拝啓、流星の彼方へ   作:ミスター・あまったるい

4 / 7
特異現象/エクストラクト

「ケイ! 無事だったんですね、ケイ……!!」

「――アリス! 合流できてよかったです、本当に」

 

 自分と同じ体格なのに、どことなく大きいものに見える体躯が、転がりながらケイの胸中へ飛び込んでくる。毎日触れている体温が、この場では夜闇に浮かぶ一本の蝋燭のように儚く、かけがえのないものに感じられた。

 

「ケイ、大変です! 目の前でユウカと話していたのに、少しまばたきをしたらどこかへ行ってしまって……。ユ、ユウカだけじゃありません! ノア先輩も、他のセミナーのみなさんも、きれいさっぱりいなくなってしまいました!」

「アリス、落ち着いてください。ここに来るまでの間に、私以外の誰かと会いましたか?」

「いえ……誰もいませんでした。人を探して学校を回っていたんですが、そこでケイの呼ぶ声が聞こえたんです。ケイも、一人だったんですか……?」

「……そうですね。私も、アリスが初めて会った生徒です」

 

 アリスの温度、話し声、一挙手一投足を目の当たりにして、冷えて固まっていたケイの肉体が急速に熱を取り戻していく。

 根っからの警戒心が強い普段のケイであれば、不意に現れた旧知の仲に対し、本人かどうか疑うことも辞さなかっただろう。けれども、自身が世界に誕生して以来、ついぞ消えることのなかった「彼女(アリス)に寄り添う」という存在意義。かつては定められた義務であり、現在は自らの望む道となった本能が、澄み渡った直感を導き、眼前の存在を間違いなくアリスだと告げている。

 

 実際、このケイの直感は、事実を間違いなく言い当てていた。しかし、一方で、つまらない疑念に振り回されることなく、今はただ、アリスと出会えた安心感を抱きしめたい。心の隅では、そんな安直さに溺れたがっている弱さも抱えていた。

 

「アリス、まずは先生に連絡しましょう。私が周囲を見ていますので、お願いできますか?」

「わ、わかりました!」

 

 ほとんど流れず場を揺蕩っている空気の膜が、甲高い電子音で引き裂かれていく。十秒、二十秒……コールは無機質に鳴り続けた。いるかも分からない受け取り手を待っている時間は、終点が地平線の彼方に消えてしまうほど、薄っぺらく引き延ばされているような印象を植え付けてくる。

 

「――どうしましょう、先生が電話に出ません……!」

「……もしかすると、この緊急事態への対応で、端末を触っている暇がないのかもしれません。一旦、モモトークにメッセージだけ残しておきましょう」

「はい……」

 

 困り眉を作り、不安そうに両手を胴の前で萎縮させるアリス。瞬間、ケイの脳裏に()()()()()()()()()()がよぎってしまう。そんなこと認めてたまるものかと、ぶっきらぼうに不用意な推測を打ち捨て、自身の正気を大げさに奮い立たせる。

 

「大丈夫です、アリス。今は私たちにできることをしましょう」

「それでは……これから何をしますか? アリスは、みんなを探しにいきたいです!」

「賛成です。歩きながらでいいので、他に生徒に連絡がつくか確認してもらえますか? アリスの方が交友関係は広いでしょうから」

「はい! アリス、仲間を集めます!」

 

◆◆◆◆

 

 二人はピタリとくっついて、ハリボテの校舎を並んで歩いていた。見知った友人がいるはずの場所に向かいつつ、道筋にある教室を一部屋一部屋確認していく。ヴェリタスの休憩室、C&Cの待機室、セミナーの執務室……。

 数十分間、縦横無尽に人の気配を求めて声を上げ続けた。それにもかかわらず、返ってくるのは点けっぱなしのまま放置された照明の光と、正常に動いているかどうかも判然としない機械音だけだった。

 制服の袖が、弱々しくキュッと掴まれる。

 

「……おかしいです。誰も、電話に出てくれません! リオ先輩も、ヒマリ先輩も、他の学園のみなさんも全員、シグナルロストしています!」

 

 ()()()()にはケイも薄々気づいていた。隣から聞こえてくるのが、無機質な電子音と時折漏れる小さな困り声だけだったからだ。

 

「変なのはそれだけじゃありません! ケイ、これを見てください……!」

「……SNSのタイムラインですか?」

「少し前に気づいたんですが、さっきから誰の投稿も流れてこないんです! アリスのスマホが、壊れてしまったのでしょうか……?」

 

 咄嗟に自分の端末を取り出すケイ。慎重に確認してみるが、いくら更新をかけても画面の表示は変わらぬまま。十八時すぎに書き込まれている、アプリを開いて真っ先に目に映った投稿。日常の気配がたっぷりと染みついた地層の上によじ登り、試しに新しく呼びかけてみる。

 

『誰か、これが見えている人はいませんか』

 

 問題なく通信は行われているのだろう、二人の画面にそっくりの内容が表示される。だが、しばらく待っても、隣にいる少女以外の反応が返ってくることはなかった。

 

「これは……」

 

 新たな疑念を確かめるために、電子の海に潜り込む。匿名の掲示板では、同様の時刻から一切の書き込みが行われていない。番組表通りであれば夜のニュースを放映している時間帯だが、クロノスの中継はCMの最後のフレームを映した状態のままフリーズしている。配信サイトのトップページに並ぶ生放送のサムネイルは総じて、誰の姿も映っていない風景か、途中で放置されたゲーム画面で埋められていた。

 世界から徹底的に、人間活動の熱量が排除されている。インターネットの機能そのものが変わらず動き続けている分、ぽっかりと穴の開いた空虚さが余計に強調されていた。

 

「うわぁん! アリスの仲間だけじゃないです! キヴォトスの人たちがみんな、いなくなってしまいました!」

「なんですか、この状況は……。本当に誰もいないんですか!?」

「うぅぅ……でも、不思議です! この人の配信、最初はみなさん楽しそうにしているのに……」

 

 未だに終了していない放送枠のシークバーを、アリスは左端まで戻して首を傾げている。それを目にして、ケイはあることを閃いた。

 

「……アリス。今見ている放送の映像を、十八時すぎ辺りの時間に合わせてみてくれませんか? 周囲から人が消えたのも、ネットの書き込みが途絶えたのもその辺りだったはずですから。」

「あっ、そういえば、アリスがひとりぼっちになったのも同じタイミングです! 少し待っていてください!」

 

 放送画面に映る、その時々の現在時刻を示す時計が小刻みに動いていく。十七時五〇分、十七時五十五分、十八時……。そして、十八時五分を過ぎた頃のある一点で、目を疑う()()が起きる。

 

『ペロペロ様ファンクラブ会員第一号さん、投げ銭ありがと! ……おっとヤバいヤバい! 他のメッセージはこのボス倒した後に読むから待っててね~!』

 

 画面の大半を占領しているのは、両手に大型銃と思しき直方体の物体を持ったプレイヤーキャラと、フィールドを縦横無尽に飛び回る敵ロボット。右下のワイプには、コントローラーを握りしめ、前のめりになってモニターを見つめる配信者の姿が映し出され、その上を大量のコメントが流れ続けている。よくあるストリーミングの一カット、といったところだろうか。

 

『これで、最後……っ! ――やったぁ!! ようやく勝てた~……!』

 

 ゲーム画面は勝利(Victory)の文字をでかでかと映し出し、称賛のムードでコメントの速度が最高潮に達する。四角の中の彼女は、コントローラーをデスクの端に置き気持ちよさそうな声を漏らしつつ、大きく縦に伸びをして――

 

 そこには、何もいなかった。

 先ほどまで配信者の姿で隠れていたゲーミングチェアの背がよく見える。キィ……っと椅子がほんの少しだけ回転する音、そして、空調とパソコンのファンの音だろうか。カラカラと僅かに響く音のみが、うるさく流れ続ける陽気なゲームのBGMを押しのけて、異常事態の発生を警告している。滝のごとく流れていたコメントは、一瞬のうちに動きを止めていた。昨日までであればアプリケーションの故障だと軽く流すのだろうが、もはや普遍的な言い訳は通用しないと、ケイたちは身をもって痛感していた。

 

「今のシーンです! 配信者の生徒が消える瞬間をフレーム単位で確認すれば、何かが分かるかもしれません」

 

 アリスは頷き、言われた通りに一コマ一コマ画面を進めていった。

 

◆◆◆◆

 

 結論として、残されていたのは二人の疑問を増長させる光景だけだった。

 十八時六分、分針が進んだその瞬間に生徒の姿が失われている。そこには何者の関与も確認できなかった。一寸の違和感もなくそこに映っている配信者は、フレームを進めるボタンを一回押しただけで、まるで最初からいなかったかのように行方をくらました。「何か」に連れ去られたわけでも、自分からどこかへ逃げ去ったわけでもない。同じように他の配信を再生してみても、この純然たる実在の消失が、確認したすべての履歴に残されていた。

 思わずふらついてしまいそうになる事実を、なんとか受け止め横を向く。泣きそうな顔をしながら、アリスが指を動かしている。

 

『誰かいたら、返事をしてください!』

 

 数秒のラグ。喉を焼くほどに悲哀に染まったコメントが、ケイの見ている配信画面にもポロリと流れ落ちる。たった一行の文字列が、世界以外のことごとくが正常であることを証明してしまう。

 

「ケイ……アリスは…………」

 

 想像だにしなかった事態への困惑、この先起こることが予想できない恐怖が、アリスの両目を塗りつぶしていく。

 

 しかし、ケイはハッキリと気づかされていた。潤んだ眼差しの奥底には、何をすべきかも全く分からないのに、この世界に立ち向かいたいと願う衝動。それでも勇気を出して仲間を取り戻したいという決意が、微光でありながら確かに輝いていることを。

 瞬く間にケイの心中を貫いたその意志は、暗闇を迷い歩いていた彼女の背中を、優しく寄り添うようにそっと押していた。

 

「――アリス。これから、二人で向かわなければいけない場所があります」

「えっ……?」

「現在、私たち以外の生徒が()()()()になっているようです。それも、ミレニアムだけではなく……おそらくキヴォトスの広域で」

 

 窓に片手をつき、建物の外に広がる光景を流し見る。ところ狭しと並べられた外灯は、広大な敷地を余すことなく照らし、それは学園から闇を一片残らず排除する勢いであった。

 

「こんな常識外れな大事件。空が落ちてくると言われた方がまだ現実味がある、と一蹴されそうな被害妄想。そんな事態に備えるため創られた組織が、ミレニアムには存在します」

「……あっ、もしかして!」

「ええ、アリス。その通りです」

 

 触れ合うほどにすぐそばにある姉の手を、見失わないようにしっかりと掴む。

 

「行きましょう。『特異現象捜査部』に!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。