拝啓、流星の彼方へ   作:Mr. Sugary

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第一章 千年王国の先触れ
#2 狂騒と静穏、その狭間に包まれて


 その日のゲーム開発部は、久方ぶりに限界ギリギリの窮地へ追い込まれていた。

 

「ほらモモイ! あと六時間しかありませんよ!! 手を止めないでください!!」

「で、でもぉ~……もうゲームは完成してるんだから、こんなに焦ってバグ取りなんてしなくてもさぁ~……」

 

 画面の右下に表示されているデジタル時計は、夕方の六時前を知らせている。あの「氷海の冒険」、そしてそこから帰ってきた後の大掃除ぶりともいえるドタバタ劇。猫耳を着けた双子の姉妹に挟まれる形で、再びケイはその中心に身を置いていた。

 

 ──今度は、「締め切り直前の修羅場」という名の狂騒に。

 

「能天気な戯言は余裕をもって完成(マスターアップ)させられた時に言ってください! のらりくらりと作業を先送りにしていたせいで、なんとか形になったのが今日の正午という有様だったじゃないですか!」

「うっ……」

「デバッグなんて一切挟まない突貫工事だったせいで、最初は主人公の家から出るのにも、壁抜け文字化け音欠け操作不良フリーズ……数十単位のバグと格闘していたのを覚えていますよね!? この数時間でようやくマシになってきたところなんですから!」

 

 ピシャリと現実を突きつけるケイ。少しでも何かを訴えかけようとしていたモモイの視線は彼女の圧力に負け、渋々とノートパソコンの画面へ戻っていく。

 

「け、ケイちゃん……バグフィックスは後からのアップデートでなんとかする方法もあるし、一旦このあたりで止めておいてもいいんじゃ……?」

「――ミドリ。そんなこと言って後回しにしたら、結局ダラダラ引き延ばすのは目に見えてます! 今! ちゃんと!! 可能な限り直しておくべきです!!!」

「「うぅっ……!」」

 

 心当たりあり、と自供する容疑者のように体を縮こませ、問答無用で作業を続行させられる才羽姉妹がそこにはいた。

 

 双子がカチャカチャとコントローラーを操作する音が、ケイの両耳を掠めていく。見ている画面は違っているはずなのに、不思議とリズムが取れているように聞こえる二人の音。姉妹というものは、こんな些細なところでも通じ合ってしまう存在なのかもしれない。ふと、そうした考えに行き当たる。

 

 片割れ(アリス)との仲睦まじさを証明しようとするかのように、小さな羨望、可愛らしい対抗心が、心の海をざわりと揺らす。漠然としたその感情にケイは気づくことなく、彼女はどこか心地のよいさ(・)ざ(・)波(・)の音のみをボンヤリと享受していた。

 

「あーあ。こんなことなら、事前に配信日なんか決めとくんじゃなかったよぉ……」

 

 昼からの作業で流石に集中力が切れてきているのか、口を閉じてから三十秒も経たずにモモイが弱音を吐き始める。

 

「まったく……もう少しユズを見習ったほうがいいですよ。私たちが見つけたバグを文句一つ言わず、黙々と処理し続けているその根気強さを」

「今のユズちゃんは……キャパオーバーした先の極限状態(ゾーン)に入ってるような状態で、私たちにマネできるものじゃないような……?」

 

 この数時間、ユズのロッカーが開くことは一度もなかった。中からはマシンガンの乱射にも見紛う速さの打鍵音と、時々ボソボソと何かを呟く声が聞こえてくるだけ。彼女が今どんな状態になっているのかは不明だが、目を見張る速度で片っ端から修正が行われていく様は、ケイたちのパソコンにも表示され続けていた。

 

「なんにせよ、ここからが最後の踏ん張りどころです! 気合入れていきますよ!」

「お姉ちゃんの顔がこんなに溶けてるの、ミレニアムプライスの時以来かも……」

 

 そんなこんなで、ゲーム開発部の三人(事実上のQAであるケイを含めて四人)は、数か月振りの世界の危機に立ち向かうため、部室に缶詰状態となっているのであった――

 

 

◆◆◆◆

 

 

「って、そういえばアリスは? さっきまで一緒にデバッグしてたよね?」

「ああ、アリスには休憩も兼ねて、今回の作品に関する資料をセミナーに届けさせてます。ゲームデータ自体はここからでも締切直前に送れますが、手続きのための書類は別ですからね」

 

 当然そうあるべきと言わんばかりに、さらりとケイは説明する。

 

「えっ、いつの間に! あとちょっとしたら、それを理由にすこ〜しだけ部室を抜け出そうと思ってたのにー!」

「そんな企み、目線の動きでバレバレでしたよ。さあ、私がやっているように、マップの壁を一マスずつ調べ続ける作業に戻ってください! あと二十六階層も残って……いくらなんでも深すぎませんか、このダンジョン!?」

「だ、だってぇ! これ以上シナリオを削りたくなかったんだもん……!」

 

 ケイの怒号とモモイの泣きべそが交錯する隣で、笑い交じりの呆れ声を漏らすミドリ。

 

「ケイちゃんはあいかわらず、アリスちゃんに甘いんだから……」

「はぁ、はぁ……当然のことです。ともあれ、アリスの名前がクレジットに載る以上、中途半端なものを出すわけにはいきません……!」

 

 三人の作業の手の激しさと連動するように、やいのやいのと口元も動き続ける。気づけば時刻は六時に至っていた。

 

「あーもー疲れたーーー! お腹すいた~~~!! もう体動かないよぉ~……!」

 

 オーバーアクションでじたばたと手足を暴れさせる姉に、二人の妹がやれやれと顔を向ける。

 

「おお、ミドリ……どうやら私はここまでのようです……きっと立派なイラストレーターになるんだ、よ……ぱたり…………」

「お姉ちゃんってば……」

 

 そんな姿を見せられて観念したのか、一人が溜息をつきながら立ち上がった。

 

「――はぁ……仕方ないですね、私が何か買ってきてあげますよ。みなさん希望はありますか?」

「……えっ!? ケイのおごりってこと!? 太っ腹じゃ~ん! ケイの親愛度も、ついに先輩部員の私を尊敬してくれるまで上がってくれたんだね……!」

 

 大の字に寝っ転がっていた身体をガバッと起き上がらせて、モモイが目を輝かせる。

 

「いいから早く何が欲しいか言ってください。何でもいいなら、甘さ控えめ苦さマシマシの野菜ジュースでも買ってきますが」

「うそうそ! えっとねー、コンソメ味のポテトスナックと~つぶつぶいちごのROCKYと~……」

「私は……小さな菓子パンの詰め合わせがいいかな、片手で食べられるし。ケイちゃん、お願いしていい?」

「わ、わたしは妖怪MAXの新作で……」

 

 姉妹の二人と、知らぬ間におずおずと顔を覗かせていたユズの要望を、つらつらとスマートフォンにメモしていく。

 

「それじゃあ、すぐ戻ってきますから。……くれぐれもサボらずに、真面目に作業していてくださいね!」

 

 わかってるって~! 数刻前までの疲労がすっかり頭から吹き飛んでしまっている声を背に受けながら、ケイは部室を後にした。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「ふう……すぐに見つかってよかったです」

 

 売店を後にしたケイの左手には、外から見ても目立つほどギッシリと中身が詰まっているビニール袋が提げられていた。その中には、部員たちから頼まれていたものに加えて、アリスが最近好んで食べていたアイスクリームとチョコレート、カラフルなグミにホットスナック等々……が詰め込まれている。けれども、どうやら中身はそれだけに収まらないようだ。

 

「……まあどんな形であれ、今夜で作業は一区切りですから。今日くらいは豪勢に好きなを食べてもバチは当たらないでしょう、うん。もちろんキッチリやることをやった後に、ですが」

 

 普段からゲーム開発部の面々に規則正しい生活を強いているからか。甘やかしにあまり慣れていない自分へ言い聞かせるよう、必要のない言い訳を口から垂れ流していた。

 

 

 

 売店からミレニアムタワーまでの道のりを歩いていると、寮に帰る生徒、部活動に向かう生徒がちらほらと歩いている姿が目に入る。日中の講義があらかた終了する時間帯なのだろう。

 

 ふとした瞬間に寂しさがよぎりそうな、空漠たる夕暮れの下。ひとりぼっちでその中を歩いていても、たびたび和やかな温かさに抱擁される。

 

「あっ、ケイちゃんだ!」

「部活の買い出ししてるんだ~、今度また遊ぼうね!」

「アリスたちにも、よろしくねー!」

 

 知り合いとすれ違うたびに、若干ツンとした態度で、それでいて陰から親しみが伺える挨拶を送る。ここ(ミレニアム)に編入してからの日々は、鬱陶しい、どう反応すればよいか分からないと困惑する出来事に多々出会っていく生活だった。今ではそこに、目まぐるしくも穏やかに流れる日常に、柔らかな安心感を覚えている自分がいた。

 

「――私も、すっかり生(・)徒(・)然としてきましたね」

 

 知らず知らずのうちに口元が緩んでいる。そんなケイの片頬を、過去の寒さを残す春風が、わざとらしく撫でていった。

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