Isolated Days―搾取された先にある誠の生き方―   作:完結の陽炎

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第16話:確率論のシンクロニシティ

三年間ずっと同じクラスになれるかどうか。

それは統計学上、1%から2%という極めて低い確率である。

特定の二人が連続で保ち続けるのは、奇跡といってもいい。

 

「というわけで泰介。俺らは三年目、流石に別のクラスになる方に賭けるよ」

 

春休み最後の日。

誠は泰介に電話で宣言をした。

長年の付き合いもこれで最後だろうと。

 

「いやいや、誠。俺たちの腐れ縁を舐めるなって。俺らは三年連続で同じだろ、きっと」

 

泰介は根拠のない楽観主義。

シンプル・イズ・ベストな笑声に乗せて返す。

彼にとって、誠と同じクラスにいることはデフォルト設定なのだ。

 

「問題は泰介、お前だけじゃない。黒田も二年連続で俺らと同じだという事実。確率で言えば、どっちか片方が俺と被るかもしれない」

 

誠は手元のメモ帳に、想定されるクラス編成のノイズ分布図を書き殴った。

泰介、黒田、そして……。

誠の脳裏に、マッドレッドのボールペンを持つ少女の姿が浮かぶ。

 

(清浦は、一昨年は同じだったが去年は別だった。また外れる可能性が高いか……)

 

1学年4クラスの編成。

特定の人を引き当てる確率は決して高くない。

これまでの経験則から導き出される予測。

そこから一つの結論を指し示した。

 

(下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。知り合いの何人かは同じクラスになるだろうな)

 

誠は黒いペンを置く。

窓の外の春の夜を眺めた。

明日、掲示板という名の出力装置が、彼の一年間の運命を規定する。

 

「ま、明日になればわかる。……賭けの代償は、昼飯一回分でいいか?」

 

「おう、いいぜ。俺の勝利を楽しみにしてろよ」

 

泰介の無邪気な声と共に通話が途絶える。

誠はマットブラックのペンを置き直す。

せっかくだからと刹那へメールを送った。

 

『五分五分の計算から、あえて「外れる」に賭ける。清浦は今回のクラス替えをどう見る?』

 

刹那とは同じクラスになれない。

そんな誠の予想に対し、刹那はどう答えるのか。

数分後、端末が短く振動した。

 

『件名:Re:無題

 回答:同じクラスになる。

 根拠:榊野学園のクラス編成アルゴリズムには、成績と出席番号の相関による「平準化」というバイアスが存在する。双方のステータスを統合した場合、同一のノイズ抑制ユニットとして配置されるのが、システムにとって最も合理的。……期待値は78%以上』

 

小難しい用語を並べても気にならない。

文脈の癖や構造で判断すればいいからだ。

それならばと、誠は即座にパッチを当てるように返信する。

 

『期待すればするほど裏切られるのが世の流れ。人の運命は数字で測れない。同じクラスになったら清浦の勝ち、別なら俺の勝ち。賭けは成立だ。もし俺の予想が当たったら、次はメモ帳を買ってもらおうかな。自信がないなら降りてもいいぞ』

 

『件名:Re:無題

 回答:賭けは受理。……私が勝った場合、ペンのインクを補充するため、純正リフィル(赤と黒)を要求する。……継続的な知の運用には、予備のバックアップが不可欠』

 

同じクラスになるという結論。

そこに微塵の疑いも抱いていない。

それどころか、一年後のインク切れを見越したメンテナンス費用を請求してきた。

 

 

翌朝。

榊野学園の掲示板の前。

自分の運命を閲覧しようとする生徒たちの人だかり。

その中で、群衆の背後から、検収するようにリストをスキャンする。

 

「……ふむ」

 

誠は小さく息を吐く。

そこには、確率のアルゴリズムが弾き出した『3年3組』の陣容があった。

一昨年と同じクラス番号。

まるで円環を描くようにして誠を再び3組へ戻してきた。

そして泰介との結果は、すぐに判明した。

 

「げぇ嘘だろ! 誠がいねえ!!」

 

「泰介、何組だ?」

 

「4組だ……」

 

「俺は3組。賭けは俺の勝ちだな。昼飯一回分、約束通り奢れよ」

 

「ち、ちくしょう!! 三連覇の夢が!!」

 

「それなら泰介と黒田で、奇跡が起きてるぞ」

 

誠の指摘に、泰介は隣の列、3年4組のリストを凝視した。

そこに澤永泰介と黒田光の名が、腐れ縁という強固な絆として並んで刻まれている。

 

「……うわ、本当だ。光と同じかよ。誠、お前がいなくて光がいるって、俺にとってのハードモードじゃないか?」

 

「諦めろ。泰介をまともに中和できるのは、黒田の罵声だけだと学園が判断したんだろう」

 

二人の関係に誠は深入りしない。

光が泰介に不機嫌なちょっかいをかけるツンデレであろうと関係ない。

誠は次に、もう一人の当事者を探す。

赤いリボンを纏った小柄な姿は、すぐに認識できた。

 

「……」

 

静寂を纏う無表情な少女の隣へ。

誠は音もなく進んだ。

同じ視線で、掲示を追う。

 

「伊藤」

 

刹那の、鈴を転がすような、しかし感情の起伏を一切排した声が鼓膜を叩く。

彼女は3年3組のリスト。

上から数番目にある自分の名と、そこから数行下にある『伊藤誠』の文字列を、指先で交互にポインティングした。

 

「……」

 

誠は黙り込むしかない。

78%という期待値。

それを、彼女は平然と現実に変換してみせた。

 

「今回の賭け。……私の勝ち」

 

「……イカサマでもしたか?」

 

「してない」

 

そう疑ってしまうのも無理はない。

彼女なら、運命のコードさえ書き換えてしまいそうな存在感がある。

ワールドな不正プログラムをハッキングもせず、彼女はただ、必然を手繰り寄せた。

刹那はわずかに顎を引き、当然の帰結であると告げる。

 

「伊藤。約束、忘れてないよね?」

 

「メールが証拠として残ってるからな。口約束なら言った言わないの水掛け論に持ち込まれていたぞ」

 

「声も、録音で証拠になる」

 

不敵な少女を前に、誠は苦笑してリストの続きを見た。

すると見知った顔の女子が一人。

 

「刹那、今年も一緒だね。よろしく」

 

「んっ、七海。よろしく」

 

「甘露寺も3組か。清浦とは三年間、皆勤賞だな。泰介と黒田の三連覇に続いたか」

 

「あはは、ま。あっちは澤永と光の腐れ縁で納得だけどね。刹那、伊藤と同じクラスで嬉しいでしょ?」

 

「七海の想像に任せる」

 

3年4組には加藤乙女、山県愛、田中の名があった。

 

(加藤と三年間、一度も同じクラスにならないというのも、ある意味で奇跡と言えるのか……?)

 

マッドブラックのボールペンでメモをする。

新年度のクラスで静かに思考の奥底へ格納していく。

近くで春桜が風のように舞っていた。

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