「うわぁーん! どんどんロボットの数が増えてます! どうしてアリスたちを追いかけてきているんですか!?」
「はぁ、はぁ……っ、誰であろうと『部室』に近づけさせないために、見境なく撃退するよう命じられているのでしょう……! こんなに熱烈な歓迎をされるとは、思ってもいませんでしたけど……っ!!」
ノンストップで走り続けるアリスとケイの背に、降り注ぐのは豪雨のごとき銃撃の幕。角を一つ曲がる度に、進行方向ではない通路から新たなドローンが沸いてくる。今や機械たちはギッチギチに廊下の四角を埋め尽くし、先ほど通過したT字路すらも見えなくなっているほどだった。
(目に入った目標をとにかく追い続ける、杜撰な戦闘態勢……。誰かが遠隔で操作しているとは思えない。自動操縦であるならば、やはり部室に人は──)
ロボットの軍団、そして、等間隔に配置された監視装置の様子にかまけていると、気づけば目的地が眼前へと迫っていた。
乱れた呼吸を整えるための一息に、安堵のひとかけらが入り混じる。扉横に設置されたタッチパネルへ、逃走の勢いのままに駆け寄った。「シェルター化」の宣言通りドアはロックされているようだが、部員の持つ鍵を使えば問題なく入室できるはずだ。カードを読み取り部に叩きつけ、極限まで神経を集中させた両指が、速く正確にパスワードを打ち込んでいく。
『ピピッ。入室許可証を認識しました。ですが……』
「ほら! 早く開けてくださ──なんです!?」
期待していたロックの解除音が、聞こえない。無機質なシステムボイスだったそれが、次の一節には豊かなニュアンスを含む人声へと変化する。
『あなたが本当に
「なにを……!?」
先ほどスピーカーから聞こえてきたものと同じ声。穏やかで薄く透き通っていながらも、満ち溢れる自尊心の隠しきれない音声が、突拍子もなく雄弁に理屈をこね始めた。
『ということですので、今からいくつか質問を行います。ごく僅かな人間しか知らない機密情報を問いますから、最後まで回答できたのであれば、信頼できる人物だと証明されるでしょう。そうでなくとも、そこまで把握している存在であれば……ここを開示するのも、やぶさかではありませんね』
「……この人、セキュリティのことを気にしすぎて、緊急時のことを想定していないんですか!? いえ、ここが彼女にとっての心臓部である以上、慎重になるのは当然なのでしょうけど!」
『あと、言うまでもありませんが。この扉や周囲の壁の破壊を試みても、徒労に終わるだけですよ。そうですね……たとえ宇宙戦艦の主砲レベルの兵器を持ち出されても、傷一つ付けられない素材で作られていますので』
姿の見えない天才相手に、思わず声量を上げてしまう。八つ当たりで腕押しされた機械仕掛けの暖簾はといえば、捉えようもなくヒラヒラ揺れている。その間にも、数多の銃口を向けた集団はジワリジワリと距離を縮めてきていた。
「……ケイ! ここはアリスが時間を稼ぎます! ケイはそちらのミッションに集中してください!」
「アリス!? ……一人で大丈夫ですか?」
「はい! アリスにとっておきの考えがあります!」
迷いのない眼差しで、迫りつつある機械の壁を見据えるアリス。逃げ場のない追い詰められた状況でも、そんなに自信満々の表情を向けられては、根拠のない楽観を覚えてしまう。
「……分かりました。辛くなったら無理せず呼んでくださいね!」
「ラジャー! 作戦開始です!」
アリスが背中のレールガンを振り下ろすのと同時に、ケイも再び画面に向き直った。
『では、最初の質問です。ミレニアムが誇る超天才美少女ハッカーであり、史上三人しか存在しない「全知」の学位を持つ乙女であり、高嶺に咲く可憐な一輪の花であり──』
「……はぁ。人を呆れさせるのが本当に上手いですね、この天才は……っ!」
音声が流れ終わる前に、ストレスに震える手で「明星ヒマリ」と入力し、エンターキーを殴りつける。
『……正解、常識問題でしたね。間違いだったら、システムの強制シャットダウンを行っていたところです』
「そんなことはいいですから! さっさと次の質問を流してください!」
『では、二つ目の質問──』
背後から響くのは、銃弾が激しく跳び回る音。後ろから両肩を圧迫されているかのように、ケイは画面に顔をのめり込ませていた。
◆◆◆◆◆◆◆
『……正解です。いい調子ですよ、ここまで一問も間違えていませんね』
「いつまで続くんですか!? パスワードに付随する秘密の質問って、多くても大抵二、三問ですよね!?」
実のところ、機械の声と会話を交わしている時間は二分にも満ちていない。しかし、一秒でも早くこの状況を突破しなければいけないケイにとっては、数倍の時間を使わされているような感覚だった。
逸る気持ちのまま後ろの様子を確認してみると、ケイの元まで攻撃が届かないよう、やや離れた位置で応戦しているアリスが見える。迎撃しているのは至近距離まで寄ってきたドローンだけで、レールガンを盾にほとんど動くことなく、とにかく耐えに徹しているようだ。
(前線に出ている敵を無暗に倒し続けないことで、体力の消耗を最小限に抑えつつ、全体の進軍も遅らせる……幅の狭い屋内通路だからこそ有効な作戦。アリスも考えましたね)
待機しているロボットの機数は、おそらく百を超えている。それでも、後ろの方では互いに機体を押し合うばかりで、最前にいる限られた数のみだけが戦えているようだ。とはいえ、一人きりで攻撃を受け流し続けているためか、着実にダメージが蓄積しているのもまた事実であった。アリスは少しだけ顔を歪ませながら、目の前の状況へと必死に向き合っている。
『さて、いよいよ残り二問というところまできましたね。ここから更に難しくなりますよ』
「今までも大した難易度じゃありませんでしたよね? ある程度ミレニアムに通じていれば、答えられるものばかりでしたし……」
生徒会のセミナーや治安維持組織のC&Cの実情、それらにまつわる質問が続いたことを思い返す。一般生徒であれば馴染みの薄いものとはいえ、若干の関わりを持っていれば難なく思いつく内容。それこそ、やんちゃなミレニアム生であれば、少しばかりデータベースの浅い部分を
「実は侵入者が無力化されるまでの時間稼ぎが目的で、最後まで答えても何も起こらない……なんてオチだったら本当に恨みますよ……!」
『では、質問です』
沸きあがるケイの疑念をよそに、改めて質問が再開される。
──繰り返された口上なのに、ふと、何かが引っ掛かった。端末の先にいる彼女の表情が、ほんの少しだけ和らいだような。
『……「朝は従者、昼はからくり、そして夜は……私たちの大切な仲間」。これは一体、何を表しているでしょうか?』
「はい……? ──いえ、なるほど。そういうこと、ですか?」
これまでの問いかけから、雰囲気がガラッと変わる。
質問というより、もはやこれは一種のなぞなぞだ。見立てられている解は、限りなくイレギュラーな存在。それ故に、ひらめきだけでは到達することは不可能で。先にヒントを探ろうとしても、ほとんどの生徒は記録された場所すらも突き止められない、深く隠された秘密。
「確かに、この事実を知りうる生徒は限られますし……あえて婉曲表現を使ったのは、
とはいえ、彼女にとってそれは、頭を悩ませる間もない常識……いや、それ以前の問題だった。
(「大切な仲間」、ですか)
自分の名前を入力する行為なんて、とうに日常の中へと溶け込んだものだと思っていたけれど。込められた物語は、こんな時であっても。──こんな時だからこそ、だろうか、所有者に寄り添ってくれている。キーボードに触る指を進めるごとに、これまでに出会った者たちの顔が浮かんでは消え……最後に現れたのは、私の両目を見据えて、手を握ってくれた
ハキハキとよく通る声が、私を呼んでいる。
「ケイ! 時はきました! 衝撃に備えてちょっとの間、伏せておいてください!」
「──分かりました、任せましたよ!」
何をするのか、何が起きるのか。余計な問いかけは交わされることなく、剣を握りしめる少女の意志をストレートに受け止める。思えば、彼女のことはいつだって、信じることができていた。
「エネミーの通り道を制限して、無理なくダメージが出し続けられる状況を作ること……。それが、ゾンビパニックもののシューティングゲームをクリアするコツなんです! そうしてゾンビを倒してポイントを貯めて、必殺技が使える時間になれば……」
地面に立てかけていたレールガンを思い切り持ち上げると、その正面はついに敵の集団を見据えるに至った。ガチャリ、ガチャリと重厚な音を立てながら砲身が展開し、静かに沸き立つプラズマを纏った、大きな銃口が現れる。
「──残ったエネミーを、まとめて吹き飛ばしてしまうのです!」
銃身後部のモーターが、加速度的に回転数を増していく。キィ──ンと響き渡る高周波のノイズは、一切の雑音をかき消していき……その中心にて曇りのない瞳を輝かせる勇者が、満を持して、舞台のセンターへと
「魔力充填、百パーセント! 準備完了しました!!」
視界を埋め尽くす、白。
瞬間、息の詰まる静寂。
「光よ────────!!!」
はちきれんばかりの轟音が。凄まじい勢いで放たれた極大のエネルギー弾が、凍り付いた世界の均衡を突き破った! 前方へと押し込められていたロボットたちは、身動きする暇すらも与えられず、ことごとくが消し飛ばされていく。引き裂かれ、残骸となったガラクタもろとも巻き込んで、軌道にある何もかもが奥へ奥へと流されていった。
砲撃による圧力、吹き荒れる熱風から全身を守りつつも、両腕の隙間からケイはその光景を目撃する。
廊下の四方を埋め尽くす光球は、いかなる障害にも縛られず、一直線に前へ、どこまでも自由に進んでいく。その軌跡に、ケイの視線は──この上なくノスタルジックで、忘れ得ぬものを見出したからか──ただひたすらに奪われていた。
目を滲ませるほどの輝きを放ち、闇夜を歩く者たちが思わず空を仰いでしまう、一条の尾。いつしか導かれるように手をかざすと、指の間から零れる煌めきが、
嗚呼、そうでしたね。
あの日に焼き付いた、私の原風景。
かけがえのない仲間と共に歩み、ロマンに満ちた冒険を経験し……こんなにも美しい一等星が、
──「天童ケイ」。自己証明の象徴であり、友人たちとの絆が刻まれた碑文であり……何の変哲もない、一人の名前に過ぎないそれが、流れ星の残光に抱きしめられていた。