「よくぞ もどった
わが息子 レックよ!
大魔王は お前たちの かつやくにより ほろびさった!」
高らかな歓喜を帯びたレイドック王の
王は玉座から身を乗り出し、窓の外に広がる眩い青空を指し示した。
「見よ すみわたる空を!
感じよ 心地よい風を!
それこそが 真の平和のあかし!
それを もたらしたのが わが息子とは……。
父として これほど うれしいことはないぞ!」
感極まったのか、そこで言葉を詰まらせてしまうレイドック王。
その傍らに控えていたシェーラ王妃が、王に代わるようにレックの前へ進み出る。
「レック……。
本当に よく がんばりましたね」
王妃は温かな指先でレックの手を包むと、そのままぽろぽろと涙を零しはじめた。
「あなたの使命は もう 終わりました。
これからは この国の 王子としての生活にもどるのです」
「…………」
そんな二人のことを、レックはどこか遠い眼差しで見つめていた。
どうやら彼らが、自分の両親であるらしい。
頭の中の記憶は、確かにそうだと告げている。
だけど胸の中の心が、それを現実だと、どうしても受け入れてくれないのだ。
この、目の前で繰り広げられた情景を、どこか冷えた感覚で受け取めてしまうのである。
やがてレイドック王――父は深く息をついて歓喜を鎮めると、弾んだ声で玉座の間に列する家臣たちへ宣言した。
「みなのもの うたげの準備じゃ!
レック お前の友人たちも よんでおるぞ!
さあ うたげじゃ うたげじゃ!」
「おーっ!!」
そんなレックの感傷に、誰かが気付くわけもなく。
王の声に応じて、喜びに満ちた大歓声が、平和を取り戻した城内に響き渡っていったのだった。
その日。
レイドック城では平和な時代の到来と、レック王子の無事な凱旋を祝って、盛大な祝宴が催されることになった。
ハッサンやミレーユ、テリーにチャモロ。
そしてバーバラ――長き旅路を共にしてきた仲間たち。
彼らもまた、華やかな宴の喧騒の中で、それぞれ晴れやかな表情を浮かべていた。
「よう レック。
よく見ると この城も ずいぶん ぼろくなってるようだなあ」
ハッサンが豪快に笑いながら、レックの肩を叩いてくる。
そのぶ厚い掌から伝わる温もりは、戦友として
「レックが 王さまになる時には この城も たてかえたほうが よさそうだぜ。
そん時は ぜひ オレにまかせてくれよなっ!
いいか 約束だぜ」
「レック」
気兼ねない笑みを残して去っていったハッサンと入れ替わるように、ミレーユが長い
その笑顔には神秘的な美しさだけでなく、レックへの深い絆を
「もし 未来が知りたくなったら 私のところへ来てね。
私が うらなってあげる。
あなたの すてきな未来を」
絶え間ない祝宴の賑わいと、仲間たちからの温かな祝福。
彼らの心もまた、確かな喜びに満たされているのだろう。
レックの胸に、かつて告げられた言葉がよみがえってくる。
『ミレーユや ハッサンと ちがって。
お前さんは 自分の実体をとりもどすのに 時間が かかった…。
そのため 夢の中を 生きてきた レックの いしきが 強くなってしまったのじゃろう』
――あの日。
レックが『本当の自分自身』を取り戻した、あの日。
夢占い師グランマーズは、静かにそう語っていた。
『レックは このまま レックとして 生きていけばええ。
レック王子は もう お前さんしか おらんのだからな』
だが皮肉なことに。
レックの内に宿る夢と現実の剥離は、埋まるどころか、日を追うごとに決定的な違和感へと変わっていった。
どんなに両親が喜びの涙を流そうと。
どれほどレイドックの臣民たちが、声高らかに讃えてくれようと。
まるで、自分のことのようには思えない。
だって、レックの心はあの頃のまま。
『山の精霊』の導きによって、『まぼろしの大地』を目指した――辺境のライフコッドに暮らす17歳の青年のまま。
世界を救ったという、この栄誉。
彼がそれを真っ先に伝え、喜び、褒めてもらいたかったのは。
『
「レックにいちゃ……いえ。
レック王子さま」
➡『はい』
ターニアもまた、レイドック城に招かれていた。
ムドーとの戦いによって傷を負った『レック王子』を献身的に介抱してくれた――そんな殊勝な村娘として、祝宴に招待されていたのである。
煌びやかな王城の空気に飲まれてしまったのか、レックを前にして、ターニアは酷く恐縮した様子で深く頭を垂れた。
偶然助けた記憶喪失の旅人が、大国レイドックの王子その人であったのだと実感し、すっかり恐れ入ってしまったのかもしれない。
あるいは、あの『レックにいちゃん』――レック王子とは違う自分に、違和感を覚えているのだろうか。
それに関してはレックも同意せざる得なかった。
あの『
「おまねき ありがとう ございます」
身をすくませるように平伏したまま、微かに震える声で、ターニアは賛辞の言葉を贈る。
「魔王討ばつの旅 ごくろうさまでした……」
「さみしいけれど そろそろ おわかれの時が きたみたいね……。
ほらっ あたしは みんなと ちがって 自分の実体が なかったから……」
すっかり宴もたけなわとなった、夜の静寂。
吹き抜ける夜風の中、バーバラの輪郭が淡い光を帯び、星屑のように夜空へと溶け出していく。
「さようなら レック……。
みんなにも よろしくね……。
あたしは みんなのこと ぜったいに わすれないよって……」
最後にふわりと微笑みを残し、バーバラの姿は幻のように霧散していった。
だが、
彼女が消えれば、いよいよ自分はこの世界——『
こんな風に心を引き裂かれるくらいなら、実体などいらなかった。
そうすればきっと自分だって、あの懐かしき『
バーバラの消失を目の当たりにしてなお、レックの心を占めていたのは、そんな渇望だけであったのだ。
レイドックへの帰還を果たしてから、レックが城に滞在したのは1週間にも満たなかった。
まるで
何年も、何年も――あるいは、あの世界を救うための旅に費やした年月よりも長い時を、彼はあてどなく放浪し続けたのである。
かつての旅には、大魔王を討ち、世界を救うという確固たる使命があった。
背中を預け、苦しみを分かち合う、かけがえのない仲間たちもいた。
だが、いまのレックには何もない。
使命も仲間も、何もかもを自ら拒み、ただ失われた『帰る場所』だけを探し求めて、終わりなき最後の旅路を歩み続ける。
『現実の世界』にありながら、ただひとり『
いつしかレックは、答えのない問いを永遠に反芻し続ける、世界の
だが、その身を削るような過酷な旅路は、皮肉なことに、レックの肉体と精神へさらなる強靭さを
雨風に打たれ、ただ独りで幾多の死線を越え続けたレックは、