Isolated Days―搾取された先にある誠の生き方― 作:完結の陽炎
学園祭の狂騒が終わった日。
幕切れと共に校舎から熱を奪っていく。
復帰した田中は、委員の座へ戻ってきた。
それにより、清浦刹那が固執した委員代行問題は、公的な解決を迎える。
学園祭で絶え間なく押し寄せた他者の要請。
その荒波は凄まじいものがあった。
迷子を導いたり、ゴミを拾ったり、荷物を運んだり。
あまりに色々なことがありすぎた。
その濁流に身を任せて奔走した代償。
それは自己の精神が燃え尽きてしまったことだ。
(一人って……こんなにも自由だったのか)
誠は乾いた感傷に浸っていく。
他者に求められ、搾取され続けた成れの果て。
真っ白な灰となってしまったのだ。
情熱も、執着も、
誰かと繋がりたい欲望すらも。
砂の城のように崩れ、生命の海へと消えてしまう。
恐れていたはずの孤独という概念。
今の彼には、何者にも侵されない聖域に感じた。
その心境の変化で、周囲の人間関係を線引きする。
隣のクラスにいた少女。
加藤乙女とは中学時代の友だち。
隠しきれない熱量を持ってアピールを重ねて来られても。
誠の心は凪いだままとなった。
どれほどアプローチされても、彼の返答は一定である。
「ごめん加藤……今は一人でいたいんだ」
誰かの特別になる『情緒コスト』。
今の精神経済が破綻した誠では払えない。
もう彼は、自分という存在を切り売りしたくないのだ。
季節は巡り、二学期の終わりが近づく頃。
誠を巡る人間関係の軸の一つであった西園寺世界。
親のパリ転勤に連れて行かれるように転校した。
彼女がどんな涙を流し、どんな未練を叫んだのか。
誠は知らない。
ただ距離を置き、関わらなかったから。
それはまるで、遠い街で起こった風聞のように淡いものだった。
教室の片隅で空席となった机。
差し込む冬の日差し。
世界が去っても、誠は静かになったという意味しか持たない。
むしろ、そのほうがありがたいとすら思えてしまう。
ノイズがないことで自分を癒させる。
一人でなりたい人間の気持ちがわかった。
誰の期待も背負わず、誰の視線も計算せず、ただそこに在る。
搾取の果てに辿り着いた境地。
他者から見れば虚無に見えるかもしれない。
それが彼にとって、かつてない純度を持つ静かな喜びだ。
放課後の教室。
琥珀色の光に満たされている。
誠は座席から動かずに窓を眺めた。
しばらくすると、扉が微かな音を立てて開く。
委員としての実務を終えた刹那。
誠は音のした方へ一度だけ視線を投げる。
何を確認することもなく、再び窓の外へと意識を戻した。
「……」
刹那は、声をかける術を失ってしまう。
口を開くことができない。
誠が纏うその透明な静寂。
それは泥を投げ入れを許さない神聖さを持っていた。
今の彼に触れることは、取り返しのつかない冒涜になる。
精密な彼女の理性が、そのように警告していた。
かつては、流されるがままに翻弄された彼。
自分の管理下に置くべき迷子であったはずの青少年。
だが、目の前にいる彼は違う。
もはや誰の指先も届かない。
峻険な孤島の佇まいを見せていた。
「……」
彼との間に横たわる沈黙の境界線。
それを刹那は踏み越えることをしなかった。
足音を忍ばせ、彼から数歩離れた別の窓際へと移動。
誠が眺めている景色へ、同じように視線を重ねてみた。
同じ高度、同じ角度、同じ残照。
そうすることで、彼を変質した正体。
断片だけでも、理解できるのではないか。
刹那はそう考え、静かに景色を眺めた。
(悪くない。清浦がそこにいるのに、少しも気にならない)
誰かの視線は、常に彼を縛り付けていた。
だが今は、隣に誰がいようと関係ない。
彼の内側にある一人の領域は侵略されない。
刹那という個体すら、彼にとって景色の一部に過ぎなかった。
一方、刹那の思考は、過去の断片を静かに手繰り寄せている。
(世界は、伊藤が好きだった。けれど、もうパリに行き、ここにはいない)
世界の想いを知り、隣の席という特権を譲り渡した。
そんな影へと徹していった日々。
世界の幸福が、自分の義務であると信じていた。
だが、今の誠の背中を眺めて思う。
そんな過去の演算がひどく無意味に思えてきたのだ。
(好きとか、嫌いとか……もう、そういう次元じゃない)
かつて抱いた淡い熱情や、親友への義理立て。
あるいは彼を管理下に置こうとした執着。
それらすべてが、今の彼が放つ個の輝きの前では、子供じみた感傷だ。
今の誠は、愛されることも、理解されることも求めていない。
ましてや誰かに導かれることも、必要としていなかった。
――彼はただ、そこに在る。
完成されていく孤独。
それを前に、刹那は自分が抱えた恋愛が、ひどく記号的で、奥行きのないものに思えた。
静かに目を伏せてしまうほどに。
窓から差し込む光。
二人の間に明確な境界線を描く。
感情の重力から解き放たれて自由を望む。
そして同じ地平で静かに呼吸をしていた。