とある勇者の最後の旅路   作:あさか000

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第13話 終着地

#19 ライフコッド

 

 

 それより(のち)も、緑髪の一族はライフコッドの大地に根を下ろし、絶えることなくその命脈を繋いでいった。

 

 不思議なことに、その一族に生まれる子らは、誰もが鮮やかな緑の髪色を宿していた。

 子も、孫も、その曾孫に至るまで、みな等しく、目に染みるような緑の髪。

 その血脈は、かつて交わされた約束とともに、途切れることなく受け継がれていったのである。

 悠久の時の流れの中、たとえ世界がどれほど大きく移ろおうと、それは変わらなかった。 

 

 されど、彼らの故郷――ライフコッドの村までは、不変のままで在り続けることはできない。

 

 竜神と厄災の天地を分かつ争い。

 それによって引き起こされた、大規模な地殻変動。

 守護者の不在によって広がっていった、邪悪なるものたちの跋扈と、その闘争の遍歴(へんれき)

 

 数多の災禍は歴史の必然として、その地のありようを大きく変えていった。

 

 もとよりライフコッドは、辺境の山奥に築かれた小さな集落に過ぎない。

 周囲から人の営みが消えれば、外界との往来は途絶えていくのが必定であった。

 

 大国レイドックの興亡。

 それに連なる商都シエーナの消滅。

 

 長き歳月の果てに、いつしかライフコッドに訪れる者は絶え。

 ついには、その名を知る者さえ失われていった。

 

 名を無くしたその村は、やがて人里離れた山の(いただき)にひっそりと佇む村――。

 ただ『山奥の村』とのみ、呼ばれるようになっていた。

 

 それでもなお、緑髪の一族はその地に在り続け、絶えることなく血を繋いでいったのである。

 

 


 

 

 それからさらに時が流れて、幾星霜(いくせいそう)

 

 あるとき――ひとりの木こりが、天空人に恋をした。

 

 木こりは下界へ舞い降りた天空の乙女と出会い、やがて心を通わせて。

 ふたりは結ばれることになったのだ。

 

 されど、天空人と人間の交わりは、侵さざるべき禁忌の領域。

 その交配は、時に祝福となりうる一方で、往々にして災禍を招く。

 それは竜の神にとって、許しがたき冒涜であった。

 

 事態を知った竜神は、烈火の如く怒り狂い。

 その激昂のまま、禁を犯した木こりへ神罰の雷を落としてしまう。

 

 かくして男の命は失われ、天空の乙女は天上へと連れ戻されることになった。

 

 後に残されたのは、たったひとりの赤子だけ。

 ふたりのあいだに生まれた、緑髪の赤子だけが、大地へ取り残されることになったのだ。

 

 なぜ竜神が、赤子の命にまでは手をかけなかったのか。

 その理由はいまもわからない。

 あるいは竜神も、その幼き瞳の奥に、邪悪な災禍ではなく聖なる光を見たのかもしれない。

 

 孤児となった赤子を不憫に思った村人たちは、人里隠れた山奥であるのを幸いに、ひそかに彼を育てることにした。

 ある若い夫婦が親になると申し出て、赤子は彼らの子として迎えられ、健やかに成長していくことになったのである。

 

 だが、その誕生を快く思わなかったのは、天空のみではなかった。

 邪悪なる者たち――魔族もまた、彼という存在に脅威を覚えていたのだ。

 

「その予言は誠か?」

「ええ……間違いございません」

 

 時の魔王――デスピサロが、予言者へと問いかける。

 

 彼が悲願とするのは『厄災の甦生(こうせい)』。

 太古の昔、世界を闇で覆い、大地を劫火の焔で焼き尽くしたと伝えられる厄災。

 

 ――『地獄の帝王(エスターク)』の復活であった。

 

 だが予言は、その帝王にもまた、逃れがたき天敵が在ることを告げていたのである。

 それが示す啓示は、こうだった。

 


 

 地の獄に眠る厄災の怪物、よみがえりしとき。

 ()の目覚めとともに、世界は再び闇に覆われん。

 

 ()の帝王は、万象を滅ぼす黒き意志なれど。

 その闇を断ち切る光もまた、定められし者なり。

 

 天空の血を継ぐ者――勇者。

 

 大地と天空が隣り合うように。

 厄災が顕現(けんげん)せし時、勇者もまた現れる。

 

 二つの旅路が交差したとき。

 太古の誓いは、果たされるだろう。

 


 

「おそらく、地獄の帝王はこの『天空の血を継ぐ勇者』に倒される運命(さだめ)にあると……。 

 予言は、そう告げているものと思われます」

「おのれ……!」

 

 デスピサロは、その予言に強い危機感を覚えていた。

 自分は何としても人間たちを滅ぼし、この世界を我がものとしなければならない。

 だとすれば、この『勇者』という存在は、自分にとって何より忌むべき敵となるだろう。

 

「勇者を探せ!!

 どれほど戦力を費やしてもかまわぬ!

 草の根わけても勇者を探し出し、必ずや亡き者とするのだ!!」

 

 


 

 

#20 山奥の村

 

 

 そとから 魔物たちの こえが きこえる

 

「デスピサロさま!

 勇者を しとめました!」

「おお でかしたぞ!

 よくぞ 勇者をしとめた!

 では みなのもの ひきあげだ!」

 

 ――――。

 

 魔物たちの気配が去っていき。

 地下室から姿を現した青年は、眼前に広がる光景を前に、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 彼が育った山奥の村は、見る影もなく滅ぼされていた。

 見慣れた景色を埋め尽くすのは、見知った村人たちの(むくろ)と、瓦礫と化した家々だけだ。 

 

「…………!」

 

 青年は強く拳を握り、歯を食いしばる。

 

 その瞳に宿るのは、深い嘆きと、烈しい怒り。

 だが、なによりも、それ以上に――。

 

 こんな悲劇を繰り返させてはならないと、清冽《せいれつ》なる決意が力強く輝いていた。

 

 彼は、心強き者。

 

 どれほどの横暴に踏みにじられようと、どのような不条理に晒されようと。

 真なる勇気を宿したその心が、邪悪に染まることは決して無い。

 

 その双眸は確かな光を湛え、自らの進むべき道をまっすぐに見据えている。

 その決意を祝福するかのように、吹き抜ける風が、緑の髪をはためかせていった。

 

「…………」

 

 青年――天空の勇者は、山奥の村と、そこに眠る村人たちへ別れを告げるようにきびすを返し、長い旅路の第一歩を踏み出す。

 

 その旅路はやがて、導かれし者たちとの邂逅を経て。

 闇祓う救世の叙事詩となって、後の世まで語られていくことになる。

 

 連綿と語り継がれし『天空の勇者の伝説』は、この時まさに、始まりの時を迎えたのだ。

 

 


 

 

 勇者の誕生と出立から、さらに悠久の歳月が流れて。

 

 魔王が討ち倒されたのち、世界は長らく泰平(たいへい)の時代を迎えることになる。

 その平穏と歩みを同じくするように、緑髪の血は少しずつ薄れ、その髪色もやがて、遠き祖と同じ――蒼と金へ分かたれていった。

 

 世に安寧がもたらされれば、救世の血も希薄となってゆくのが世の理。

 緑の散逸(さんいつ)もまた、摂理の必然だったのかもしれない。

 

 だが、乱世が永久ならざるものであるように、平世もまた恒久たり得ない。

 長きに渡る平穏を打ち破るように、とある邪悪が雌伏(しふく)の時を終えようとしていた。

 

 人の身でありながら、禁忌の秘法によって神の高みへ昇ろうとした――『魔界の王』。

 彼が、世界をその掌中に収めんと、異形の魔手を伸ばしていたのである。

 

 そして、まさにその頃。

 緑の血を、末に伝えるひとりの娘が、誰にも知られぬまま、この世に生を受けていた。

 

 娘は、何も知らなかった。

 

 己がどのような血を継ぐ者であるのか。

 その系譜が、この世界においていかなる意味を持つのか。

 そして、その血脈にどのような約束が託されているのかも。

 

 何ひとつ知らぬまま、ただ身寄りなき孤児として。

 闇に呑みこまれつつある世界を、生きていくほかなかったのである。

 

 されど運命とは、ときに不思議な縁をたぐり寄せるもの。

 

 娘はやがて数奇な巡りに導かれ、ひとりの男と結ばれることになる。

 その男は、苛烈な運命に翻弄(ほんろう)されながら、その血に継がれし宿願を果たすため。

 幾多の苦難に立ち向かう――誇り高き王者であった。

 

 闇があるところ、光もまたある。

 魔王が顕現せしとき、勇者もまた誕生を迎えるのだ。

 

 ――宿命の王と、天空の花嫁。

 

 ふたりの契りによって生まれた双子の兄妹は、救世の担い手として。

 新たなる伝説を、紡いでゆくことになったのである。

 

 


 

 

#21 謎の洞くつ――瞑想の間

 

 

「我が名はエスターク……。

 今は それしか 思い出せぬ……。

 はたして 自分が善なのか 悪なのか それすらも わからぬのだ……」

 

 暗黒の世界、その遙かな地の獄。

 深淵よりさらに暗く、なお深い奈落の底で。

 

 タバサはそっと、地獄の帝王(エスターク)を見上げていた。

 

「その私になに用だ?」

「…………」

 

 エスタークの『第三の目』が暗い虚空の彼方から、ギョロリとタバサを見据える。

 見るだけで身の毛がよだつような、おぞましい狂執の(まなこ)

 タバサの内に流れるエルヘブンの聖血が、その禁忌に晒されることへ、強い忌避(きひ)を訴えている。

 

 それなのに、なぜかタバサはその視線から、目を逸らすことができなかった。

 

「……おにいちゃん?」

 

 なぜ、そんな言葉が唇からこぼれ落ちたのか。

 それはタバサ自身にだってわからない。

 

 けれど、その血脈の奥深くに流れる何かが、たしかにこの怪物は『あの人』なのだと。  

 自分は悠久の時の彼方で、ずっと彼を待ちわびていたのだと。

 そう、たしかに訴えかけてくるのだ。

 

「…………」

 

 エスタークもまた、無言のままその場に立ち尽くしていた。

 もはや、破壊と殺戮(さつりく)しか能を持たなくなったはずの四肢に、なぜか力が入らない。

 

 目の前に佇む、ちっぽけで、あまりにも矮小な存在。

 それに対し、自分はなぜか烈しい渇望を覚えている。

 永劫にも思える歳月を重ねながら、こんなことは初めてだった。

 

「…………」

 

 気づけば、エスタークはタバサへ向かって、そっと手を伸ばしていた。

 

 その頬に触れてみたい。

 もっと近くで、彼女の顔を見てみたい。

 そんな感傷の残滓(ざんし)が、怪物の奥底からゆっくりとせり上がっていたのである。

 

 だが、冒涜的な進化を重ね、異形の巨人と化したエスタークが腕を伸ばすその(さま)は。

 傍目には、哀れな犠牲者を握り潰そうとする、怪物の凶行としか映らなかった。

 

「ベギラマ!!」

 

 閃光呪文(ベギラマ)の烈しい奔流が一閃の光となって、ふたりのあいだを断ち切っていく。

 タバサの後を追ってきたレックスが、ようやく最深部へ辿り着いたのだ。

 

「タバサぁ!!」

「お兄ちゃん……!?」

 

 タバサがはっと我に返るのと同時、レックスは黒岩の橋を一飛びに跳び越え、エスタークの顔面に痛烈な蹴りを叩き込んでいた。

 

「下がれタバサ!!

 そいつは普通の魔物じゃない!」

 

 そのまま地に降り立つと、レックスはタバサをかばうように背後へ回し、エスタークと真正面から対峙する。

 異形の巨人は、その蹴りなど意にも介さぬ様子で、禍々しい眼を若き勇者に向けていた。

 

「おまえは 私を ほろぼすために やって来たのか?」

 

 その問いかけと共に、圧倒的な邪悪の渦が瞑想の間を満たしていく。

 エスタークの口から、鼻腔から、皮膚の裂け目から。

 おぞましい瘴気が殺意を帯びて溢れ出し、一帯を支配していった。

 

 数多の修羅場を潜り抜けてきたレックスでさえ、これほど禍々しい気配を帯びた魔物と対峙するのは初めてのことだ。

 

「……っ」

 

 一瞬だけたじろぎながらも、レックスは勇気を奮い立たせて『パパスのつるぎ』を構える。

 

「タバサを傷つけるなら、僕はどんな怪物だって滅ぼしてやる!」

「ならば 仕方がないな」

 

 エスタークは大双剣を握り直し、それを中空へゆるやかに掲げて、構えを取った。  

 その動きにあわせ、朽ちた皮膚が殻のように崩れ落ち、熱を孕んだ灼熱の肉体が再生されていく。

 

「この渇望を果たすまで……。

 私は、滅ばされるわけにはいかぬ。

 さあ、くるがよいっ!」

「……!」

 

 謎の洞くつ最深部――瞑想の間

 

 焔が飛沫をあげる灼熱の河を挟み、二人の勇者は互いに剣を構え、邂逅(かいこう)を遂げていた。

 

 未来を求めし、若き天空の勇者。

 過去を求めし、古き幻の勇者。

 

 ふたりの勇者の遥かな旅路は、その交差を持って、いままさに。

 終着地へ辿り着こうとしていたのである。

 

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