これは、華々しいファーストコンタクト……ではない?
20ⅤⅤ年。人類の活動圏は月まで拡大していた。月面に基地を建設し、ここを足がかりとして深宇宙へと進出しようと企んでいる。
そのために、基地の拡大や月軌道上の中継衛星建設など、やるべきことは多い。
そしてこの日も、そういった作業をする予定であった。
「……」
宇宙飛行士の中では格下に位置づけられるD級飛行士のナヲイ・ルイトルスは、本日の作業現場の状況確認をしようと、スリムになった宇宙服を着て月面を歩いていた。
そしてそれを目撃する。楕円体に近い飛行物体、そこから現れる見たことのない人型物体。ナヲイは呆然と見上げるほかなかった。
人型物体は、人類に近い姿をしていた。大きな違いがなければ。
大きな違いの一つは、その大きさである。その身長は3メートルを超えている。人型物体も宇宙服のようなものを着ているが、それを考慮したとしてもすごく大きい。そしてもう一つの違いは、腕が4本あることだ。人類の左右の肩から、もう一対の腕が後ろに向かって生えているのだ。
ナヲイはインカムをオンにする。
「……こちらD-477ナヲイ、応答願う」
インカムに話しかけても、何も反応しない。
「こちらナヲイ、応答願う」
反応はない。インカムが壊れたか、月軌道上にある通信中継衛星が影に入ったか分からないが、とにかく通信が出来なかった。
「クソ、こんな時に……」
ナヲイは仕方なく、ヘルメットについている小型カメラの録画が出来ているか確認する。
そして、それに向かって話しかける。
「D級飛行士、ナヲイ・ルイトルス。現在、協定世界時8時47分。月面基地の南側、通称ガイカル盆地にて、異星人と思われる物体と
相手は異星人だ。人類が積み上げてきた常識は一切通用しないはずである。
それと同時に、ナヲイは地球で受けた飛行士中等教育の授業を思い出す。
『仮に異星人と遭遇したとする。その時は必ず上級の飛行士、もしくは地球に報告すること。そういう時のために、人類は専用のプロトコルを制定している。このプロトコルを要約すれば、「簡単に返事をするべきではない」となる。いいか? 必ず、どのような理由があっても、独断で異星人とコンタクトを取るな』
つまり、教本通りの動きをするなら、一切動かないことが正解である。
「動くなっつったって、そんなことが出来るかよ」
思わず愚痴がこぼれる。こんな信じがたい状況で、動くなというのが酷な話である。
「出来ることなら、今すぐ背を向けて逃げ出したいところだ」
そんな独り言を呟いている間も、異星人も動いていない。つまり、ナヲイと異星人はずっと見つめ合っていることになる。
ナヲイの額からジワリと汗が浮き出てくる。宇宙服の空調は確かに動作しているが、それを無視して汗が流れる。
するとその時、ナヲイの視界の端で何かが光った。直後、足の裏に微かな振動が来る。
「っ! 隕石か!?」
月面にはしょっちゅう隕石が降ってくる。タチが悪いのは、月の大気が存在しないことで隕石が減速せずに月面に衝突し、大小様々な岩石の破片を多くまき散らすことである。
これは飛行士初等教育で習うことだ。
『もし光る何かを見つけたら、それは99%隕石だ。破片が飛んでくるから、物陰に隠れるのがベスト。物陰がなかったら、その場にしゃがみ込んで被弾面積を小さくしろ』
当然、ナヲイもそれをやりたかった。しかし、今ここで動けば、目の前にいる異星人に何らかのメッセージを送ることになる。それは避けたい。
「動くなって教えと、自分の命を天秤にかけるなら、俺は自分の命を選ぶ……!」
そういってナヲイはその場にしゃがみ込んだ。
すると、それを見たであろう異星人が、スッと右前の腕を上げた。すると後ろで浮かんでいた楕円体が動き出し、隕石の衝突方面とナヲイの間に入った。
「俺の身を守った……?」
ナヲイが目を丸くしていると、異星人はナヲイに接近してくる。
ナヲイまで数歩といった所で止まり、異星人は右後ろの腕を持ち上げて左右に振った。
「な、なんだ? ボディーランゲージか……?」
その意味は一切分からない。ある程度お互いの形が似ているからといって、簡単に意味が通じ合えるものではないのだ。
異星人は腕を振るのを止めて、両前の腕についている手で拳を作りそれを5回ぶつけた。
「わ、悪い。何も分からないんだ」
そういってナヲイは、右手を出して手を振る。人類なら「分からない」を意味するジェスチャーだ。
その瞬間、ナヲイは顔面蒼白となる。つい癖でジェスチャーをしてしまった。
「しまった……!」
このジェスチャーが、異星人にとってネガティブな意味をしていれば、ファーストコンタクトは失敗となり、最悪地球が征服される。それだけは避けなければ。
「最悪を避けるって、どうやってやるんだよ……!」
グルグルと思考を回し、結局それが無駄であると分かっていながらも、この状況を打破するためにさらに考える。
すると今度は、異星人が左前の手を出してきて、縦にチョップする。その後、両前の手をすり合わせるような仕草をした。
「な、なんだ? マジでなんなんだ?」
どうやら攻撃的な様子は見て取れない。温厚な異星人なのだろう。攻撃の代わりに、チョップと手をすり合わせる仕草を繰り返している。
「こ、これ、俺に向かって何かしているのか……?」
ナヲイは立ち上がって、両手の指を自分の胸に当てる。それは「自分に対する言動か?」というボディーランゲージである。
それに対して、異星人は何か感じ取ったようで、頭部に相当する部分が少し動いた。
その後、両後ろの手を頭にやって、肘を前後に動かす。
さらに左前の手を出し、その手のひらに右前の拳を叩きつける。合点といったジェスチャーに近い。
そして右前の手の中指だけを伸ばし、それを手首でクルクルと回している。
「な、何の話だ……? つーかその中指は止めろ……」
限りなくアウトに近い何かを見てしまい、ナヲイはさらに混乱し、頭をかきむしる。いや、実際には宇宙服があるので、ヘルメットを指でなぞるような感じになる。
それを見た異星人は、スッとナヲイから離れて、そのまま楕円体の方へと歩き出す。
そしてそれに乗り込んで、楕円体は月面を去っていった。
重力を無視して上昇した楕円体は、ものの数分で消える。
「マジでなんだったんだ、今のは……」
しばらく膝立ちの状態で呆然としていると、いつの間にか通信が回復していることに気が付いた。音声は怒号で満ちている。
どうやら通信が回復した時に、映像が自動でバックアップを取ったようだ。それを見た月面基地事務局が、ナヲイに怒号を飛ばしているようだ。
その後のナヲイだが、半年の謹慎と同期間の給料の9割を減額、そののち地球へ強制送還された。大まかなくくりで見れば、彼が人類の代表になってしまったのだ。その責任に比べれば、この罰則は軽すぎるくらいである。
地球側は、異星人から何らかのアクションがあると考え、早急に地球防衛軍の設立と戦力増強を図った。その結果、150年もの間、見事に何も起こらなかった。
のちの人類学者は、このように話す。
『ファーストコンタクト時のボディーランゲージは、ほとんど意味を成してなかったようです。結果として異星人は150年もの間来なかったのですから』
そういうわけで、人類はある意味救われたのだった。
しかし人類は知らない。この150年の間に、天の川銀河中心で空前絶後の大宇宙戦争が起きていたことを……。