Isolated Days―搾取された先にある誠の生き方― 作:完結の陽炎
誠のデスクに置かれたのは、偶然にも似た名前を持つ少年が、欲望の末に血の海へと沈む物語。
『School Days』の文庫本と漫画、および数枚のディスクだった。
事の発端は、誠が進めた自室の徹底的な模様替えにある。
不要な娯楽を処分するため、澤永泰介に譲渡した。
後日、その返礼として押し付けられたのがこの一群である。
「いらなくなったから誠にやるよ」
そんな泰介の言葉を、誠は断る手間を惜しんで受け入れた。
記録されたあり得たかもしれない自分の成れの果て。
嫌悪感すら湧かない。
ただ、バグだらけのソースコードを眺める無機質な視線を向けた後。
これを冷徹な演算の徒である、清浦刹那へと預けて依頼した。
「清浦。この主人公の行動を、客観的に批評してくれ」
「わかった」
その数日後。
誠の自室に招かれた刹那。
一切の情緒を排除したトーンで、その分析結果を提示した。
「脆弱なセキュリティと、無限ループに陥ったエラーの集合体」
「手厳しいな」
「分析する価値すら希薄な、失敗作のシミュレーション。優先順位(プライオリティ)の概念が決定的に欠落している。性欲という短期的かつ安価な報酬に釣られ、人間関係の破綻――すなわち、不可逆なシステムダウンを予見できていない。これは知性以前に、生存本能としての欠陥品」
刹那の指が、凄惨な結末が描かれたページを鋭く叩いた。
それは、物静かな彼女にしては珍しい。
明らかな拒絶の意思表示を見せた。
「特に、複数の異性と同時にセッションを維持しようとする行為。リソースのキャパシティを無視した無謀な多重アクセス」
「本の『比較読み』みたいにはいかないよな」
「結果として、サーバーである主人公は熱暴走を起こし、最終的には物理的な破壊――『ナイスボート』という強制終了を招いている。エンターテインメントとしての刺激はあっても、実学的には最悪の非効率と言わざるを得ない」
刹那の瞳には、論理的な苛立ち以上のものが宿っていた。
誠がもしこのエラーと同じ道を歩んでいたら。
自分たちが今築き上げている静謐な知の要塞は存在しなかった。
その可能性に対する、彼女なりの静かな義憤である。
「この主人公、ヒロインに対して『体』ばかり求めている。触れたいのが男の本能として当たり前だ、という開き直りが露骨すぎる。……ヒロインが最初になぜ拒絶したのか、その本質を全く理解していない」
誠の脳裏に、かつて言葉の背後に感じた『警戒』という鋭い刃が蘇る。
もし泰介が不用意に触れようとしていたら。
防衛本能の居合によって、再起不能なまでになぎ倒されていただろう。
羊の皮を被った狼を叩き起こす。
そんな愚か者の末路を想像してしまう。
「触れるということは、相手の領域を侵食することだ。その恐怖を経験すれば、『男が怖い』という言葉の反応は、極めて正常な防衛本能だと納得がいく。……俺は、言葉に触れたあの瞬間の経験を通して、それを学んだ。だが、この作品の主人公は、重要なヒロインの情報を取得しようともせず、自分の欲望を押し付けているだけだ」
「そう。彼は対話ではなく『上書き(オーバーライト)』を求めた。だからデータの衝突(コリジョン)が起きて、破綻。……伊藤、今のあなたにとって、この本とディスクは、ただの『ゴミ』としての価値でしかない」
「俺の性欲が暴走し、道を間違えていたら、こうなっていたかもしれない。そう思「俺の性欲が暴走し、道を間違えていたら、こうなっていたかもしれない。そう思うと、完全な他人事とは思えなくてな。……ところで清浦、この作品の中には、君に似たヒロインまで、欲望のままに喰われているぞ」
「笑止。この『私』は、誰かのために自分を犠牲にすることに酔っている。……今の私は、そんな非合理なプログラムじゃない。私は、自分の価値を正しく理解している」
刹那は冷淡に一蹴した。
運命というバグを自らの知性で修正しきっている。
そんな勝者としての宣言となっていた。
「清浦、この作品でおまじないの盗撮が始まりの発端となっている。よくある流行りなのかコレは?」
「確かに、私たちの現実でもそんな噂がある。でも、あれを正当化できる理由はどこにもない。ただのコンプライアンス違反であり、情報の不正取得、非論理的」
誠は頷く。
主人公が信じたおまじないという欺瞞。
今の誠が手にしているのは、そんな安っぽい魔法ではない。
言葉と築き上げた対話という鋼の現実である。
「伊藤、これを桂さんに見せたらダメ。こんな無価値なコンテンツで、桂さんの情緒を消費させるのは不衛生」
「こういうのは清浦の領分だと思ったから依頼したんだよ。冷静に構造を分解してくれると思ったから」
「うん。でもやるのは一度だけ。二度もこんなくだらないことにリソースは割かないから」
「同感だ。結局は消費型コンテンツの歪みなんだろうな。どこかで破綻させないと売れないという市場の都合だ」
誠は、依頼した資料のすべてを刹那に手渡した。
自分に似た欠陥品が、自分と大切な仲間を蹂躙した記録。
それはもはや、焼却されるべき歴史の残滓だった。
「清浦。これを任せるよ。そっちのやり方で、後腐れなく処分してくれ」
「了解。……この不衛生なデータ群、私の手で完全にデリートしておく」
部屋に流れる沈黙は、かつてないほど澄んでいた。
二度と繰り返されることのないデバッグ作業。
誠と刹那は、偽物の自分たちが流した返り血を、知性の光で静かに拭い去った。