それからしばらく進んでも、一向にタバサの体調が快方に向かう気配はなかった。
それどころか、奥へ――暗黒の深淵へと踏み込めば踏み込むほど、彼女の肌からは血色が失われ、双眸が虚ろに濁っていく。
その変化を、レックスは痛いほど感じていた。
「タバサ、さすがに限界だ!
もうこの洞くつは出よう。
スカルドンの群れを辛うじて退けた直後、レックスはたまりかねたように声を上げる。
尋常ではない妹の様子に、彼は言いようのない不安感を覚えていた。
このままタバサが、どこか遠くへ消えてしまうのではないか――そんな根拠のない、それでいて拭いようのない胸騒ぎに心をとらわれていたのだ。
だが、呼びかけに応じる声は返ってこない。
レックスが振り返った先にあったのは、ただ冷え切った洞窟の闇だけだった。
「タバサ……?」
たった今まで、レックスはスカルドンたちと激しい戦いを繰り広げていた。
そのさなかに生じた、ほんのわずかな空白。
その数瞬の空白に、タバサは忽然と姿を消してしまったのだ。
「タバサ!!」
張り裂けるような驚愕に突き動かされ、レックスは必死に周囲を探し回る。
やがて、湿った土の上にタバサのもと思しき足跡を見つけた。
その足跡は左右によろめき、今にも倒れそうな覚束ない歩みでありながら、迷うことなくさらに奥へ、洞窟の仄暗い深淵へと続いているようだ。
「まさか、ひとりで奥に向かったのか……?
どうして!?」
胸に焦燥と不安を織り交ぜながら。
レックスは脇目もふらず『謎の洞窟』の深部へと駆け出していったのだった。
瘴気の立ちこめる迷宮を、タバサはただひとり、虚ろな足取りで進んでいた。
道中、あれほど烈しくレックスに牙を剥いてきた魔物も、なぜか彼女には一切の敵意を向けてこない。
それどころか、暗がりから這い出た魔物たちは音もなく左右に分かれ、まるでこの侵入者を歓迎し、最奥へと導いているかのようですらあった。
カツン、カツンと乾いた足音を響かせ、タバサは呆然と呟く。
「会わなきゃ……」
彼女の瞳に宿るのは、もはや放心を越えた、完全なる自失の光。
何者かに操られているのか、あるいは魅入られているのか。
虚空に揺れる双眸のまま、タバサは一心に洞窟の奥へと足を急がせていく。
「私は……『あの人』に、会わなければいけない……」
喉の奥から漏れ出る声音は、いつもの鈴を転がしたような彼女のそれではない。
まるでタバサの内に眠る何かが、最奥に潜む『それ』の呼び声に共鳴しているかのようだった。
「私は――」
最深部――『瞑想の間』へ繋がる石階段を目前にしてタバサは足を止める。
その顔には、今まで見たこともないような鬼気が滲んでいた。
「私は……『おにいちゃん』を……迎えなければいけないんだ……!」
辿り着いた『瞑想の間』は幾重にも連なる溶岩の河に囲まれた、空気さえ焼き焦がすような灼熱の空間だった。
煮え
その先、わずかに開けた広間には、なにか巨大な影が、熱気に揺らぐ陽炎のように佇んでいた。
――異形の巨人。
赤々と火光に照らし出されたそれは、そう言い表す他ない、おぞましい怪物だった。
その巨躯を覆うのは、死肉のように濁った
表面は焼けた鋼のように硬質化し、重厚な外殻となって全身に張りついている。
異形の顔には三つの眼球が不気味に並び、とりわけ額に
人間の胴ほどもあろうかという太い両腕には、鈍い光を放つ二振りの大剣が握られ、あらゆる万象を粉砕せんとするかのように、微かな震えを帯びている。
タバサは熱風に煽られながらも、一切ためらうことなく橋を渡りきり、その足元へと辿り着く。
そしてゆっくりと、静かに巨人を見上げた。
「…… …… ……」
巨人は双眸を閉ざし、深い眠りに沈んでいるようだった。
だが、その異形の三眼が、タバサの視線に呼応するように、ゆるやかに開いていく。
次の瞬間、地獄の底から響くかのような重低音が、灼熱の静寂を切り裂いて轟き渡った。
「グゴゴゴゴ……。
誰だ?
わが眠りを さまたげる者は?」
溶岩が脈打つように低い呻き声を、タバサはただ無心に受け止める。
「我が名はエスターク……。
今は それしか 思い出せぬ……。
はたして 自分が善なのか 悪なのか それすらも わからぬのだ……」
開かれた三つの眼光が、タバサを真っ直ぐに射抜いていく。
『厄災の怪物』――エスタークは、剥き出しの殺意と狂執を滲ませながら、眼下の矮小な存在へと問いかけた。
「その私になに用だ?」
「…………」
底知れぬ威圧を前にしても、タバサの唇が動くことはなかった。
ただその瞳には、今にも泣き出してしまいそうな深く痛ましい