とある勇者の最後の旅路   作:あさか000

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第14話 邪悪なるもの

#22 謎の洞くつ――瞑想の間

 

 

「……ギガ……っ!」

 

 先に動いたのは、エスタークだった。

 怪物は両腕を交差させると、手首を捻り、握りしめた双剣の切っ先を地へ向ける。

 二振りの刃は、その不気味な赤銅の肌と対極をなす、眩い白光を帯びていった。

 

 エスタークはその刃を振り上げるようにして、空へ大きく十字の軌跡を描き出す。

 

 聖烈(せいれつ)なる勇者の剣閃――。

 

「ギガスラッシュ……!」

 

 交差した二閃の聖なる斬撃が、一直線にレックスへと襲いかかる。

 レックスはそれを受け止めようと、『パパスのつるぎ』を中段に構え、防御の姿勢をとった。

 

「ぐっ……!?」

 

 だがその閃撃は、とても人の身で受けきれるような代物ではない。

 凄まじい衝撃の奔流に、レックスは剣を構えたまま弾き飛ばされ、そのまま洞窟の奥壁へ激しく叩きつけられる。

 

「しゃくねつ……ッ!」

 

 だがエスタークは、息つく暇さえ与えない。

 腰を落として低く構えると、体内の熱を(みなぎ)らせるように全身を赫く輝かせていく。

 放たれた赤光は超高温の灼熱となって、周囲の空気ごと空間を真っ赤に焼き払っていった。

 

 『しゃくねつほのお』――かつて大地を焼き払った、厄災の劫火である。

 

「フバーハ!!」

 

 レックスは必死に防護の光を展開し、その灼熱を辛うじて耐え凌ぐ。

 ドラゴンの火炎息吹さえ完全に防ぎきる、鉄壁の防護呪文(フバーハ)

 だが、エスタークの劫火の前では、そのフバーハさえ薄氷の薄膜(ヴェール)かと思ってしまうほど頼りなく感じられた。

 

 防戦に回れば、このまま終わる。

 この怪物の猛攻は、自分が塵と化すその瞬間まで、絶え間なく続くだろう。

 そう悟ったレックスは、玉砕すら覚悟して、打って出る決意を固めていた。

 

「ギガデイン!!」

 

 裁きの雷――ギガデイン。

 

 純白の光をまとった雷霆(らいてい)が、ジグザグの軌跡を描きながらエスタークへと奔っていく。

 だが、エスタークが返したのは、その白き(いかづち)と対をなすかのような黒い(いなずま)だった。

 

「ジゴス……パーク……!」

 

 地獄の雷鳴――ジゴスパーク。

 

 白と黒、二つの雷撃が大気を震わせる轟音とともに激突し、瞑想の間を烈しく照らし出す。

 せめぎ合った二閃は、やがて途轍(とてつ)もないエネルギーの奔流となって炸裂した。

 

「ゴ……っ」

 

 眩しい閃光に視界を灼かれ、エスタークの猛攻がほんの刹那だけ停止する。

 その一瞬を、レックスは見逃さなかった。

 起死回生をかけ、猛然と前へ突貫したのである。

 

「おりゃあぁぁっっ!!」

 

 レックス一気にエスタークの懐まで踏み込むと、そのまま全身を捻り、横薙ぎの一閃を放つ。

 狙いはただひとつ。

 怪物の右足首――アキレス腱だ。

 

 踏み潰されれば即死――そんな決死圏へ自ら飛び込む、捨て身の一撃。

 だが、レックスに迷いはなかった。

 

 この怪物と渡り合うなら、刹那のためらいすら命取りになる。

 一瞬たりとも、迷うことなど許されない。

 

 レックスの覚悟を乗せた刃が、鋼のような皮膚を穿(うが)ち、鉄のような肉を切り裂き、その奥の腱を断ち切っていく。 

 積年の宿業に鍛えられ、長き戦いの中で研ぎ澄まされてきた『パパスのつるぎ』。

 流浪の王を支えた名剣は、いまや禁忌の肉体さえも断ち切る宝剣へと変じていた。

 

「……!」

 

 足首を断たたれたエスタークが、ガクリとその場に膝をつく。

 

「やった……!」

 

 勝機が見える。

 垣間見えた活路に、レックスが思わず歓喜を漏らしたその瞬間。 

 その眼前では、おぞましい光景が広がっていた。

 

 断たれた腱の奥から、無数の細い触手がうじゃうじゃと這い出し、切断された両端から互いを探り合うように伸びていく。

 触手の群れは、手を取り合うように絡み合い、裂け目を繋いでいった。

 裂かれた肉もまた同じように蠢き、皮膚もそれに従って塞がっていく。

 まるで肉体そのものに意思が宿っているかのように、傷がみるみると接合していったのだ。

 

 進化の秘法による、再生の(わざ)

 

 かつて、マスタードラゴンですら七日七晩を()しても、死に至らしめることが叶わなかった冒涜の再生力。

 それはもはや、生物の範疇(はんちゅう)を越えている。

 レックスの目には、エスタークの身体がひとつの肉体というより、無数の邪悪な生物が寄り集まって蠢く、人型の肉塊のように映っていた。

 

「なっ……?」

 

 総毛立つような光景を前に、レックスは慄然(りつぜん)し、一瞬だけ身体を強張らせてしまう。

 そしてエスタークは、その隙を見逃すような怪物ではなかった。

 渇望と狂執に胸を灼かれながら、その身に刻み込まれた歴戦の経験は、なお冷静に戦況を見極めていたのだ。

 

 この青年は、身体こそ矮小なれど、優れた俊敏性を備えている。

 ならば、剣による破壊は過剰。

 優先すべきは、徒手(としゅ)による精密性――。

 

 そう判断したエスタークは、即座に右腕の大剣を投げ捨て、素手でレックスを捕らえようと手を伸ばす。

 ほんの寸時といえ思考を断たれていたレックスに、それを躱す術はなかった。

 

「がはっ……!」

 

 エスタークに胴を鷲づかみにされ、レックスの胸を凄まじい激痛が貫いていく。

 掴まれた衝撃だけで、肋骨を何本か砕かれてしまったらしい。

 このまま力を込められれば、全身を握りつぶされてしまうことは必至。

 文字通り、絶体絶命の危機だ。

 

 ベホマ、スクルト、ライデイン。

 

 レックスの脳裏に、この窮地を脱するための選択肢が次々と浮かんでくる。

 だが、そんな連想が生じた時点でもう遅いのだ。

 この怪物を相手にして、逡巡は終わりを意味する。

 

「――っ?」

 

 そのとき、レックスの頬を風のようなものがかすめていった。

 こんな洞窟の奥底で、風など吹くはずがない。

 それは風ではなく、空間が圧縮されたことによる粒子の奔流――。

 

 そしてレックスは、この感触をよく知っていた。

 

「イオナズン!!」

 

 エネルギーの圧縮と膨張が生み出す、凄絶(せいぜつ)なる轟爆(ごうばく)の呪文――イオナズン。

 双子の妹、タバサが得意とする爆発呪文(イオナズン)である。

 背中で炸裂した衝撃波の爆発に、さしものエスタークも姿勢を崩し、その動きを止めていた。

 

「お兄ちゃんを……離して!!」

 

 その背後には、赤紫のマントをはためかせ、悲愴な表情でエスタークを見据えるタバサの姿があった。

 その胸の奥では、変わらずこの『エスターク(おにいちゃん)』への哀惜が疼いている。

 

 それでも、タバサにとって一番大切なのは、レックス――『お兄ちゃん』なのだ。

 兄を守るためなら、彼女はどんなことだってする覚悟があった。

 

「ドラゴラム……!!」

 

 その決意に証明するように、タバサは全身を(ドラゴン)へと変貌させていく。

 自らの身体を竜へと作り替える、恐るべき禁忌の呪文――ドラゴラム。

 術者は理性を失い、敵を殺すか、自らが意識を失うまで、ただ破壊の限りを尽くし続ける。

 それはまさに、不退転の覚悟を形にする呪文であった。

 

「ガアアァァ!!!」

 

 竜と化したタバサはエスタークの右腕へ喰らいつくと、その強靱な牙で一息に喰い千切る。  

 噛み切られ、宙を舞ったその右腕は、レックスを掴んだまま地に落ちて、彼を不可避の死から解き放っていった。

 

 それを尻目に、タバサは全身全霊の力でエスタークへ体当たりを叩き込む。

 背中の損壊と右腕の欠損、その再生に意識を割かれていたエスタークはそれをまともに受け、洞窟の岸壁に叩きつけられる。

 タバサはそのまま、腰を落とした怪物へ燃え盛る火炎の息吹を浴びせていていった。

 

「ゴゴッ……!」

 

 激しい炎を食い止めようと エスタークは彼女に向かって腕を伸ばす。

 猛火の渦はその腕さえも呑み込み、指先から炭化させ、灰へと変えていく。

 エスタークの両腕は肘の先から真っ黒に焦げ落ち、反撃の機会を与えられない。

 

 だが、進化の秘法は竜の赫炎すらも凌駕する。

 彼は両腕を深く締め、自らの血液を絞り出すように噴出させると、焦熱へ抗うように進化を加速させていた。

 

 血が蒸発し気化する中で、新たに耐火性を得た怪腕が、ついにタバサの首元まで届く。

 エスタークは指先に力を込めて、喉奥の気管を抉るように鷲掴みにした。

 

「――――っ!!」

 

 力づくで息吹を封じられ、タバサは天を仰いで苦悶を漏らす。

 エスタークはその首を掴んだまま、滑るように体勢を入れ替え上を取ると、異形の膂力(りょりょく)によって、その頭を地へ打ち据えた

 

「ウウ……ッ!」

 

 凄まじい激突に、タバサの全身がびくりと硬直する。

 それでもエスタークは止まらない。

 その頭を足蹴にすると、とどめを刺そうとするように、そのまま容赦なく踏み砕いていった。

 

 エスタークが足を振り落とすたびに衝撃が洞窟を震わせ、岩盤に太い亀裂が奔っていく。

 延々と暴虐に晒されたタバサは、もはや反撃どころか身じろぎすることもできず、やがて全身からぐったりと力を失っていった。

 

 その身から力が抜け落ちるのと同時、竜の体表を覆うように紫の霧が漂い始める。

 解呪の霧。

 それは、術者の意識がついに途絶えたことを意味していた。

 

「――――」

 

 ドラゴラムの解呪とともに、竜の輪郭がタバサの姿へと戻っていく。

 だが、エスタークは振り上げた足を止めようとはしなかった。

 

 一時は動揺を覚えた相手であっても、ひとたび敵意を向けられれば、エスタークの本能はそれを滅すべきものと認識する。

 そして彼の怪物性は、標的の生存を決して許さない。

  

「や、やめろぉ!!」

 

 その凶行を目の当たりにし、レックスは必死に二人のもとへ駆けていた。

 『パパスのつるぎ』は掴まれた際に取り落として丸腰。

 砕かれた肋骨がいよいよ耐えがたい痛みを訴えている。

 

 だが、レックスはそんなことに頓着(とんちゃく)している余裕など無かった。

 いまにもその命を奪われようとしているタバサの前に、完全に忘我(ぼうが)していたのである。

 

「う……うわああぁぁ!!」

「――っ!」

 

 狂騒に突き動かされるまま、レックスはギガデインを連続で放ち続ける。

 魔力の消耗を(かえり)みない、聖雷の波状乱射攻撃。

 裁きの閃光が次々とエスタークに降り注ぎ、その巨躯を灼き尽くしていく。

 怒涛のような雷々に、怪物の肉体は半壊し、もうもうと白煙を吹き上げながら、ゆっくりと崩れ落ちていった。

 

 だが、それも時間稼ぎにしかならないだろう。

 レックスの全魔力を振り絞ったギガデインの連射でさえ、エスタークはたちまち再生させてしまうのだ。

 

 レックスはタバサの元へ駆け寄ると、その様子を確かめる。

 ドラゴラムの解けたタバサは、元の姿のまま仰向けに倒れ、意識を失っているようだった。

 その顔は赤く染まり、鼻や耳孔からはおびただしい血が溢れている。

 

「待ってて!

 いま助けるから!!」

 

 レックスはタバサを抱きかかえ、なんとか安全な場所へ運ぼうとする。

 だが、その動きは不意に止まってしまった。

 身体にまるで力が入らないのだ。

 

 全身の疲労。

 肋骨の骨折。

 そして、全魔力の消耗。

 

 あらゆる力を使い果たした彼は、もはや立ち上がる気力さえ残っていなかったのである。

 

「……っ!」

「ゴゴゴゴ……」

 

 その背後では再生を終えた怪物が、更なる殺意をその胸に。

 再び立ち上がろうとしていたのだった。

 

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