Isolated Days―搾取された先にある誠の生き方― 作:完結の陽炎
二年生の冬。
世間がクリスマスという情緒的な狂奔に浮かれる中。
誠はマンションでリソースの管理に追われていた。
母は繁忙期のピークで不在。
代わりに誠が引き受けているのは、妹・止の世話焼きだ。
父である沢越止は、年末の多忙を理由に娘を息子の元へ丸投げした。
誠にとって、父は血を提供しただけの不誠実な端末に過ぎない。
だが、幼い止にその歪みのツケを払わせるのはあまりにも残酷すぎる。
「止、ラディッシュのパフェ、食べたいか?」
「たべたーい!!」
止の歓声が答えだった。
だが、誠の思考は即座にリスクヘッジへと向かう。
(あんな露出が激しく、血気盛んな輩の溜まり場に止を連れて行けるか。テイクアウトだ)
原巳浜の店舗へ向かう。
最近、治安維持のために男性店員が導入されたというログを脳内で照合する。
店内に入ると、チンピラ風だが妙に整った顔立ちの男が立っていた。
名札には『間瞬』とある。
(……目が、清浦に似ている)
刹那から聞かされていた父の断片的な情報。
女癖の悪さ、沢越止と同類とする人間。
(清浦が「瞬さん」と他人行儀に呼ぶ理由、この目つきだけでお察しかな)
わざわざ「清浦の父親ですか」などと地雷を踏む趣味はない。
誠の目的は止のパフェの回収である。
その男の人生に関与することではない。
事務的な決済を済ませて店を後にする。
帰宅後、無邪気にパフェを頬張る止。
それを視界の端に入れながら、刹那に一報を入れた。
『間瞬。あれ清浦の父親? ラディッシュにいたぞ』
場所が変わって清浦のマンション。
クリスマスであろうと関係ない。
聖夜事件の推理小説を読んでいた。
一息つけようと栞を挟んでの紅茶で一息。
そんなときに誠からの着信メール。
携帯の画面で操作して内容をチェックした。
「……」
刹那は動じない。
たった一文を打ち込んで送信ボタンを押す。
『伊藤、瞬さんに何か言った?』
すぐに返信は来ない。
携帯の入力に時間がかかるからだろう。
数分が経過してから返答があった。
『テイクアウトして即退散。地雷を踏む趣味はない。止にパフェを食べさせるというミッションを完遂しただけだ』
地雷の単語。
それだけで、誠が正しく状況を流したことを察した。
刹那が誠に父の情報を流したのは、彼が不誠実な暴露をしないと読み切ったからだ。
それをしても、誠にとってのメリットが何一つない。
火の粉を被るだけの損失となるからだ。
『賢明。瞬さんは、深入りすると人生が穢れる。関わらないのが最高のセキュリティ。止ちゃん、喜んでる?』
『ああ、止にとってはサンタよりパフェだ。清浦はどうなんだ。お母さんが仕事だろ?』
『……うん。お母さんはラディッシュの外科手術で最終段階。本社のサーバールームに詰めきり。一人で、マトリカリアの茶葉を消費中』
それだけ西園寺親子がやらかした損失は大きい。
今年の赤字経営は避けられないだろう。
倒産に追い込まれないよう、刹那舞は迅速に手腕を振るっていた。
『西園寺のパリ行きで、そこまで事態が深刻になるなんて。本当に洒落にならない出来事だったんだな』
『世界の体調不良は既知の必然。「親友だから」という情緒で押し通し、無理な運用を強行した踊子さんの経営判断は、致命的なバグ。お母さんは今、その後始末で徹底的に叩き潰している』
ここから誠のメールが方向転換をする。
過ぎたことはどうにもならないから。
今ということに変更したのだろう。
『清浦、うちに来るか? 止も清浦がいれば喜ぶし。サンタより清浦のほうが止には有益だ』
『不愛想な私が行っても、止ちゃん怖がるかもしれない』
『懐くよ。プレゼントがあれば』
それから数時間後。
誠のマンションのドアをインターフォンで鳴らす。
刹那の姿に華美な装飾など一切ない。
機能性を重視したダウンジャケット姿だ。
だが、その手には小さな紙袋が握られている。
誠がドアを開き、刹那は素早く入った。
「……止ちゃんに画材。……伊藤には、これ」
誠へ差し出したのは、最新の大学図書館・攻略ガイド(非売品)。
誠の瞳が止のパフェへの食いつきと同じ輝きを放った。
止は「きようら」と、刹那の腰に抱きつく。
刹那は表情を崩さない。
だが、その小さな手で止の背中を優しい手つきで撫でた。
早速とばかりに止がお絵描きを始める。
サンタやクリスマス、トナカイや鈴など盛り沢山だ。
誠がココアをいれて刹那にカップを手渡す。
「瞬さんのこと、お母さんに言うのか?」
「……言わない。お母さんにとって、あの人は償却済み負債。今更蒸し返しても、仕事のパフォーマンスが落ちるだけ」
「まあ、そうだろうな」
誠としても、自分の父である沢越止のことがある。
離婚して家族がバラバラに散らばった悲劇。
そこには人間関係の信用が微塵も存在していない。
「清浦、ラディッシュにいることを知りながら、その人に会わないのは、もうその人に対して何も望んでいないからか?」
「私の人生において、不良債権の損切りに過ぎない」
「そうか。まあ、俺の方は次から黒田の実家にあるスイーツおおはらへ変更かな。あっちで止が気にいるならラディッシュの代替および開拓になるだろうし」
黒田光のノイズこそあれど、泰介がいれば機嫌良くなるだろう。
止は好奇心旺盛だから、ラディッシュが絶対というわけではない。
二人の亡命者は、依存も、偽りの愛も、過去の亡霊も。
すべてを最適化の炎で焼き払い、さらなる『凪』の深淵へと潜っていった。