アビドスの静寂を切り裂くように、部屋のテレビモニターが青白い光を放った。砂狼シロコは、期待感に満ちた表情でコントローラーを握りしめている。
画面中央には、黄金に輝くはずのロゴ『怪盗エトワールと華麗なる夜会』が、どこかピントのボケたようなフォントで表示されていた。
「ん、始まった。まずはチュートリアルから……」
シロコがスタートボタンを押し込むと、暗転の後に映し出されたのは、彼女の想像を絶する光景だった。
「……ん。これは、何?」
画面に現れた「伝説の怪盗エトワール」は、パッケージの2枚目とは似ても似つかぬ、数えられるほど僅かなピクセルで構成された、ガタガタのドット絵だった。
背景は単色の灰色の塗りつぶしに、申し訳程度の四角形が「ビル」として置かれているだけ。
しかも、その四角形はパースが狂っており、空中に浮いているようにさえ見える。
「……まぁ、いい。潜入開始。まずは、ガジェットを作らないと」
彼女は気を取り直し、最初のミッション「潜入ツールの作成」に取り掛かった。画面が切り替わり、ガジェット作成モードに移行する。
パッケージの説明では「最新のテクノロジーを駆使した作成モード」とあったが、実際にシロコの目の前で起きたのは、鉄屑の画像とレンズの画像が、何の予備動作もなく「ポンッ」という軽い音と共に重なり、別の画像に置き換わるだけの、手抜き極まる合成シーンだった。
「(……ん。最新の、テクノロジー。無駄を省いた、合理的なシステムだと思えば……いい)」
シロコは自分に言い聞かせた。形はどうあれ、肝心なのは潜入のタクティクスだ。
ゲームが本格的なステージへと移行する。操作感を確認するために、シロコは十字キーを横に押した。
「……!? ん、動きが、遅い」
コントローラーを入力してから、エトワールが動き出すまでに1秒近いラグがある。
さらに、1歩歩くごとに摩擦係数がゼロになったかのような慣性が働き、キャラクターが氷の上を滑るように制御不能になる。
「(ん。これは……重力制御が不安定な、特殊な空間を想定した訓練。そう考えれば、意味がある)」
彼女は懸命に、この「不具合」に意味を見出そうとした。だが、そんな彼女の健気な努力は、その直後に無惨に打ち砕かれる。
「パシッ」という、乾いた、あまりにも軽い音が響いた。
画面上のエトワールが、前触れもなく糸の切れた人形のように崩れ落ち、赤い文字で『WASTED』と表示される。
「……ん? 何。今、何が起きた?」
何が起きたのか全く理解できず、シロコはリトライを選択した。再び操作を開始する。
今度は注意深く画面を観察した。すると、背景の灰色と同化したような、僅か1ドットの「茶色の点」が、画面の端から音もなく飛んできた。
「(避ける……!)」
コントローラーを咄嗟に操作したが、キャラクターは最悪の操作性により、彼女の意思とは真逆の方向へ滑り込んだ。
そして、再び「パシッ」という音と共に、ゲームオーバーの文字。
「……ん。視認困難な超高速弾。……反射神経の、極限トレーニング。……ドリーム・クリエイト・ソフト、厳しいけど、やりがいはある」
シロコの瞳から、少しずつ光が消え始める。それでも、彼女はゲームを続けた。
しかし、不条理という名の暴力は、彼女の「理解」の範疇を容易く越えていく。
「……ん。今度は、何」
ステージの途中でジャンプボタンを押した瞬間、エトワールは重力を完全に無視し、そのまま垂直に上昇し続けた。
天井を突き抜け、背景のテクスチャが途切れた「無の世界」へと突入する。
エトワールは空中を必死に走るポーズを保ったまま、そのまま画面外へと消えていった。
「……ん。次元の、裂目。最新の……ステルス理論……。ん、もう一度」
リトライ。今度は地面を歩いている最中、キャラクターの腰から下が床に埋まった。
そのままピルエット(回転)を繰り返しながら、キャラクターが高速で点滅し始める。爆音のノイズがスピーカーから鳴り響き、画面いっぱいに虹色のバグノイズが走った。
「…………」
シロコの口数が、目に見えて減っていく。
先ほどまでの「銀行強盗への期待感」は、既に砂漠の霧散するように消え失せていた。
リトライ、砂粒。
リトライ、床抜け。
リトライ、操作不能。
100回目のリトライを超えたあたりで、シロコは完全に沈黙した。
銀色の耳は力なく伏せられ、彼女の澄んだ瞳は、今や虚無を見つめる深淵のように濁っている。
表情は、凍りついた鉄仮面のように一切の起伏を失っていた。
画面内では、またしてもエトワールが、歩き出した瞬間に「謎の爆発」を起こして四散した。
「…………」
その瞬間だった。
――ドォォォォォォォン!!!
シロコの右拳が、凄まじい速度で机に叩きつけられた。
ドォン!! ドォォォォン!!!
言葉も、呻きも、悲鳴もない。ただ、肉体と硬質な木材が衝突する、暴力的な破壊音だけが部屋に響き渡る。
ドゴォッ!! ガガガァッ!!!
一発、二発では止まらない。シロコは立ち上がり、渾身の力で「台パン」を繰り返した。
それはもはや「ゲームへの苛立ち」というレベルではない。理不尽な世界に対する、魂の絶叫が拳に宿っていた。
机の脚が悲鳴を上げて砕け、その上に乗っていた高価なロードバイクのメンテナンスキットが宙を舞う。
壁に飾られていたアビドスのポスターは振動で剥がれ落ち、棚からは教科書や参考書が雪崩のように崩れ落ちた。
バキッ!! メキメキメキッ!!!
無表情のまま、機械的な正確さで振り下ろされる拳は、分厚い天板を真っ二つに叩き割った。
飛び散った木片がシロコの頬を掠めるが、彼女は瞬き一つしない。
ガッ、という鈍い音と共に、ついに机が完全に崩壊した。
「…………」
シロコはピタッと、その動きを止めた。
嵐が去った後のような、異様な沈黙が訪れる。
部屋の様子は、1分前とは見る影もなくなっていた。震災に遭ったかのように家具は倒れ、床には破壊された木材と、散乱した備品が層を成している。
そんな惨状のただ中で、シロコは1人、直立不動で立っていた。
彼女は、崩れ落ちた机の残骸の下で、奇跡的にまだ映像を映し続けているモニターを、じっと見つめた。
「……いけない。つい、カッとなった」
先ほどの破壊活動が嘘だったかのように、シロコは静かに、落ち着いた声で呟いた。
焦る様子も、後悔する様子もない。ただ、事実を淡々と確認するだけのトーン。
彼女はゆっくりと、深く、深呼吸をした。肺の中に、砂埃の混じった部屋の空気を溜め込み、それを吐き出す。
「……吸って、吐いて。ん、私は冷静。私はクール。アビドス廃校対策委員会の砂狼シロコ。どんな困難なミッションも、最後までやり遂げる。挫折は、私の辞書にはない」
シロコは自分自身を再起動するように、そう言い聞かせた。足元に転がっていたセリカのコントローラー――基盤が半分露出しているが、奇跡的に動くようだ――を拾い上げる。
彼女は、瓦礫の山の上に腰を下ろした。まるでそこが高級なソファであるかのような、泰然自若とした態度で。
「……ん。クールに、受け流す。今の破壊行動は、指の筋肉の……ウォームアップ。さあ、再開しよう。株式会社ドリーム・クリエイト・ソフト。あなたたちの挑戦、私が真っ向から受けて立つ」
シロコは再び、地獄への入り口である「スタートボタン」に指をかけた。
だが、その指先は、彼女の意志に反して、わずかに小刻みに震えていた。
画面の中でエトワールが再び「1ドットの点」に撃ち抜かれ、死のワルツを踊り始める。
シロコの瞳の奥で、静かな、しかし決して消えることのない「殺意」の炎が、じりじりと燃え広がり始めていた。
地獄の夜会は、まだ終わらない。
惨劇の夜は、ここから更なる狂気を孕んで加速していく。
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