とある勇者の最後の旅路   作:あさか000

2 / 17
第02話 エスターク

#2 謎の洞くつ――地下2階

 

 

 それからしばらく進んでも、一向にタバサの体調が快方に向かう気配はなかった。

 それどころか、奥へ――暗黒の深淵へと踏み込めば踏み込むほど、彼女の肌からは血色が失われ、双眸が虚ろに濁っていく。

 その変化を、レックスは痛いほど感じていた。

 

「タバサ、さすがに限界だ!

 もうこの洞くつは出よう。

 転移呪文(リレミト)を唱えるだけの気力は残っているかい?」

 

 スカルドンの群れを辛うじて退けた直後、レックスはたまりかねたように声を上げる。

 尋常ではない妹の様子に、彼は言いようのない不安感を覚えていた。

 このままタバサが、どこか遠くへ消えてしまうのではないか――そんな根拠のない、それでいて拭いようのない胸騒ぎに心をとらわれていたのだ。

 

 だが、呼びかけに応じる声は返ってこない。

 レックスが振り返った先にあったのは、ただ冷え切った洞窟の闇だけだった。

 

「タバサ……?」

 

 たった今まで、レックスはスカルドンたちと激しい戦いを繰り広げていた。

 そのさなかに生じた、ほんのわずかな空白。

 その数瞬の空白に、タバサは忽然と姿を消してしまったのだ。

 

「タバサ!!」

 

 張り裂けるような驚愕に突き動かされ、レックスは必死に周囲を探し回る。

 やがて、湿った土の上にタバサのもと思しき足跡を見つけた。

 その足跡は左右によろめき、今にも倒れそうな覚束ない歩みでありながら、迷うことなくさらに奥へ、洞窟の仄暗い深淵へと続いているようだ。

 

「まさか、ひとりで奥に向かったのか……?

 どうして!?」

 

 胸に焦燥と不安を織り交ぜながら。

 レックスは脇目もふらず『謎の洞窟』の深部へと駆け出していったのだった。

 

 


 

 

#3 謎の洞くつ――地下4階

 

 

 瘴気の立ちこめる迷宮を、タバサはただひとり、虚ろな足取りで進んでいた。

 道中、あれほど烈しくレックスに牙を剥いてきた魔物も、なぜか彼女には一切の敵意を向けてこない。

 それどころか、暗がりから這い出た魔物たちは音もなく左右に分かれ、まるでこの侵入者を歓迎し、最奥へと導いているかのようですらあった。

 

 カツン、カツンと乾いた足音を響かせ、タバサは呆然と呟く。

 

「会わなきゃ……」

 

 彼女の瞳に宿るのは、もはや放心を越えた、完全なる自失の光。

 何者かに操られているのか、あるいは魅入られているのか。

 虚空に揺れる双眸のまま、タバサは一心に洞窟の奥へと足を急がせていく。

 

「私は……『あの人』に、会わなければいけない……」

 

 喉の奥から漏れ出る声音は、いつもの鈴を転がしたような彼女のそれではない。

 まるでタバサの内に眠る何かが、最奥に潜む『それ』の呼び声に共鳴しているかのようだった。

 

「私は――」

 

 最深部――『瞑想の間』へ繋がる石階段を目前にしてタバサは足を止める。

 その顔には、今まで見たこともないような鬼気が滲んでいた。

 

「私は……『おにいちゃん』を……迎えなければいけないんだ……!」

 

 


 

 

#4 謎の洞くつ――瞑想の間

 

 

 辿り着いた『瞑想の間』は幾重にも連なる溶岩の河に囲まれた、空気さえ焼き焦がすような灼熱の空間だった。

 煮え(たぎ)り、絶え間なく炎の飛沫を噴き上げるマグマの只中を、無骨な黒岩の道が一本の橋のように最奥へと伸びている。

 その先、わずかに開けた広間には、なにか巨大な影が、熱気に揺らぐ陽炎のように佇んでいた。

 

 ――異形の巨人。

 

 赤々と火光に照らし出されたそれは、そう言い表す他ない、おぞましい怪物だった。

 

 その巨躯を覆うのは、死肉のように濁った赤銅(あかがね)色の皮膚。

 表面は焼けた鋼のように硬質化し、重厚な外殻となって全身に張りついている。

 異形の顔には三つの眼球が不気味に並び、とりわけ額に穿(うが)たれた『第三の目』は、いかなる感情も寄せ付けぬ漆黒の深淵を湛えていた。

 人間の胴ほどもあろうかという太い両腕には、鈍い光を放つ二振りの大剣が握られ、あらゆる万象を粉砕せんとするかのように、微かな震えを帯びている。

 

 タバサは熱風に煽られながらも、一切ためらうことなく橋を渡りきり、その足元へと辿り着く。

 そしてゆっくりと、静かに巨人を見上げた。

 

「…… …… ……」

 

 巨人は双眸を閉ざし、深い眠りに沈んでいるようだった。

 だが、その異形の三眼が、タバサの視線に呼応するように、ゆるやかに開いていく。

 次の瞬間、地獄の底から響くかのような重低音が、灼熱の静寂を切り裂いて轟き渡った。

 

「グゴゴゴゴ……。

 誰だ?

 わが眠りを さまたげる者は?」

 

 溶岩が脈打つように低い呻き声を、タバサはただ無心に受け止める。

 

「我が名はエスターク……。

 今は それしか 思い出せぬ……。

 はたして 自分が善なのか 悪なのか それすらも わからぬのだ……」

 

 開かれた三つの眼光が、タバサを真っ直ぐに射抜いていく。

 『厄災の怪物』――エスタークは、剥き出しの殺意と狂執を滲ませながら、眼下の矮小な存在へと問いかけた。

 

「その私になに用だ?」

「…………」

 

 底知れぬ威圧を前にしても、タバサの唇が動くことはなかった。

 ただその瞳には、今にも泣き出してしまいそうな深く痛ましい哀憐(あいれん)だけが、ひっそりと宿っていたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。