、コントローラーを握ったまま、畳の上に突っ伏した。
「選択肢の場面でも……10秒以上悩んだら、プレイヤー不在とみなしてタイトルに戻すんですのね……。……ふふ。……ふふふふふ」
ミモリの手の中で、コントローラーが「ミシミシ……」と悲鳴を上げている。
「……これがクソゲー大賞。……理解したよぉ。これ、ゲームじゃない。……ただの、嫌がらせの結晶だよぉ……」
「キャハハハッ!! ツバキせんぱーい! ミモリせんぱーい! もう1回マジックやってー!! 今の消えるやつ、面白かったよー!!」
カエデが無邪気に手を叩いて笑うが、その笑顔すら、今の2人には劇薬だった。
だが。
これほどの理不尽も、この『玻璃の森』という化け物においては、ほんの小手調べに過ぎなかった。
並み居る強豪クソゲーたちをなぎ倒し、圧倒的票数で2025年の頂点に立った真の理由は、この先にある。
真の地獄の門が、今…不気味な音を立てて開かれた。
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