Isolated Days―搾取された先にある誠の生き方―   作:完結の陽炎

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第5話:亡命の図書館

――自分のために生きたい。

 

その決意とは裏腹に、現実の課題という刃が喉元へ突きつける。

窓の外を眺め、精神の凪を受け取るのは容易い。

だが、それだけでは人生の土台を築くことができない。

 

(勉強に熱中する……っていうのも、違うよな)

 

教科書を開くたびに湧き上がる。

これが将来なんの役に立つのか?

全学生が抱くであろう不毛な問い。

歴史が証明し続けるその答えなき反乱。

今の誠は身を投じる気になれなかった。

 

(バイトをするのもな。……止(いたる)のこともあるし)

 

時折、父のもとから泊まりに来る幼き妹。

兄として止の世話を焼く。

それ自体を忌避しているわけではない。

だが、それもまた無自覚な搾取の一形態ではないか。

もちろん止は少しも悪くない。

両親の離婚、そしてあの歪な血縁という不条理に巻き込まれただけ。

もっとも無垢な被害者は止である。

 

父の親権に移った止、母の親権に残った誠。

かつては父に対して激しい嫌悪を抱いたこともあった。

だが、今の誠はそれさえも虚しく、滑稽な執着に思える。

 

(時間と感情を無駄。期待もしない。ただひたすらに、無価値だ)

 

自分がどう在りたいか。

その一点に思考を絞る。

妹への情愛さえ、今の彼にとって、精神を摩耗させるのかもしれない。

 

自分という空虚な器を満たすため。

確かな指標を見つけたい。

 

(とりあえず、適当に歩いてみるか)

 

今までも流されてきた。

その精神性のままアテもなくふらふら歩く。

ふとした瞬間、公共図書館が視界に入った。

立ち止まり、ぼんやりと入口を見つめる。

 

(見るだけならタダか)

 

別に明確な目的があったわけではない。

学校の図書室と違って、見知る者は誰もいない。

隣の席で老人が新聞を広げていても、

主婦が雑誌をめくっていても、

自分はただの一人の利用者として風景に溶け込める。

その圧倒的な匿名性が、今の誠にとって何よりの報酬だった。

 

(さて、何から始めればいいのか)

 

整然と並ぶ書架。

十進分類法に従って体系化された、膨大な言語の集積。

目的もなく、まずは背表紙の列をなぞりながら歩き始めた。

誰かの期待に応えるための勉強ではない。

誰かを口説くための語彙でもない。

ただ、空っぽになった自分という器に、

何かしらの重みを与えてくれるテキストを求めた。

 

「……」

 

試しに開いた重厚な装丁の本。

数分してから、そっと棚に戻す。

哲学という棚に並ぶテキストの数々。

想像よりも遥かに濃厚すぎた。

難解な迷宮で一頁ごとに頭の奥が重く軋むほどに。

何を語ろうとしているのか。

まったくもってサッパリわからなかった。

 

(今の俺には、まだ早いのか。それとも、単に合わないだけなのか)

 

隣の棚へと視線を移す。

鮮やかな帯がついた自己啓発の本。

『君は変われる』『成功する習慣』など。

そんな心強いフレーズが躍っている。

 

以前なら真に受けていたかもしれない。

誰かに「こうしろ」と指針があれば救いだったはずだ。

だが、今の誠を支配するのは、強烈な拒絶反応。

頁を捲るたびに、著者の意図が土足で、自分の内面をかき乱していく。

そんな不快感が募ったのだ。

 

(嫌だな、これ)

 

自分で考えることを放棄し、他人の指図に従え。

そんな理不尽さで目が汚れる。

せっかく他者からの搾取を逃れ、一人の静寂を手に入れたというのに。

自分の生き方を操られてしまうのを激しく拒む。

 

他人の用意した答えではダメだ。

今の誠にとって、あの学園祭の雑用と同じ外部からのノイズでしかない。

そのため他の棚を見て回っていくと。

 

(図書館に漫画やラノベがあるのか)

 

かつての自分なら、迷わずそのあたりの棚を選んでいただろう。

手軽なエンターテインメントに身を委ねたはずだ。

だが今は違う。

その本ではしゃぐことも、その誘惑に屈することもしない。

娯楽は一種の逃避でしかないからだ。

 

誰かが描いた華やかな物語に没入する。

それは自分という現実を一時的に麻痺させるだけ。

根本的な解決にならない。

本を閉じれば、また何もない自分へ引き戻されてしまう。

 

(今の俺のためになる本なんて、見つかるのか)

 

さらに書架の深層へと足を進める。

色鮮やかな表紙も、扇情的なタイトルもない。

ただ、淡々とした事実の羅列。

実用的な知見だけが詰まった、静かな領域。

 

一冊の地味な実用書の背表紙に指をかける。

誰かを喜ばせるためでも、

誰かと盛り上がるためでもない。

ただ、この現実で、自分として立っていくための技術や知識を求める。

より硬質で、より孤独な、

自分だけのライブラリーを作り上げようとしていた。

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