世間知らずな辺境伯令息の家庭教師は途轍もなく偏屈です。 作:ummt
「フン!!許嫁とはいえ、新入生のチウリップ・シーンチィ女史を影で甚振っていたとなれば、生徒会役員として到底看過できるものではない!!只今を持ってリュウ・ベンソーン女史との婚約を破棄をさせてもらう!!」
あまりの出来事に口から泡が出てバターンと倒れてしまった。
「ど、どうしたデイヴィス!?なぜお前が倒れる!?」
なぜ辺境伯の令息の家庭教師の募集が勲功爵の自分の元にまで来たのかを身をもって叩きつけられた。
「大丈夫ですか?デイヴィス様。」
リュウ様が白い御手を差し出すのを見て、胸に手を当てながらゆっくりと立ち上がりながら右膝を地面につけ跪き、頭を垂れた。
「お気遣い感謝致します。リュウ様。」
その手には直接触れず、手の甲に忠誠の口づけをするような仕草をしてから立ち上がり、再び頭を垂れた。
「デイヴィス!!今しがた僕はリュウ・ベンソーンとの婚約を破棄
「公衆の面前で御子女に恥をかかせるんじゃありません!!」
思い切り仕えているはずのティリー・ギアリウム辺境伯令息の頬をビンタして吹っ飛ばすと、ティリー様は埃を舞い上げてズサッと会食会場のフロアの床を衣服で拭き上げた。
場はシーンと静まり返っている。
「ティリー様!?だ、大丈夫ですかぁ!?ヤムチャみたいなになってますけど……。」
チウリップ様が慌てて走り寄ったため、ドレスに足を引っ掛けてズザザっと重なり合うように転んだ。
みろよ、屍の山みたいだぜ……生きてるんだ、これでも。
ふぅと一息つくと両手をパンパンと叩いて右手を上げた。
「如何でしたでしょうか?これが巷の書物で流行りの婚約破棄で御座います。身体を張って演技をして頂いたティリー様に大きな拍手をお送りください!!」
すると、パラパラと拍手があちこちから始まって、何とも言えない壊れた扇風機くらいの音量で鳴り響いた。
そしてティリー様とチウリップ様をズルズルと引き摺って控室に運び入れると、ティリー様は意識を取り戻した。
「デイヴィス!!いきなり主人を殴る奴がいるか馬鹿者!!」
「あの場で首を切らなかっただけ恩情だと思えバカチンが!!」
クワッと叫ぶとティリー様は怯んだ。
この隙に次の攻撃、にはしない。
「うう……転んでしまいましたわ……。ふわぁ……。」
チウリップ様も目をこすりながら大きく口を開けて欠伸をした。
「チウリップ様!!欠伸をするなら手で口を隠すか扇子で隠しなさい!!」
すると慌てて口をパーで隠した。
「私はチョキを出しました。私の勝ちです。」
「ティリー様、婚約破棄というのは……いえ、婚姻というのは家と家との繫がりだと言うことをご理解していただかないと。」
最近のガキは最低限のマナー、いや、配慮を知らないから困る。
「リュウとはベンソーン家とギアリウム家が決めた許嫁であって恋愛結婚ではない!!」
だからそれを言ってんだよ。
「ティリー様、メンツというのは分かりますか?ギアリウム家はこの地域の防衛の任を課せられています。そしてベンソーン家はこの地域を包括する防衛の任を課せられています。分かりましたね。」
ティリー様はヤレヤレというポーズをして首を振った。
「それくらい分かっている。同じ防衛の任」
「ベンソーン家は公爵家なんだよ!!ロン閣下とあなたの父上であるレバロン卿では位が違うんだよ!!」
再び手をあげるのは体罰に厳しくなった昨今の状況を鑑みて、振りかざした手で指を天に差した。
「天井電源……ありますかね。」
「電源は電気式のシャンデリアがあるので、あるんじゃないでしょうか。」
振り向くとリュウ様が首を傾げてこちらを見て佇んでいた。
「先ほどは大変失礼しました……。」
再び頭を下げる。
ついでにティリー様の頭とチウリップ様の頭を掴んで無理やり下げさせる。
「痛い痛い!デイヴィス!!女性に対して勝手に手を触れてはいけません!!」
うわ、びっくりした。
いきなり常識を言ったのかと思った。
「どうか……ロン閣下にはご内密にお願いいたします……。」
辺境伯子息が辺境伯が取り付けた婚約を破棄し、あろうことが大勢がいる前で娘に恥をかかせたと知ったらただではすまされない。
「ええ、気にしていませんわ。婚約を破棄するなら双方の家の話し合いになりますから。」
ホッと胸をなで下ろす。
私まで領地や財産剥奪、最悪爵位を取り上げられるかとヒヤヒヤした。
ヒヤリハットでもこんなKYトレーニング事例は無いぞ。
「デイヴィス!!僕は認めないぞ!!僕は」
「だまらっしゃい!!」
「よかったわ〜まだパーティーは終わってないのね〜。」
チウリップ様は呑気に取り皿へ大量のカップケーキを積んだ。
「チウリップ様、1種類を独り占めしてはいけません。」
そう注意するとカップケーキを戻そうとしたので慌てて止める。
「ああ、一度手をつけたものを戻さない!」
ハラハラして生きた心地がしない。
「ティリー様は何をご所望ですか?」
チウリップ様の隣で不貞腐れているティリー様に代わって取り皿を持った。
「僕はチウリップの手料理以外口に」
「持て成すホスト側の事を考えなさい!!」
無理やりエクレアをティリー様の口に突っ込んだ。
「ティリー様は招待客!!出された料理に手を付けないなど無礼千万!!お呼び頂いた学校長様、いえ、料理番達に申し訳ないと思わないのですか!?」
「フガフガフガフガ」
エクレアを上下に動かすティリー様の左手を胸に移動させて耳元で叫んだ。
「せめてもの詫びの印……いや、学校長と料理番達に恭順の意をしめしなさい!!」
取り皿をティリー様に渡すと、なんだか全てがどうでもよくなり『一番可愛いカップケーキ』を探し始めた。
従者とか関係ねぇ、甘い物が食べたい。
「デイヴィス様、お時間を頂戴してもよろしいかしら。」
カップケーキに齧りついたタイミングでリュウ様から話しかけられて、コクリと頷く。
まずは咀嚼してからだ。
「ふふ、なんだかリスみたいで可愛らしいわ。」
え、そんな頬に詰めてパンパンみたいな食べ方した!?
「……ん、と……はい。お見苦しい所をお見せしてしまい、大変失礼しました。」
頭を下げて空いているスペースにリュウ様をエスコートする。
「私、ずっとデイヴィス様とお話してみたかったの。」
なんでだ?
ベンソーン家のロン閣下の直属騎士として働いていたから、『あいつ語録がタフなんだよな』みたいな話をされたのか?
「は、はあ……そうでしたか。」
それくらいしか言えない。
10代の子との話題の接点がない。
カラオケでも未だに『熱帯夜』とかいれて踊るしな。
「騎士として勤め、特に防衛の要であったとお聞きしています。例のサラマンダーよりずっと速いワイバーンの群れが町を襲ったとき、あなたの策でワイバーンを退けたと伺いました。」
リュウ様は目をキラキラと銀テープのように輝かせて羨望の眼差しでこちらを見た。
「はは……その話は何れまた、何処かで。」