とある勇者の最後の旅路   作:あさか000

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第08話 太古の伝承

#13 ???

 

 

 地上より遙か深く沈んだ、闇の深淵。

 奈落の底で、エスタークはひたすら『上』へ想いを馳せていた。

 

 胸の奥に(くすぶ)るこの渇望が、いったい何なのか。

 もはや、自分にはわからない。

 

 だけど、きっと求めるものは『上』にある。

 理由も根拠もないまま、その確信だけが残滓(ざんし)のように、エスタークの胸を灼き続けていた。

 

「…………」

 

 音ひとつない静寂のなか、エスタークは上を目指して歩き始める。

 地の底で悠久の時を過ごすあいだに、迷宮はその在り方を大きく変容させていた。

 だが、全てを失った彼が、その変化に気付くはずもない。

 

 だからエスタークは、ただひたすらに『上』だけを求めて進み続けた。

 洞窟を上へと登り、行く手を阻むものがあれば砕き、閉ざされた道があればこじ開ける。

 瓦礫も岩盤も、あらゆる障害を異形の怪力で粉砕しながら、ただ進み続けた。

 

 ときにエスタークは、異なる次元の狭間へ足を踏み入れることもあった。

 迷宮は、様々な時代、世界、宇宙へと繋がっており、ときおりそうした(ゆが)みが生じるらしい。

 

 だが、そんなことさえ彼の関知することではなかった。

 目の前に何が現れようと、ただ破壊に破壊を重ねるだけだ。

 

 そんな破壊と蹂躙だけを積み重ねた旅路の果て。

 洞くつの天蓋を打ち砕いたエスタークの三眼に、眩い光が降り注いできた。

 

 ――太陽の光。

 

 眼下に広がるのは、まるで見知らぬ、美しい景色。

 なのに、なぜか懐かしい。

 

 ここか。

 

 ここが、自分の求め続けた場所なのか。

 ここなら、この狂おしい渇きを癒すことが、できるのだろうか。

 

 久しく忘れていた、胸の奥が脈打つ感覚を覚えながら、エスタークは大地へと足を踏み出す。

 そして、自らの家を探し求める迷い子のように、世界を放浪し始めた。

 

 その足元では、無数の命が蹂躙され。

 時に焼き尽くされ。

 (ことごと)く、殺されていく。

 

 ただ破壊だけを広げていくエスタークの威容は、まさしく『地獄の帝王』の名にふさわしい。

 厄災の怪物であったのだ。

 

 


 

 

「あれは何だ……?

 魔物か、神か――それとも、まったく別のなにかなのか?」

「わからぬ。

 だが、あれに理はない。

 ただ在るがまま、すべてを破壊し尽くすのみ……。

 まさに『地の底から湧き()でし厄災』としか形容できん怪物よ」

 

 地上に広がる災禍を見下ろしながら、彼らは必死に言葉を交わしていた。

 突如として世界に現れた、厄災の権化。

 それをいかにして止めるべきか、議論を重ねていたのである。

 

「このままでは被害が広がる一方だ!

 あれによって、すでにどれほど地上の民が殺されたと思っている!?」

「魔物の中にはあれを『王』と仰ぎ、太古の大魔王に代わる『魔族の王』と礼賛する動きまであるという!

 あの怪物を旗印に魔物どもが集えば、魔王軍の再来すら有り得るぞ!」

「このままでは、世界に混沌が押し寄せるのは明白!

 なんとしても、あれを滅さねばならぬ!」

 

 彼らにとって、エスタークは不可思議な怪物だった。

 なんの前触れもなく現れ、その目的も見えぬまま、ただあらゆるものを破壊し、後に荒廃だけを残していく。

 

 かつて、大魔王(デスタムーア)が世界を我がものとするため、地上の要衝を周到に封じていたのとはまるで違う。

 この怪物からは、そういった意図がまるで感じられないのだ。

 

 だからこそ、御しがたい。

 なんの目的も見えぬ破壊の連鎖は、滅する以外に止める手立てがないのである。

 

『仕方あるまい……』

 

 万策尽きた眷属たちを前に、彼らの王がゆっくりとその身を起こす。

 本来であれば、自らが動く事態だけは避けたかった。

 自分とあの怪物が衝突すれば、地上の災禍はさらに拡大してしまうだろう。

 

 しかし、だからといって、ただ手をこまねいてるわけにもいかないのだ。

 だって自分は、世界の守護者――竜の神なのだから。

 

『私が出よう』

「マスタードラゴン様……」

 

 天空人たちの縋るような視線を受けながら、マスタードラゴンはその大翼をはためかせる。

 

『お前たちは、できるかぎり地上の民を避難させよ。

 この天空の城に、収容できるだけ入れてしまって構わぬ』

 

 竜神は、その瞳に聖炎の輝きを灯して告げる。

 

『あの怪物を相手にすれば、私とて加減はできん。

 この世界は大火(たいか)に包まれるだろう。

 地上が滅ぶか否か、お前達にかかっているのだ。

 ……任せるぞ!』

 

 


 

 

 エスタークの放つ灼熱の息吹によって、大地が劫火に呑み込まれていく。

 それは、歴史上いかなる時代にも()すべきもののない、大破壊の災禍であった。

 街が燃え、山が燃え、川が干上がり、空までもが真っ赤に焼けていく。

 

 そんな地獄の只中で、竜の神と怪物は対峙していた。

 

『貴様は何者なのだ……?』

「…………」

 

 マスタードラゴンの問いに、エスタークは沈黙をもって応じる。

 何者かと問われたところで、答えることなどできない。

 そんなもの、自分が教えて欲しいくらいなのだ。

 

 だからエスタークはかつて耳にした、己の名だけを口にすることにした。

 

「地獄の帝王……エスターク」

『エスターク……?』

 

 おぞましい怪物の姿を見据えながら、マスタードラゴンの神眼は、その本質を見極めつつあった。

 

『進化の秘法……!

 貴様、まさかあの禁忌を完成させたというのか?』

「しんかの……ひほう……?」

『……もう、まともな自我も持たんか』

 

 それ以上、マスタードラゴンは言葉を求めなかった。

 こうしている間にも、地上では無辜(むこ)の民たちが命を散らつづけている。

 もはや、一刻の猶予も残されていないのだ。

 

 マスタードラゴンの喉奥で、光り輝く閃熱が脈動し始める。

 

『禁忌の怪物よ!

 塵一つ残さず、この世界から消し去ってくれる!!』

 

 


 

 

 その戦いは、七日七晩にわたって続いたという。

 怪物の劫火は地上を焼き尽くし、竜神の閃熱があらゆるすべてを薙ぎ払っていく。

 

 守護者と破壊者の闘争によって大地は震え、海は荒れ狂い。

 ついには大陸が二つ、灰燼(かいじん)と化して沈んでいった。

 それはもはや、神話の黄昏(たそがれ)を思わせる、神々の死闘にほかならなかったのだ。

 

 されど、ついにエスタークを殺しきるには至らなかった。

 この怪物は四肢を失おうと、首を落とされようと、たちどころに肉体を再生し、果てのない破壊を撒き散らし続けるのだ。

 

 エスタークを倒すのが先か。

 それとも、世界が滅ぶのが先か。

 

 そんな天秤をつきつけれられたマスタードラゴンは、痛惜(つうせき)の思いで一つの決断を下す。

 

『闇に生まれし者は、闇に還るがよい!』

「…………」

 

 それはマスタードラゴンにとっても命を()した封印の法。

 神の御業によってその身を封じ込められたエスタークは、再び奈落の底――。

 

 一片の光すら射さぬ暗黒の深淵で、永劫の孤独に眠ることとなったのである。

 

 


 

 

 天空城の片隅にある図書館――。

 その静謐(せいひつ)なる書架の奥には、太古の厄災と神々の戦いを伝える一冊の歴史書が、眠るようにひっそりと収められている。

 

 

 はるか むかし まぞくの おう

 エスタークは おそろしいものを

 つくりだした。

 

 それは しんかの ひほう。

 エスタークは そのちからで

 みずからの からだを かみをも こえる

 きゅうきょくの せいぶつに

 しんかさせた。

 

 しかし じたいを しった てんくうびとは

 マスタードラゴンとともに エスタークと 

 たたかった。

 

 ながい たたかいの のち

 ついに エスタークは

 ちのそこに ふうじこめられた。

 

 しんかの ひほうは ひとに

 しなない からだを あたえるという。

 

 しかし それは かみに そむく

 おそろしい おこない。

 けっして てを だしては ならぬ。

 

 エスタークを おこしては ならぬ。

 

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