拝啓、流星の彼方へ   作:ミスター・あまったるい

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Welcome to Our Horizon②

 自治区の外縁付近に位置する才女の隠れ家。モノレールを乗り継げば三十分もかからず到達できる部屋まで、結局二時間ほどの時間を徒歩に費やすこととなった。

 ミレニアムタワーを発つまでにかけていた一時間を合わせると、「特異現象」の発生から三時間ほどが経過している。その間に意志を交わせたのは、現状アリスのみ。右手の中で仄かな光を放つスマートフォンは、ついぞ誰からの返答も受け取ることはなかった。画面が伝えてくるのは、時刻が夜の九時を過ぎていることだけだ。

 

「アリス。ここまで歩いてきた中で、何か気になることはありましたか?」

「うぅん……ケイ以外の仲間が一人もいなかったことや、誰とも……先生とも全然連絡がつかないことは、もちろんおかしいと思いました」

「……」

「──でもどうしてか、いつでも誰かとエンカウントしそうな雰囲気も、ずっとそこにあって。アリス、なんだか……不思議な夢を見ているみたいです」

 

 夢を見ているような──。困惑の色が浮かぶアリスの言葉は、この百八十分の旅で経験した違和感を端的に表していた。

 一度、得られた情報を整理してみるべきだろうか……。歩き疲れてすっかり重くなってしまった両足を引きずりながら、ケイは自身の脳内に意識を傾ける。

 

 例えば、人の消失について。

 「ヒトが消えた」と一言でいっても、肉体のみがいずこかへ行ってしまったという単純な話ではない。身に着けている衣服をはじめとして、手に持っている端末や背負っているカバンも共に消えている。ただし、生き物が触れていたものすべてに当てはまる、とは一概に言えなかった。座っていた椅子や手をついていた扉は変わりなく残されており、手元から離れていた個人の持ち物も同様である。

 また、消えたのは生徒を含めたキヴォトスに生きる住民たち、という推測は成り立っていそうだが、野生動物までもが全滅したわけではないらしい。野鳥や昆虫は道中で確認できており……何より細菌までもが死滅していたのなら、それらと共生する人間の、つまりケイの身体にも──いくら()()といえども──多少の異常が現れるはずであった。

 

 「物事の切り取り」は、ありとあらゆる範囲に及んでいるわけではなく、最小限に抑えられているわけでもない。そんな、理屈が微妙にズレている中途半端な光景が、二人の心に奇妙な感覚を植え付けていた。

 

 

 

「ケイ? ……何か、難しいことを悩んでいますね。顔が高難易度のパズルゲームに挑戦している時のミドリみたいになってます!」

「ああ、いえ……どうして、私たちだけがここにいるのだろう、と不思議に思っていただけですよ」

「えっ……?」

「キヴォトスから全員を追い出さず、一人だけ取り残すのでもなく。他にも誰かがいる可能性はありますが、少なくとも……私とアリスの二人がここにいる事実は、果たして偶然なのでしょうか」

 

 起きている事実を受け止めた先に待っているのは、「なぜ?」と問いかけてくる数多の反響。

 熱でじっとりと濡れた額。冷や汗が一滴、首筋を垂れていく。それらを拾い上げる行為は、この場で思案するケイに許された権利であり、迫られている義務でもあった。

 

 確認できた消失事例に鑑みるに、単に生命を宿す物体を消しさった、というわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と捉えた方が自然に思えた。

 仮に、刹那の時間に物理的な方法で、人の肉体ほどの物体を空間から取り除いたとしよう。すると、ポッカリ空いた人型の隙間は、疑似的な真空状態を生み出すことになる。少しでも時間が進めば、その隙間を埋めるために空気が流れ込み、急速な流動に引き寄せられる形で周囲の物体も動き始め……結果的に、大なり小なり破壊行為が発生するはずだ。だが、そんな痕跡はどこにも刻まれていない。

 

 対して、「ある瞬間から、そこには誰もいなかった」と世界の根本(テクスチャー)を改変したのであれば、物理的な破壊が起きないのも自然なことだ。先ほどまで誰かがいた場所は、最初から大気の分子で占有されていた、という事実に作り替えられているのだから。加えて、元からそこには誰もいないのであれば、その場で誰かに着られていた服も、持たれていた荷物も存在しないことになっているはず。

 例外として、ターニングポイント以前から力を加えられていた事象。つまり、回転する椅子のキャスターや踏まれた車のアクセル、ロボットの受け取った信号といったものだけが、人の活動の余韻として残されていたと考えられる。

 ……妄想に近い推測にすぎないが、そういった理屈を捏ねて、ちぐはぐな消失に理由付けをすることも可能だろう。

 

 いずれにせよ、この事件を引き起こした「なにか」は、キヴォトスで生活する人々を、見境なく大胆に消し回っていることに違いはない。まるで、ノートに書かれた大量の文字を片っ端から削り取り、黒の混じった消しカスすらも、一片残らずゴミ箱に捨て去ってしまったかのように。

 であるのならば、アリス、そしてケイ。何故この二人の名前はノートに残されたままなのか? 私たちに消しゴムをかけられない理由があったのか? はたまた、何かの目的を果たすために、削除することを避けなければならなかったのか?

 

「理由はまだ分かりませんが……アリスはケイがいてくれて、本当によかったと思います!」

 

 隠された意味なんてどこにもない、ただただ無邪気な笑顔が、ケイを考察の暗礁から引きずり上げてくれた。

 

 ──もし、彼女がいなければ。今ごろ私は、どうなっていたのだろう? 霞む両目のすぐそこに、シャボン玉のような……どことなく、触れるのにためらいが生まれてしまう思いつきが浮かび上がっていた。

 私もですよ、とアリスの方に顔を向け、いつも通りの微笑みを返す。

 

 突飛に現れたその疑念は、気づけば視界の外へと飛んで行ってしまっていた。

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 姿の見えないフーダニット(犯人は誰だ?)、不可解塗れのホワイダニット(動機は何だ?)。深い霧に隠された一端に触れようとしたものの、現時点ではどう見ても手詰まりであった。それでも、あの部室の主であれば、蓄えられた叡智であれば。新たな手掛かりが得られる可能性も高いはずだ。

 この曲がりくねった迷宮も、もうじきゴールが見えてくる。気合を入れなおすために、思い切り息を吸い込んだ。いつの間にか浅くなっていた呼吸が、知らず知らずに整えられる。

 

「さて、のんびりしている暇はありませんね。残りの道も急いで進みましょう!」

「はい! ……ええと。でも、ケイは大丈夫ですか? 少し前から、なんだか──」

 

 期待の込もった顔を上げ、目の前を角を曲がろうとした、その時だった。

 

 

 

『ピンポンパンポーン……たった今、外部からの電力供給が停止されたことを確認しました』

 

 言われるまで気づかないほど暗い天井の角に、目立たず設置されていたスピーカー。そこから、ほんのりと機械的な加工がなされているものの、確かに聞き覚えのある落ち着いた声が流れ始めた。

 

「はっ! これはヒマリ先輩の声です! 部室でアリスたちを待っているかもしれません!」

「ヒマリ……? いえ、それよりも何の話を……」

 

 顔を合わせた二人の間を裂くように、淡々とした語り口の業務連絡が続いていく。

 

『ですので、予備電源の運転を開始し、同時に……非常事態を想定した、()()()()()()()()()()()()()を発動させていただきました』

 

「……はい?」

 

『これより私たちの部室は、限りなく安全なシェルターとしての役割を全うすることでしょう。もしも、まだ外に取り残されている関係者がいれば……巻き込まれないうちに、急いで部室まで戻ってきてくださいね♪』

 

 放送直後の残響を感じる間もなく、ガタンガタンと何かが大量に駆動する音が四方八方から響いてくる。反射的に後ろを振り返る二人。そこに広がる光景を見ただけで、先刻の放送の真意を知ることとなった。

 

「た、大変です! とんでもない数のロボットが、こっちに向かってきて──」

「話は後です、アリス! 部室まで急ぎますよ!」

 

 一瞬硬直した身体に鞭を打ち、弾かれたように前方へと駆け始める。あのハッカーに抗議する言葉が止まらずに湧いてくるが、顔を合わせてから満足するまで叫んでやる、と目下のご褒美を決め、それを原動力にラストスパートをかけていく。

 

 いつもと変わらぬ口調で、異常事態を告げる放送。進んできた通路を埋め尽くさんと氾濫する武力の大波。一方的に突きつけられた情景を契機として、自分たちの置かれている状況を、改めて理解させられる。

 取り返しのつかない地平線は、とうに跨いでしまったのだろう。秩序に握られていた手綱から、世界は自由になってしまった。ちっぽけな少女たちは、暴走する混沌の渦に絡めとられ、為す術もなく昏い水底へと沈んでいく。

 次第に彼方へと遠ざかっていく水面を前に、ケイはおぼろげに目を細め、その揺らめきをただ眺めることしかできなかった。

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