if超かぐや姫 5人のかぐや   作:あいずーも

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二話

 視界がふっと反転し、足の裏に硬い石畳の感触が伝わってきた。

 十年ぶりの仮想世界《ツクヨミ》。

 パンケーキ状の大地の上に築かれた和風ファンタジーの街並みは、私の記憶の中と何も変わっていない。

 空には極彩色の光の魚たちが悠々と泳ぎ、遠くからは賑やかな祭囃子が聞こえてくる。

 

 私は自分の手を見下ろした。狐の耳と尻尾が生えた、少しだけくたびれた仮の姿。

 十年前、かぐやと一緒にこの世界を駆け抜けたプロデューサー『いろP』の姿だ。

 感傷に浸っている暇はない。

 

 頭を振って、空中に光の地図を展開する。

 先ほど現実の部屋で消え去ったヤチヨの最後の声が耳の奥にこびりついて離れない。

 

 彩葉のパンケーキ、食べたかったな。

 そう言って彼女は消えた。

 表示された地図を見て、私は思わず眉間に皺を寄せた。

 

 五つの光の点はツクヨミの端っこ、華やかな繁華街から外れた薄暗い路地裏の一点に固まっている。

 人混みを避けながら足早に路地裏へと向かうと、そこには奇妙なものが浮かんでいた。

 

 思わず息を呑む。

 絢爛豪華なツクヨミの景観には全くそぐわない、錆びついたトタンのドア。

 十年前、私が家出して最初に住み着いた、あの隙間風だらけのボロアパートの扉がポツンと浮かび上がっていた。

 

 心臓が嫌な音を立てる。

 私はそっと手を伸ばし、冷たいドアノブを回した。

 ギィィと立て付けの悪い音がして、扉が開く。中は見慣れた極小スペースだった。

 息が止まりそうになる。

 

 そこにすし詰めになっていた。

 五人の少女たちが。

 顔はみんな同じだ。

 

 私がいやというほど見つめ続けた、十年前のあのかぐやの顔。

 ヤチヨの姿ではなく、私と一緒に暮らしていたあの生意気で最高な顔。

 でも頭の上で揺れている髪の色が五人とも全く違った。

 

 赤、青、黄、緑、紫。

 

 着ている服までバラバラで、毛皮を羽織っていたり、古臭い着物を引きずっていたり、鎧の一部みたいなものを身につけていたり、私が見慣れた黒Tシャツとピンクの短パン姿だったり。

 

 全く統一感のないひどい有様だ。

 ドアを開けた私を見て、五人の動きがピタッと止まる。

 

「彩葉?」

 

 見慣れた黒Tシャツ姿のかぐやが、ぽつりと呟いた。次の瞬間。

 

「彩葉ああああああああっ!!!」

 

 鼓膜が破れるかと思うほどの絶叫と共に、五人が一斉に飛びかかってきた。

 

「ちょ待っ、重っ!」

 

 ドサァッ! と勢いよく畳に押し倒される。

 

 物理的な質量を持った五つの塊が、私の全身にまとわりついてきた。

 

「うわあああん! 彩葉だ、本物の彩葉だぁ!」

 

 真っ先に私の腰に抱きついた黒Tシャツのかぐやが、ぐしゃぐしゃに泣き顔を歪めて私の首元に顔を埋めてくる。

 

「やだやだ! ここ、全然あったかくない! ギュってしても彩葉の心臓の音聞こえないじゃんかぁ!」

 

「当たり前でしょ、仮想の体なんだから! てか匂い匂いって、ただの変態になってるから! 鼻水つけないで!」

 

 私が引き剥がそうとすると、今度は毛皮を羽織ったかぐやが私の頬に思いきり噛みついてきた。

 

「あぐっ!……むーっ、全然味しない! 偽物やだ! 彩葉が焼いた、あのちょっと焦げたパンケーキ食べたいのーっ!」

 

「痛い痛い! かぐや、頬肉かじるな!」

 

 パニックになる私の背後では、十二単を引きずったかぐやが私の着ている仮想のパーカーの布地に顔を突っ込んで、フンスフンスと荒い鼻息を立てている。

 

「ダメ! 全然ちがう! 曲作ってくれた時の彩葉の汗の匂いがしないよぉ! こんなの『いとあはれ』じゃない、ただの地獄じゃーん!」

 

「匂いなんかあるわけないでしょ! かぐや、ただの変態になってる!」

 

 さらに町娘の姿をしたかぐやが私の肩を激しく揺さぶる。

 

「やだいっ! こんなの彩葉の声じゃない! 作られた音じゃなくて、彩葉の本当の声が聞きたいのさーっ!」

 

 鎧を身につけたかぐやまで私の背中をさすりながら喚き散らす。

 

「彩葉ぁーっ! 背中触っても何も感じない! こんなの彩葉じゃないやい、ぬくもりをよこせーっ!」

 

 うるさい。重い。

 そして何より、愛が重すぎる。

 ヤチヨが消えてこの五人に分かれた理由は分からない。

 

 でも、この五人のかぐやたちは、全員が私を求めて駄々をこねる幼児のように泣きわめき、すがりついてくる。

 狂おしいほどの執着と泣き顔の可愛さのギャップが異常すぎて、頭痛がマッハだよ。

 

「ああもう、鬱陶しい!!」

 

 私は背中の袋から巨大なブーメランを引っ張り出すと、その平らな部分で五人の頭を順番にペチ、ペチ、ペチッと叩いた。

 

「痛っ!」

 

「いい加減に、かぐやたち、並んで座りなさい!!」

 

 私の怒号に、五人のかぐやは犬のように耳を伏せ、四畳半の畳の上に綺麗に一列になって正座した。

 

 大きく息を吐き出す。

 全く、相変わらず手のかかる子たちだな。

 私は乱れたパーカーの襟を正した。

 

 十年ぶりの再会がこれだ。

 本当にムードもへったくれもない。

 

「あんたたちが五人に分かれた理由は今はどうでもいい。とにかく、あんたたちを現実のあの身体に入れるための機械が盛大に壊れたの」

 

「えっ」

 

「それを直すには、目が飛び出るくらいの莫大なふじゅ〜が要る。あんたたちに本物のパンケーキを食べさせて、私の体温を教えてやるための修繕費よ」

 

 私は腕を組み、五人の顔を睨みつけた。

 

「ここで味がしないって泣く暇があったら、死ぬ気で働きなさい」

 

 私の言葉を聞いた瞬間、五人のかぐやはパァァッと顔を輝かせた。

 

「働けば、彩葉と一緒に本物のパンケーキ食べられるの!?」

 

「彩葉の匂いも体温も全部もらえるの!?」

 

 五人の動機は完全に私との生身の同棲生活ただ一点のみだ。

 単純で健気な彼女たちは一斉に立ち上がり、やる、私たち絶対やる、と拳を突き上げた。

 

「よろしい。十年前は目立たない、許可なく外に出ない、私の邪魔をしないってルールだったけど、今回は真逆。嫌ってほど目立って、世界中の人たちからふじゅ〜を巻き上げるわよ」

 

「おーっ!!」

 

 綺麗にハモる五人。

 なんだこの連帯感。

 

「あんたたち五人を束ねて、アイドルユニットとしてデビューさせる。まずはユニット名を出しなさい」

 

「はいはいはいっ!」

 

 毛皮を羽織ったかぐやが勢いよく手を挙げた。

 

「『もぐもぐ彩葉パンケーキ隊』だぞ!」

 

「長いし欲望がダダ漏れ。却下」

 

 十二単のかぐやが身を乗り出す。

 

「天下布武、『彩葉絶対包囲網』!」

 

「犯罪の匂いしかしない。却下」

 

 町娘のかぐやが胸を張って言う。

 

「『超いろは組』!……なんてのはどう、彩葉?」

 

「私の名前メインにするな。却下」

 

 黒Tシャツのかぐやが自信満々に叫ぶ。

 

「やっぱこれっしょ!『かぐや&いろP・リターンズ』!」

 

「長い。それに今回は私が裏方に回るから私は表に出ないの。却下」

 

 次々と出てくるどうしようもない名前の案に、私は頭を抱えた。

 この子たちに任せた私が馬鹿だった。

 

「ストップストップ。あんたたちの絶望的なネーミングセンス、十年前から何一つ成長してないじゃん。もう私が決める」

 

 私はピシャリと言い放ち、五人の顔を順番に見渡した。

 

「The KAGUYAS。これで行くわよ」

 

 瞬きをする間があった後、五人は顔を見合わせて、パァッと満面の笑みを浮かべた。

 

「The KAGUYAS! かっこいい!」

 

「彩葉が決めた名前! 最高!」

 

「私たち、The KAGUYAS!!」

 

 ワーキャーと騒ぎながら、狭い四畳半で無邪気に円陣を組み始める五人のかぐやたち。

 ああもう、うるさいな。

 私はガンガン痛むこめかみを押さえながら、その場にどっこいしょと座り込んだ。

 

 とりあえず初配信の企画を考えなきゃいけない。

 

「かぐや、企画書くから一回黙って寝てて」

 

 私の言葉なんて全く耳に入っていないかのように、パンケーキ、彩葉、と楽しげに飛び跳ねる五匹の迷子犬たち。

 先行きはとんでもなく不安だけど。

 それでも、十年ぶりに聞いた彼女たちの騒がしい声は、私のドロドロになった脳みそに、どんな特効薬よりもずっと深く優しく染み渡っていた。

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