JAPANESE CRUISER LAUNCHED.
The 27,500-Ton Kongo Enters the
Water at Barrow, England.
BARROW-IN-FURNESS,Eng.,May 18.
-The new Japanese battle cruiser Kongo
was launched to-day from the Vickers
yard in the presence of the Japanese
Ambassador and many foreign naval at-
taches, as well as thousands of the gener
-al public.
The Kongo displaces 27,500 tons and is
the heaviest battle cruiser yet built. She
is one of four sister ships, the other three
of which are being built in Japan. She
carries eight 14-inch guns and sixteen 6-
inch guns. She is fitted with turbine
engines,estimated to develop a speed of
28 knots.
The New York Times May 19, 1912
潮風が頬を吹き過ぎて行く。
ヴェルニー公園の板木を踏みしめるブーツの音が、秋の空の中に響く。
欄干の向こうに、海面に溶け込むように何隻かの護衛艦が佇んでいる。
こちらは、ジエイタイ。あちらは、ベイグンの。
かつて干戈を交えた国同士の艦艇が、同じ入り江に停泊している様子に、隔世の感を覚えざるを得ない。
私自身はあの戦の決着を見届けることなく水底に沈んでしまっていたが、その後の二カ国は、双方ともに多大な犠牲を払いながら、この均衡を作り出したのだと聞いた。
ふと、もう九十年近く前になってしまった出来事を思い出す。
共にヨーロッパ戦線を戦った彼の国から贈られた物資によって、瓦礫の山と化したここの人々は露命を繋ぐことができた。
それから二十年も経たないうちに、その国と戦うことになろうとは、誰が想像していただろう。
そして、かつては盟約を結んでいた、遠い故国とも。
ざぁ、と風にざらついた音が混じる。
いつの間にか垂れ込めていた雲から、ぱらぱらと雨粒が落ちてくる。
傘を差すほどではないが、少しく肌寒さを覚え、板木の上を小走りに駆けて近場の軒先を借りる。
紗をかけたようにかすむ海原。
ああ、そういえば、故国の海も、こんな感じだったっけ。
雨露を含んだ芝の上に、コックスが転がる季節。
バローのような港町では大きな果樹園はないけれど、工員の人たちはいつも部屋の脇に甘い香りを放つコックスを並べていたっけ。
種が鳴れば食べごろなんだ、と妙に得意げに話すのがうらやましくて、何度か、食べて見たいと思ったこともあったけれど、あの時はまだ、同じものを食べられるようにはなっていなかったから。
毎日採寸され、色々な服を着せられては、ああでもない、こうでもないと言われる毎日。
同じ建造ドックに並ぶ子達はきちんと決まった服を着せられて、進水して、名前をもらって、艤装もつけてもらって、そして次々に出航していって。
私はどこへ行くんですか?
そう聞いた時の、設計士のおじいちゃんの何とも言えない表情を覚えている。
君は、我々の友人を助けるためにJapanへ行くんだ。
Japan、というその国のことは、いつも話す工員の人たちにも聞いてみたけど、ほとんどの人が知らなかった。Chinaの一部だろ?という人もいたし、Russiaの島だろという人もいた。
言葉は?
さぁ、あんまりあっちの奴らって、郷の言葉で話しやがらないからな。
そう言って、工員はJapanの人に声をかけた。
よう、チーノ。相変わらずちびっこいなぁ。
乱暴な言葉遣いにも動じず、チーノと呼ばれた工員はまとめていた書類から顔をあげた。
何かご用でしょうか、ミスター。
かしこまるんじゃねえよ、お偉方でもあるまいに。ここの嬢ちゃんがあんたのお国に興味があるんだとさ。
急に話を振られてとまどってしまう私の方を、チーノは眼鏡の奥から一瞥すると、すっと右手を差し出した。
はじめまして、お嬢さん、でいいのかな。
ええ、まだ、進水式は終わってないし。
いいんだよ嬢ちゃんは嬢ちゃんで。きっちり最高の船に仕上げてやるから何も心配すんな。
ばぁんと背中をどやしつけられて思わずむせてしまう私の様に、チーノは眼鏡の奥の黒い目を細めて薄く笑みを浮かべた。
Japanのスペルの横に奇矯な記号を書いて指し示し、チーノはひとことひとこと噛んで含めるように言う。
ニホン?
そう。これから君が行くところだ。
どんなところ?
そうだな、ここよりはだいぶ暖かい、それに晴れてる日と雨の日がはっきりしている。けど、リンゴやお茶菓子では負けるかな。
ふーん。そこの人たちは、みんなあなたみたいな色をしてる?
ああ、黒髪に黒目だね。
ここの人たちでは、使用人に多いみたいだけど。
そうではない、と思ってるけどね。実際はどうかわからない。ある意味、そのために君にきてもらいたいのかもしれないね。
ふーん。ね、向こうではどんなのを食べてるの? 私も食べられるようになりたい。
それは、ちょっと難しいかもだけど。サーストン卿に聞いてみるか。
お願いね。それと、もうひとつお願い。
なに?
あなたの国の言葉を教えて。いずれ行くなら、話せていた方がいいでしょ?
季節が巡り、服が決まり、進水式を終えて、私は船になった。
His Imperial Japanese Majesty’s Ship “KONGO” に。
コンゴウって、どういう意味? なんか、あんまり女性的じゃない気がするけど。
元々は、僕らの国の山の名前だからね。でも、初代は僚艦と共にインド洋を越えてトルコまで渡った由緒正しい名前だよ。
ふぅん。で、意味は?
硬い石。
はあ?
まぁまぁ、異称としてなら、ダイヤモンドって意味もあるよ。
むぅ、まぁ、女性呼ばわりする割に可愛くない名前なのは慣れてるケド。
進水式を終えたときに隣りにいた子の名前を思い出すと、なんとなく釈然としない。PrincessRoyalなんて、すごく可愛らしい名前もらっちゃって。
なだめるように差し出された紅茶をすすり、スコーンをかじる。燃料にはならない物を摂取できるようになりたいと言う私のお願いを、おじいちゃん―ジョージ・サーストン卿―は髭面をほころばせて了承し、それなら、進水式のお祝いも一食分増やさなきゃならんな、と嬉しそうに言っていた。
あまり、意味はわからなかったけれど、今はちょっとわかる気がする。
ねぇ、アドミラル、ちょっと香りが立っていない気がするんだけど。
蒸らしが足らなかったかな。あと、僕はアドミラルじゃないよ。チーノでいい。
でも、それってあなたの名前じゃないのでしょう?
それは、そうだけど。
なら、私にとってはアドミラルよ。言葉も、Japanの事も、こうして食べられるように一緒にお願いだってしてくれた。
大したことじゃない、他の誰かにだって出来ることだ。
そうね。それなら私だって、カンブリアの僻地で建造されてる船、大したものじゃないわ。
そんな事は無い、君はサーストン卿の最高傑作じゃないか。
だったら、あなただってそうでしょう?
……敵わないな、君には。
苦笑いを浮かべて、ティーポットを手に立ち上がる。
淹れなおしてくるよ、お茶菓子は何にする?
ルバーブのパイ、まだ残ってたかしら。あと、良く鳴るコックスが欲しいわね。
あれね、了解。
微笑を浮かべてポットを沸かしに行く向かう背中を見送り、ぽつんと残された部屋から、窓の外を見やる。
暖炉の熾が時折弾ける音、遥かドックで響く槌音、そして、港町を吹き過ぎる風音。
薄曇の空からは細かな霧のような雨が降り、窓を薄く煙らせていた。
「お姉様」
聞き覚えのある声、すっと、目の前に見知った傘布が差し出される。
「比叡。どうしてここに?」
「それは私が伺いたいですよ。帰投時刻はとうに過ぎています」
「What?」
慌てて周りを見回す。いつの間にか日が落ち、桟橋ではところどころ街灯が灯り始めて、ヴェルニー公園の板木の上にはもう人影も無くなっていた。
「司令がお待ちですよ。帰りましょう」
「ウン、Sorryネ、比叡」
ぽそぽそとつぶやくように言う声が聞こえたのか、比叡はちょっと微笑んで首を振った。
「こんなの、何でもないですよ」
傘布を差しかけてくれる比叡の隣りで歩きながら、ふと、桟橋の方を振り返る。
雨露の向こう、薄闇に溶け込んで、船外灯の硬質の光だけを波間に揺らめかせる護衛艦たち。
「ねぇ、比叡」
「はい?」
「ここに来たときのこと、覚えてマスカ?」
「……ええ、もちろん」
くい、と手を引かれる。
少し早足になった比叡の後をついていく。
多分、今振り返っても、そこにあるのは同じ情景。
けれど、私は確かに、ウィンドフォールのコックスの匂いを嗅いでいた。
つづく