Isolated Days―搾取された先にある誠の生き方―   作:完結の陽炎

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第3話:不可逆のパラレル

放課後の下校時刻。

校門が閉じる乾いた音が、背後で余韻を残して消えた。

その音に押し出されるようにして、誠と刹那は並んで歩き出す。

これは意図した並走ではない。

距離を取る理由も、先を急ぐ理由も、今の二人にはもう残っていない。

ただ、道がそこにあり、二人の歩速が等しい。

物理的な事実だけが、隣同士で進むことを成立させていた。

 

「……」

「……」

 

駅までの道に、会話はない。

その必要もなかった。

靴音だけが規則的に重なり、冬の冷たい風が制服の端を無愛想に撫でていく。

沈黙は重くない。

むしろ驚くほどに軽い。

重さを持つはずの感情は、この数日間の消耗の果てに、すべて削ぎ落とされていた。

 

駅のホーム。

鉄の匂いと遠いアナウンスが混じり合う空間。

二人はベンチに腰を下ろす。

ここには学園のような重圧はない。

誰かの思惑も、責任の押し付けも届かない。

ただ電車を待つ一点のみ、二人は同じ場所に存在していた。

 

低い唸りを上げて、金属の塊がホームへ滑り込む。

ブレーキの風圧が、刹那の髪と赤いリボンをわずかに揺らした。

 

彼女が立ち上がる。

その動きに迷いはないが、決断とも違う。

ただ、順序に従って体を動かすような、無機質な移行。

ドアが開き、車内の白い光が外界を切り取る。

 

「……」

 

刹那が一歩、車内へ踏み出した瞬間。

誠は、ベンチに座ったまま軽く手を上げた。

小さく、控えめな、しかし一点の躊躇もない動作。

その顔に、かつての伊藤誠はもういなかった。

他者の視線に怯え、期待に流されていた不安定な輪郭は溶け去り、そこには驚くほど澄んだ静けさが宿る。

 

まるで憑き物が落ちたかのような、慈愛にさえ似た、凪の表情。

 

刹那は、その顔を閉じる間際のドア越しに見た。

分断される直前の、わずかな保留期間。

彼女もまた、手を上げた。

同じ高さ、同じ速度。

けれど、その掌に乗せられた意味は、きっと違うはずだった。

 

重いドアが閉まり、金属音が関係の境界線を確定させる。

電車が動き出し、誠の姿はホームの奥へと引き伸ばされるように溶けていく。

残されたホームには、冷たい風だけが戻ってきた。

 

誠は、ゆっくりと手を下ろす。

何かを終わらせるためではなく、ただ、そこに必要がなくなったから下ろす。

それだけの動き。

彼は一度だけ空を見上げ、それから視線を落とし、次に来る電車を待った。

帰路という言葉すら、もはや強い意味を持たない。

ただ、移動という現象が続いていくだけだ。

 

一方、加速する車内。

刹那は立ったまま、自分の掌を見つめていた。

さきほど振った手のひら。

そこに残っているのは温度でも記憶でもない。

もっと曖昧な言葉になる前の『余白』だった。

 

「……」

 

声にならない音が喉の奥で止まる。

彼女は感情を外へ放つ技術を持たない。

代わりに、内部だけ精密に処理し、蓄積する。

だが今、その処理装置は機能を停止していた。

 

誠がした最後の表情。

あまりに軽い「さよなら」。

それは救いなのか。

それとも、何かが成立したことの証明なのか。

 

どちらでもいいはずなのに。

どちらでもない何かが。

胸の奥に澱のように残る。

窓に映る刹那の顔は、相変わらずの無表情。

しかしその輪郭の奥で、わずかな揺れだけが消えずに続いている。

 

「……」

 

静かにゆっくりと拳を握る。

消えない何かを封じ込めるかのように。

それをしっかりと確かめるように。

だが、どれほど強く握っても、それは消えない。

 

ただそこに在るだけの感情。

名前を与えられる前の、未分化の気配。

電車は夜の街を貫き、光が線となって流れていく。

刹那はその揺れの中。

もう一度拳を解き、自分の掌を見つめ直した。

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