提督が死んでしまったあとのお話

1 / 1
注意
提督が死にます
人によっては轟沈描写と捉えられることもあるかも


第1話

春の霧、潮風の葬送

「随分と、重いじゃないか……まだ、若かったからな」

 骨壷(わたしだったもの)を手渡された武蔵は、色のない声でそれを抱きしめる。

 

 それは春の柔らかい陽射しが差し込む、暖かな日だった。私が仮眠から目を覚ますと、世界が妙に透き通って見えた。

 きらきらと粒子に反射する窓からの陽射しに、駆逐艦達の足音。いつもと何も変わらない風景。

 少しだけ違うのは、いつも聞こえるはずの私の心音と、肺が膨らむ衣擦れの音が聞こえないことだった。

 

 抱いていたぬいぐるみに手を伸ばすと、私の腕はそれを透過し、突き抜けていた。

「相棒よ、そろそろ演習の時間だ。起きて支度を……」

 私を起こしに来た武蔵の顔が一瞬で凍りつき、彼女は眠っている私に駆け寄る。珈琲の入っていたマグカップが武蔵の手から滑り落ち、割れる音が静かな部屋に響いた。

 

 私は思わず彼女を避けるけれど、武蔵はそんな私の事なんか見えていないみたいに、空っぽになった私の身体を抱き寄せる。

 彼女が艦娘達に指示を出す怒号じみた声と、半泣きで対応する駆逐艦や軽巡達。武蔵は私に蘇生処置を施すけれど、やがて諦めたように膝から崩れ落ちる。

 私は彼女の肩を抱くけれど、それにすら気づいていないようで、ただ一人肩を震わせていた。こんな武蔵の顔、見たくなかったのに。

 

 

「……そういえば、貴様に化粧を施すなど、初めての事だな」

 彼女はそうぽつりと零し、私の顔に死化粧を施してゆく。彼女と私の最後の触れ合いは、なんとも呆気ないものだ。

 

 葬儀は粛々と行われた。私に身内は居なかったから、参列したのはほぼ艦娘のみ。泣き出す駆逐艦もいれば、ただ唇を噛み締めて拳を握る重巡もいる。

 私は棺に腰掛けて、皆が焼香を炊く姿や、坊主が経を上げるのを、ただ何もできずに見ているだけだった。

 

 自分の火葬される姿を見る事になるとは、生きている時には考えもしなかった。なんとなく、最初に見る火葬は私じゃなくて、艦娘達だと思っていたから。

 

「随分と、重いじゃないか……まだ、若かったからな」

 骨壷(わたしだったもの)を手渡された武蔵は、色のない声でそれを抱きしめる。普段とは違う白い手袋。彼女が着けていると違和感しかない。

 無縁墓地の前に、ずらりと整列する艦娘、というのは異様な光景だった。皆最後の別れだからと、涙を堪え敬礼をしている。

 

 私はそんな光景を、やっぱり皆とは少し外れたところでただ見ていた。時折武蔵に近付いて、顔の前で手を振ってみたりしたけれど、少し瞬きをするだけで、やっぱり見えていないみたい。

 

 私の葬儀が終わってしばらく経ち、鎮守府は私がいない生活へと適応しつつあった。

「相棒よ、貴様が居なくなって何日か経ったが……この鎮守府に『新しい提督』が着任するようだ」

 どんな奴か楽しみだな、と武蔵は私の部屋で、遺品を整理しながらひとりごちる。

 

 取り出していたのは少し汚れたアルバム。どうやら、中の写真を皆に配って回っているらしい。

 ……ここにいても退屈なので、私は私のいない鎮守府を散歩してみることにした。

 

 あれからずっと泣いている清霜に、それを慰め続ける朝霜。

 大淀は、事態の整理に追われているようで、目の下に濃い隈を作りながら、書類整理に追われている。

 みんな慌ただしくも、現状に適応しようとしているみたいで、少しだけ、考えてしまう。

 

 結局私の居場所なんて見つけられずに、執務室に帰ってきてしまった。

 ……試しに武蔵に向かって「武蔵」と呼びかけてみる。彼女の肩が一瞬ぴくりと動いたような気がしたけれど、何事もなかったように、遺品の整理を進めている。

 やっぱり、私の事は見えも聞こえもしないらしい。

 

 退屈しのぎに、皆を驚かせでもしようと思ったけれど、そういう訳にも行かないようだ。

 武蔵の手元を見てみる。あぁ、そうこれこれ。武蔵が来たばかりの時の写真。腕を組んで、私からそっぽを向いて。まだ全然心を開いてくれなくて、大和に窘められてたっけ。

 

「……あの時から、もっと話しておけば良かったな」

 彼女の後悔。

「そんなこと無いよ」

 語りかけても、その言葉は部屋に響く事もなく消えていった。

 頁を捲っても捲っても、私と武蔵の写真ばかり。たまに挟まっている、他の艦娘達の写真を、彼女は傷つけないように、慎重にアルバムから取り外していく。

 

 私と武蔵の写真だけに純化されたアルバムを小脇に挟んで、武蔵は執務室を出る。

 部屋に閉じこもる川内に代わり、写真を受け取る神通に、写真を見て泣き崩れる那珂。

 皆自分なりの方法で、喪に服しているようだ。

 それを見ても、何もできない私が歯痒い。

 

 次に武蔵が向かったのは、彼女の自室。

 そういえば、武蔵の部屋なんて入ったことがなかったし、入る機会もなかった。

 どうせバレないのだし、少し覗いてもいいだろう。私は彼女に続いて部屋に入る。

 

 目の前に広がったのは、思ったよりも簡素な部屋だった。目ぼしいものといえば、ベッドの端に追いやられた、くたくたの熊のぬいぐるみだったり、作りかけの艦船模型だったり。

 ……その隣には、私が最後に抱いていたぬいぐるみが、大事そうに布団に寝かされていた。

 

 ふと、事務机の上を見ると、一枚の写真があった。

 私、それに武蔵と大和の三人で、いつだか撮った写真。もしかしたら、三人で撮った初めての写真だったかもしれない。

 私も、二人の輪の中に入ってもいいんだって、あの時嬉しくなったっけ。

 

「この写真、取っておいてくれてたんだ」

 私が彼女の背中に話しかけると、武蔵は肩を震わせるだけで、何も言わなかった。

「……新しい提督が、あの椅子に座るそうだ。……吐き気がするな」

 私のぬいぐるみを抱きながら、ぽろりと溢れた彼女の本音。まるで私の頭を撫でるときみたいな優しい手つきで、ぬいぐるみの頭を撫でる。

 

「相棒……ここに、いるんだろう?」

 無いはずの心臓が、どきりと脈打つのを感じる。その呟きはあまりに小さくて、ぬいぐるみの綿の中に吸い込まれていくようだった。

 はじめて見る彼女の涙が、ぬいぐるみの頭を濡らす。

 私は武蔵の頭を撫でる。その手はすり抜けてしまうけれど、彼女の暖かな体温だけは、感じ取ることができた。

 

 結局武蔵には私のことが見えていなかったみたいで、そのままベッドの上から起き上がり、私をすり抜けて何処かへ行ってしまった。

 

 私が皆の前からいなくなって暫くの時が経ち、新しい提督の元での生活に皆が慣れてきた頃。

 ふと、自分の手を見ると、向こうの景色が鮮明に透けていた。執務室に漂う、武蔵の淹れた珈琲の香りも、もうわからない。

 彼女の背中に触れた時の、僅かな抵抗感すら今はもう感じなくなっていた。

 

 ――そろそろ私が死んでから、四十九日が経つ。

 死者は四十九日を過ぎると、彼岸へ導かれるというが、私はどうなるのだろうか。別れの予感だけが、足元に溜まってゆく。

 

 そして、四十九日目の朝――。

 鎮守府の中庭に、私はいた。朝霧へと自分の身体が溶けてしまったみたいに、私の目には、自分の身体すら見えなくなっていた。

 

「待たせたな、――」

 朝の深い霧の中、私の目の前に武蔵が姿を見せる。

 彼女は私の『本当の名前』を呼ぶ。すると、狭窄していた視界は開け、春の暖かい風が、二人の間に吹き抜けた。

 私は武蔵に手を引かれ、中庭から海へと歩き出す。

 

「もうここには、貴様の席も、私の居場所もない。『新しい提督』なんぞに、お前との想い出を汚されてたまるか!」

 そのまま彼女に抱きかかえられ、海へと駆け出した。彼女の背負った艤装が、腹に響くような咆哮――空砲を鳴らした。

 それは、この世に残された者たちへの最後の別れであり、私たち二人の新しい門出を祝う礼砲だ。

 陸から聞こえていたはずの波の音も、朝露の気配も、その一撃で遠くへ弾き飛ばされた。

 潮風を切り裂き、私たちは沖へ、沖へと進んでゆく。

 

「どこまで行くの?」

「決まってるだろう? 『行けるとこまで』だ!」

 結局彼女はずっと、私の事が見えていたのだろうか。私の声が、聞こえていたのだろうか。いや、そんな事もうどうでもいいのだ。

 今、私と武蔵が一緒なら、それでいい。

 

 後に残されたのは、誰もいない執務室の、まだ温かい珈琲の香りが染み付いた空気。

 そして、武蔵のベッドの上で、誰に抱きしめられるでもなく静かに横たわる、ふたつのぬいぐるみだけ。

 私と武蔵が、どこで、どんな風に笑っているのか。

それを知っているのは、あの日私たちが駆け抜けた海と、空の色だけだった。




武蔵がどうなったかは決めてません

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。