if超かぐや姫 5人のかぐや   作:あいずーも

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三話

 初配信の準備というのは、どうしてこうもゴリゴリと寿命を削り取っていくのだろう。

 久々の機材操作。

 画面のレイアウト調整に、マイクの接続テスト。

 仮想空間のスタジオ設定。

 やることは山積みなのに、私の背後では五人のかぐやたちが狭い四畳半の部屋でどんちゃん騒ぎを繰り広げている。

 

「彩葉ー! この服の帯、どうやって結ぶのー!」

 

「彩葉、お腹すいた! ここの畳かじってもいい!?」

 

「彩葉ぁ、どこにも行かないでね! ずっとかぐやたちのこと見ててね!」

 

 五方向から飛んでくる容赦のない要求に、私のドロドロになった脳みそは悲鳴を上げていた。

 一人の時でさえあんなに嵐みたいだったかぐやが、五人に増えたのだ。

 これはもうプロデューサーの仕事を通り越して、何かの荒行に近い。

 

「ちょっと! 今忙しいから大人しく座ってなさい! 畳はかじらない! 歯が欠けるでしょ!」

 

 私が怒鳴ると、五人はビクッと肩をすくめてシュンと正座する。

 本当にどうしてこう極端なんだろう。

 ため息をつきながら、私は配信用モニターの最終チェックを終えた。

 

「よし、準備完了。記念すべき『The KAGUYAS』の復活配信、一番手はあんたよ」

 

 私が指名したのは、赤い髪を揺らした毛皮姿のかぐやだ。

 企画名は『巨大モンスター討伐』。

 仮想世界《ツクヨミ》の果てにある危険地帯に放り込み、襲いかかってくる巨大な化け物を倒すという、シンプルかつ見栄えのするアクション配信だ。

 

「いい? かぐや。あの化け物を派手に倒せば、見ている人たちがたくさん『ふじゅ〜』を投げてくれる」

 

「そうすれば、本物のパンケーキに一歩近づくからね。くれぐれも変なことはしないでよ」

 

「まかせて! かぐや、彩葉のために化け物いっぱいやっつける!」

 

 毛皮のかぐやは元気よくガッツポーズをした。残りの四人は画面に映らない位置で「がんばれー!」と手を振っている。

 うん、素直でよろしい。

 私は少しだけ深呼吸をして、配信の開始ボタンを叩いた。

 待機画面が切り替わり、メインカメラの映像が世界中へ向けて繋がり始める。

 画面の向こう、荒涼とした岩場に立つ赤い髪のかぐやが、当時と全く変わらない無邪気な笑顔でカメラに向かって手を振った。

 

『かぐやっほ〜! The KAGUYASの、えっと……赤色担当! かぐやだよー!』

 

 その瞬間だった。

 私の目の前にあるモニターの視聴者数が、信じられない速度で跳ね上がり始めた。

 一万、五万、十万。

 カウンターの数字が壊れたように回転していく。

 そして、画面の端をリスナーのコメントが雪崩のような勢いで埋め尽くした。

 

『え』

『は?』

『嘘やろ』

『本物か???』

『待って待って待って』

『赤髪!? 服どうしたww』

『ヤチヨの覇者きたああああああ』

『卒業したはずじゃ!?』

 

 コメントの勢いが凄まじすぎて、文字が完全にブレて読めない。

 たった一ヶ月で百万人のファンを獲得し、伝説の卒業ライブと共にツクヨミから姿を消したトップライバーの帰還。

 長い月日が流れても、かぐやが残した熱狂は《ツクヨミ》の底でずっとくすぶり続けていたのだ。

 画面の向こうで、かぐやがえへへと誇らしげに笑う。

 

『みんな久しぶりー! かぐや、また彩葉のところに戻ってきたんだ! 今日はね、でっかい化け物をやっつけるよ!』

 

 かぐやが宣言したのと同時に、岩場の奥から地響きと共に巨大な猪の化け物が姿を現した。

 見上げるほどの巨体。鋭い牙。いかにも凶悪なボスモンスターだ。

 コメント欄がさらに加速する。

 

『ヌシきちゃ』

『これ絶対やばいやつ』

『竹筒ロケランどこいったww』

『無双タイム開幕』

『戦闘助かる』

 

 十万を超えるリスナーたちが、かぐやの華麗なアクションを期待して固唾を呑む。

 私も画面の前で拳を握りしめた。そう、その調子で派手にぶっ飛ばして──。

 

『パンケーキの邪魔をするなーっ! いただきまーす!!』

 

 次の瞬間、私の思考は完全に停止した。

 かぐやは武器を引き抜くどころか、無防備な姿のまま化け物の太い前足に向かって跳躍し、思いきり抱きついてそのまま直接噛みついたのだ。

 化け物が痛みに咆哮を上げ、かぐやを振り落とそうと激しく暴れ回る。

 しかし、かぐやは全く離れない。

 それどころか、化け物の牙がかすって体力を示すゲージが減っているはずなのに、そんなものは完全に無視して泣き叫び始めた。

 

『……やだっ! なにこれ、砂みたい! 全然ちがう!』

 

 画面の向こうで、毛皮のかぐやが化け物の腕にぶら下がったまま大号泣している。

 

『こんなのいらない! 偽物やだぁぁぁっ! かぐやは彩葉が作った、あの水と粉だけのパサパサのパンケーキがほしいの! 彩葉のパンケーキ出せぇーっ!』

 

 熱狂していたコメント欄は一瞬で凍りつき、直後に凄まじい困惑の嵐が巻き起こった。

 

『草』

『は?』

『噛んだwwww』

『素手(物理)』

『なんで食おうとしてんだよww』

『被ダメ無視してて草』

『パンケーキ?』

『泣いてるやんけwww』

 

 放送事故だ。

 完全に放送事故である。

 

「ちょっと! 復活の初配信で何やってんの! 武器を使いなさいって言ったでしょ!」

 

 私はたまらずマイクに向かって叫んだが、化け物の腕にしがみついたかぐやの耳には全く届いていない。

 

『パンケーキ! 彩葉のちょっと焦げたやつ! あったかいやつ! うわあああん、彩葉ぁぁぁ!』

 

 化け物が激しく暴れ、かぐやがぽーんと宙を舞う。

 危ない、とヒヤリとしたものの、かぐやは空中でくるりと身をかわし、今度は化け物の鼻先にしがみついて再び噛みついた。

 もう見ちゃいられない。

 このままじゃ化け物を倒す前に、復活配信がただの狂気空間として終わってしまう。

 

「ああもう、限界っ!!」

 

 私の万年寝不足の頭の中で、何かがブチッと切れる音がした。

 私は机を蹴り飛ばし、裏方に徹するという自分への誓いをあっさり投げ捨てて、そのまま配信の空間へと強行突入した。

 その瞬間だった。

 配信画面が突然真っ暗になったかと思うと、ズバァァァン! と画面を十文字に切り裂くような炎の軌跡が走った。

 そして、やけに達筆な極太の筆文字が、画面中央にバーンと打ち出されたのだ。

 

『限界プロデューサー いろP 参戦!!』

 

 誰よ、緊急介入機能にこんな大乱闘な演出を仕込んだのは。

 これを考えたヤツの胸ぐらを掴んで小一時間問い詰めたい衝動に駆られながらも、私は上空から岩場へと猛スピードで落下していく。

 ご丁寧に、流れていた音楽まで、どこかの誰かが全員集合して殴り合いそうな勇ましい楽曲へと切り替わっている。

 

 私は地面にドスゥンと重い音を立てて降り立つなり、背中の袋から巨大なブーメランを引き抜いた。

 

「いい加減にしなさい!!」

 

 ブーメランは唸りを上げて飛び、かぐやを振り落とそうとしていた化け物の脳天に激突して、そのまま巨体を光の粒子に変えて吹き飛ばした。

 

 ドサッ、と地面に尻餅をつくかぐや。

 

「いたっ! ……あ、彩葉!」

 

「彩葉じゃない! 配信中は『いろP』って呼びなさいって昔から言ってるでしょ!」

 

 私はかぐやの前にズンッと立ち塞がり、手元に戻ってきたブーメランの平らな部分で、かぐやの頭を軽く叩いた。

 

「いてっ! なにするの彩葉ぁ!」

 

「何するのじゃないわよ! ポリゴンを齧って満たされるわけないでしょ馬鹿! あんたの歯がボロボロになったらどうすんの!」

 

「だって、だってぇ……」

 

 かぐやは涙目で私を見上げ、ぎゅっと私の腰に抱きついてきた。

 

「彩葉のパンケーキが食べたかったんだもん……。何にもない世界なんて、もう嫌なんだもん……」

 

 ぐすんぐすんと鼻を鳴らすかぐや。

 さっきまでの野生児みたいな暴れっぷりはどこへやら、今のこの子はただの迷子の子供だ。

 私は大きくため息をついて、怒るために振り上げた手をゆっくりと下ろし、かぐやの赤い髪をポンポンと乱暴に撫でた。

 

「……だから、そのために今働いてるんでしょ。後でちゃんと本物食べさせてあげるから、これ以上私の睡眠時間を削るような真似しないで」

 

「ほんと!? 絶対ね! 彩葉、大好き!」

 

 パァッと顔を輝かせて、私の狐耳にすりすりしてくるかぐや。

 本当に、どうしようもない。

 私が頭痛を堪えてこめかみを押さえていると、ふと、視界の端のコメント欄がとんでもないことになっているのに気がついた。

 

『いろP!?』

『いろPきたああああ』

『物理鎮圧で草』

『猛獣使いwww』

『限界オカン助かる』

『愛が重い』

『てぇてぇ』

 

 そして、画面いっぱいに眩い光の結晶が降り注ぎ始めた。

 リスナーたちが他者を感動させ、心を大きく動かされた時に投げ込まれる想いの結晶。

 莫大な量の『ふじゅ〜』だ。

 

『おかえり!!!』

『最高のコンビ復活おめでとう!!』

『胃薬代置いとく』

『いろPの睡眠時間のために!』

『パンケーキ食わせてやってくれ!』

 

 次々と投げ込まれるふじゅ〜の嵐に、私は口をパクパクさせたまま固まってしまった。

 かぐやの予測不能な暴走と、私のヒステリックな説教。

 まさか昔と何一つ変わらないこの泥臭いやり取りが、世界中のリスナーたちの心をここまで狂喜乱舞させるとは思ってもみなかった。

 

「……まじか」

 

 私は降り注ぐ光の結晶を見上げながら、呆然と呟いた。

 

「アタシ、頑張ったでしょ! 彩葉!」

 

 腰にしがみついたまま、かぐやがえっへんと胸を張る。

 私は力抜けしたように笑い、もう一度だけかぐやの頭を撫でた。

 

「……お疲れ様。あんたは本当に手のかかる、私の自慢のかぐやよ」

 

 修繕費を稼ぐまでの先行きはとんでもなく不安だし、胃に穴が開きそうだけど。

 それでも、画面を埋め尽くすほどの光の結晶は、私たちが現実に帰るための、たしかな希望の光だった。

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