銀鏡イオリ VS『エターナル・レジェンド・オブ・ザ・ガーディアンズ 〜光と闇の聖域〜』前編
ゲヘナ学園、風紀委員会事務局の片隅。夕暮れ時、西日が差し込む部屋で、銀鏡イオリは大きく背伸びをした。
今日は珍しく、朝から夕方まで大した事件が起きていない。
美食研究会が食堂を爆破することもなく、便利屋68が怪しげな不動産詐欺を働くこともなく、温泉開発部が校舎の真下に掘削ドリルを突き立てることもなかった。
奇跡と言っても過言ではない、あまりに平穏な1日。
「……ふぅ。たまには、こういう日がないとね」
銀色のツインテールを揺らしながら、イオリはデスクの上に積み上がった書類を整える。
事務作業は完璧。パトロールも異常なし。
ヒナ委員長は会議で不在、アコは別の報告書に追われている。つまり、今この瞬間から、彼女は自由だった。
イオリは人知れず、胸を高鳴らせていた。彼女には、誰にも……特にあの「変態」こと先生には、絶対に知られたくない趣味がある。
それは、ファンタジーの世界観に浸ることだ。
剣と魔法。騎士と姫君。壮大な冒険と、美しい自然。
現実のゲヘナという、硝煙と爆破と理不尽に満ちた場所から離れ、気高く美しい英雄譚を追体験する時間は、彼女にとって唯一の癒やしだった。
「よし、帰りにちょっと寄り道していこうかな」
イオリは、うーん、と背伸びをする。関節からパキパキと小気味のいい音が鳴る。
「(せっかくの休みなんだ。新しいゲームでも買って、部屋でゆっくりミントティーでも飲みながらプレイしよう)」
彼女は愛用の狙撃銃「クラックショット」を丁寧にケースに収めると、軽やかな足取りで事務局を後にした。
キヴォトスでも有数の繁華街。その裏通りにひっそりと佇む、中古ゲームショップ。
イオリは周囲を警戒するようにキョロキョロと見回しながら、店内に足を踏み入れた。
万が一にでも、あのストーカーまがいの先生に見つかったら、「お、イオリ。今日はどんなエッチなゲームを買うのかな?」などと、デリカシーの欠片もない言葉を投げかけられるに決まっている。
想像しただけで、彼女の褐色肌の顔は真っ赤に染まった。
「……いないわね…。よし」
イオリは足早に、目的のコーナーへと向かう。新作ソフトの棚を一通りチェックしたが、どれもイマイチ食指が動かない。
最近の流行りはオンラインの対戦ゲームばかりで、彼女が求めている「重厚なファンタジー」は絶滅しかけていた。
溜息をつき、ふと足元に目を向ける。そこには、「在庫処分・一律50クレジット」と書かれた古ぼけたプラスチック製のワゴンが置かれていた。
50クレジット。
キヴォトスの通貨価値で言えば、1円=1クレジット。つまり、わずか50円ほど。缶ジュース1本すら買えない、異常なまでの安売りだ。
「……ゴミの山ね」
ハッ、と鼻で笑い、通り過ぎようとしたその時。山積みになったジャンクソフトの隙間から、一筋の光が彼女の目に飛び込んできた。
「これ……」
イオリはそのソフトを手に取った。
パッケージには、息を呑むほど美しいイラストが描かれていた。
透き通るような銀髪の騎士が、聖剣を掲げ、夕焼けの草原に立っている。
その背後には豪華絢爛な城がそびえ立ち、空にはドラゴンが優雅に舞っている。
「(なんて綺麗な絵なの……。それにこの世界観、まさに私の求めていたものじゃない!)」
タイトルは、『エターナル・レジェンド・オブ・ザ・ガーディアンズ 〜光と闇の聖域〜』。
パッケージの裏面に書かれた紹介文は、さらに彼女の期待を煽った。
■ゲーム紹介:エターナル・レジェンド・オブ・ザ・ガーディアンズ 〜光と闇の聖域〜
【概要】
かつて失われた古代文明の謎を解き明かし、闇の軍勢から人々を救い出す王道ファンタジーRPG。
平和を願う一人の騎士となり、苦しむ民の声に応え、各地で発生する困難な事件を解決していく感動の物語が展開される!
【システム】
•美麗なグラフィック:当時の技術の粋を集めた、圧倒的なビジュアル表現を実現!
•壮大な人助けイベント:旅先で出会う人々との交流を通じ、徳を積むことで真の英雄へと成長!
•リアルな戦闘:直感的な操作で、迫りくる魔物たちをなぎ倒す爽快アクションを楽しめる!
君だけの、冒険を紡ぎ出せ!
「(これだわ! まさに、私が探し求めていた理想のゲーム!)」
イオリの瞳が輝く。50クレジットという価格設定に、わずかながらの不審さを感じなかったわけではない。
しかし、この美しいパッケージアートを見てしまうと、そんな些細なことはどうでもよくなった。
「(きっと、あまりに内容が本格的すぎて、今のチャラチャラした若者には理解されなかったのよ。不遇の名作ってやつね)
彼女は吸い寄せられるようにレジへと向かった。店員は彼女の顔を一瞬見ると、憐れみを含んだような、あるいは「ついに売れたか」という諦観のような、複雑な表情を浮かべて会計を済ませた。
「……ありがとうございます。返品は受け付けておりませんので、ご了承ください」
「わかってるわよ。こんなに良いゲームを50クレジットで売るなんて、あんたたちも見る目がないわね」
イオリは勝利者のような笑みを浮かべ、パッケージを大切に抱えて店を飛び出した。
ゲヘナ学園、風紀委員会の女子寮。
イオリは自室に戻るなり、ドアに鍵をかけ、カーテンを閉め切った。誰にも邪魔されない、自分だけの至福の時間の始まりだ。
まずはケトルでお湯を沸かし、大好きなミントティーを淹れる。爽やかな香りが部屋に広がり、張り詰めていた神経がほぐれていく。
「よし……準備万端」
イオリはデスクに座り、大切に持ち帰った『エターナル・レジェンド・オブ・ザ・ガーディアンズ』を改めて眺めた。
やはり、パッケージの絵は素晴らしい。この凛とした騎士の表情、細部まで描き込まれた防具の装飾。
これほどのクオリティの絵を描くイラストレーターがいるなら、中身が面白くないはずがない。
パッケージの隅に書かれた開発会社のロゴに目が止まる。
『株式会社 スカイ・ディベロップ・インターナショナル(SDI)』
聞いたことのない会社だが、そんなことは関係ない。名作はいつだって、無名の天才の手によって生まれるものだ。
「(待ってなさい、邪悪な魔王。私がこの手で、世界を救ってあげるんだから)」
イオリはコンソールゲーム機の電源を入れた。ファンが回り、テレビ画面が明るくなる。
彼女の手は、期待でわずかに震えていた。これから始まる、壮大な冒険の旅。過酷な現実を忘れさせてくれる、光り輝く物語。
「さて、それじゃあ……始めようかな」
イオリはコントローラーをしっかりと握りしめ、ディスクを挿入した。
ウィィィン……という、ディスクの読み込み音が静かな部屋に響く。
画面には、開発会社のロゴがゆっくりと表示された。
彼女は、この先に待ち受けているのが「光り輝く物語」などではなく、地獄の底から這い上がってきたような絶望と、理不尽の塊であることを、まだ知る由もなかった。
イオリの指が、スタートボタンにかかる。
「(私の休日、最高のものになりそう!)」
ポチッ、と。
イオリがボタンを押した瞬間。
画面は不自然なノイズと共に暗転し、不穏な電子音が部屋に響き渡った。
これが、後にキヴォトスで語り継がれることになる「伝説のクソゲー」と、1人の風紀委員の、血と涙と憎悪に彩られた戦いの幕開けであった。
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