同居人+1 作:CBR
(ゲスの幼少期を男の娘設定にしたのはマジでその場の思いつきです。特に深い意味はないのです)
おばさんに明日図書館で女の子と遊んでいいか尋ねたら、「あらまぁ!」と彼女は少女のようにはしゃいでOKのサインをくれた。
「あなた一人で行っても問題なさそうね。図書館への行き方は紙に書いてあげるわ」
ついでにバスの代金+@のお金もくれた。僕が昨日大枚叩いて買った『人体解剖学』への感想といえば、僕に「鈍臭い子+不思議ちゃん」のレッテルを貼る結果に終わった。この本をその女の子と見る予定だと伝えたら、さらに狐につままれた顔をされた。
翌日、僕はバックパックの紐を肩に食い込ませながら紙に書かれたバスに乗った。降車するバス停で降りるとすぐ目の前が図書館で、入り口付近に立ち、時計を見ながら彼女を待った。
「あっ…
「やあ、ソリッド」
今日のチェッカは髪をハーフアップにしていて、ノースリーブのシャツに長ズボンの格好………。
(へ、ヘソ出しシャツだって!!?)
僕でなきゃ見逃していた。ガッツリ肩を出していると見せかけて、ヘソまで出していたってことにね…!
今脳内ネモが、「お腹なんて出してたら風邪引くぞ」ってうら若き女の子に注意している。
「おまえのドジぶりだとてっきり遅刻してくるのかと思ったが、時間通りに来ていたな」
「え、えへへ、まあね!」
集合時間の1時間前には到着していたから当然だ。女の子を待たせるわけにはいかないからね。
「では中に入ろう」
「うん!」
彼女の後ろを歩いた時、大人の女性が使うような香水の匂いがふんわりとした。
○
チェッカは僕の一つ年下らしい。彼女はネモとはまた違った博識な人物で、特定の分野に造詣が深い。
知能が高い人ってこういう人のことを言うんだろうな。時折専門知識がスラッと出てきては、首を傾げる羽目になる。
「人間が首を切断された場合、どれほど意識を保っていられるかいくつかの話がある」
一つは近代科学の父とも呼ばれる化学者『ラヴォアジエ』の実験。
ラヴォアジエはフランス革命の恐怖政治下で、ギロチン処刑に科された。その際首が落ちた後、自分がどれだけ意識を保てるか、可能な限りまばたきすることを弟子に約束したそうだ。この結果は10数回で終わったとのこと。
ただしこの話は創作の可能性が高く、当時の記録にもこの実験の記述は一切存在しなかったらしい。
もう一つはボリュー医師の観察記録だ。こっちは実際の報告が残されているって。
「これは1905年にフランスのガブリエル・ボリューという医師が死刑囚の処刑後に行った観察だ。
死刑囚アンリ・ラングイユの首が切り落とされた直後に名前を呼んだところ、ラングイユの目が開き、ボリューに視線を合わせたそうだ。
その後まぶたが閉じ、もう一度呼ぶと同じ反応を繰り返したとある。時間としては30秒の出来事だ。
だがこれは、現代だと死後の筋肉のけいれんや神経の死後反射で起こった可能性が高いと考えられている」
「…つまり、自分の意思でまばたきしたって正確な記録はないってことか」
「そういうことになる」
チェッカの話は興味深かった。同時に死ぬ間際の人間はどんなことを考えて死んでいくんだろうかとか、死んだ後の人の精神はどうなるんだろうかとか、好奇心が湧く。
ただ漠然とした『死』というものを考えると、少し怖い気もした。
ネモが僕がうっかり死にかけるたびに、必死になって守ろうとしていた理由が分かる気がする。
「死ぬことって、きっと怖いことなんだね」
「それが人間の『本能』というものだ」
チェッカはえくぼを深めて楽しそうに、あるいは面白そうに? 笑う。
「人間だけじゃあない。ほかの動物も死を前にすれば生物としての本能的な恐怖を抱く」
「動物にそこまでの考える知能があるのかな?」
「『目』を見ていれば分かる。やつらの瞳から精気が消える時、そこには確かに恐怖が存在する。ならばハエや植物にも生命の活動が止まる時、本能的な恐怖が電気信号となって送られているかもしれない」
「ヘェー…」
まるで本当に動物を殺して、そいつらの死ぬ様子を観察してきたような口ぶりで彼女は話すなあ。
『このガキはヤバいぞッ!!』
「君は実際に動物を殺して観察したことがあるの?」
『待っ……自ら地雷に飛び込むなんじゃあない!!』
「そんな
確かに動物を殺すなんて可哀想なこと、できないよね。彼らにも人間と同じように命があるんだから。
僕だって動物どころか虫を殺すこともできない。家の中に迷い込んだアリをわざわざ外に逃してあげてるくらいだ。
「……なあ、ソリッド」
「ど、どどっ、どうしたの、チェッカ?」
チェッカが僕の手を握って、上目遣いで視線を送る。
彼女はまた明日遊ばないかと誘ってきた。ただし今度は図書館じゃない特別な場所で、って。
「動物や虫を観察できるちょうどいい森があるんだ」
「もちろん行くよ!」
親にも内緒で二人きりで会おうだって! もしかしてこれ、僕告白されちゃうんじゃないか!?
でもそうしたら遠距離恋愛になっちゃうな…。どうしよう、こんな時にネモがいてくれたら相談できたのに……。
「じゃあ、また明日。場所は教えた公園の場所でな」
僕はバスの中でチェッカに手を振りながら図書館を後にした。
●
『彼女』は幼い頃から一つの事象に興味があった。
それは生物が体験する『死』というものに関してである。
身の回りで身近な『死』を体験して以来、彼女はその魅力に取り憑かれていった。
周囲に隠れ、生き物が死ぬ過程を観察したこともある。さまざまな方法で殺し、その生き物がどうやって死んでいくのかノートに熱心に記録した。
まるでその姿は
彼女の好奇心は留まることを知らず、ついには人の倫理の天井をぶち破る。
目の前で、今まさに死んでいく人間の姿をじっくりと観たい。
おもちゃ屋で赤いミニカーに心を奪われた少年のようになっていたそんな時、彼女の目の前にチャンスが訪れた。
相手は父親の付き添いでこの街に滞在しているという一つ年上の少年。
自分に好意を寄せているのが丸わかりで、こちらの誘いも二つ返事で了承した。この少年の親が「
森に行く翌朝、彼女はバックパックに手袋や縄、それと昨日適当に買ったワンピースと帽子を詰め込み現場へ向かった。あらかじめ母親からくすねた香水を服にかけてある。着替えは公衆トイレでちゃっちゃと済ませ、準備は万端だ。
「今日の気分は99点だ」
女の格好をしなければ、満点である。
●
森に着いた二人は鳥や虫を観察してから、チェッカの提案で
「チェッカは木登りが苦手なの?」
「バカめ。そんなにわたしのスカートの中身が見たいのか?」
「………そ、そそそっ、そんなつもりじゃ!!」
30からカウントダウンが始まる中、ソリッドは茂みの中ではなく、木の後ろに隠れた。
モネ直伝の技である。こうして木の後ろに隠れることにより、鬼役が来た方向と逆向きに移動することで相手の死角に隠れ続けることができる技だ。モネ曰く、これでナスコディーノで無双できると。
(ナスコディーノをする友だちができた試しがないけど……いや、チェッカがその友だちか! それどころか、彼女は「ソリッドくん、見っけ!」って背後から目を塞ぐ、なんて展開があるんだ!)
そのあと別れ際、チェッカが街を去るソリッドに告白するまでが彼の中で組み立てられている妄想という名の予定である。
『!』
彼がピンクな妄想に浸っていたその時、背後から目に手が回った。
「わっ! 見つかっちゃっ……?」
目元に感じた感触が、人肌のものではない。もっとゴワゴワしており、目の荒い布のようだ。
瞬間、首が圧迫された。
「ガッ……!?」
目元を覆っていた視界が晴れる。ソリッドは首に巻きついた縄に気づき、慌てて緩めようとした。しかし背後からおぶさるように絡みついた足が腕を固定する。真っ赤な顔で彼は後ろを見た。
彼の眼前に映ったのは、至極の笑みを浮かべた少女の表情である。
「なんっ……で、チェッ……!!」
「わたしはこの目で
チェッカは額に汗を浮かべながら興奮しきった様子で語る。
「殺した動物は血を流しながら体をけいれんさせて、やがてぐったりと動かなくなる。アイツらの目から光が消えて死んでいく様子を観察していると、わたしの心はなぜか満たされるッ!!」
「きみ゛っ、やっぱり殺し……!」
「なぜだろうな? それはわたしにも
ギリギリと、ソリッドの気道が圧迫されていく。彼の思考はだんだんとままならなくなり、縄をつかんでいた指の力が緩んでいく。
(死っ……ぬ?)
「さあ、見せてくれ。死にゆくお前の顔を、わたしにッ────!!」
ソリッドの、『彼』の意識が飛んでいく。
一瞬の思考の中で頭を駆け巡ったのは『死』という事象への考察と、それが自分に降りかかることへの恐怖だった。
(死にたく、ないよ。ネモ………)
彼の意識が途切れる。
●
「────えっ?」
『……チッ』
『彼』の意識が戻った時、ソリッドは目の前の光景に動揺した。自分の背後におぶさっていたはずのチェッカが地面に横たわり、顔を真っ赤にしていたからだ。目は今にも白目を剥きそうになっており、酸欠に喘ぐ口の端には泡がついている。
彼は慌てて彼女の上から飛び降り、状態を確認した。
「ど……どうしたの、チェッカ!? 大丈夫ッ!!?」
「ゲホッ!! ………テメー……がっ、おれの首を絞めたん、だ……ろうが……!!!」
「『うわっ、結構しぶといな』………えっ?」
確かに彼の手の中には縄がある。しかもチェッカが自分の首を絞める時に使っていたものだ。
「急に木にぶつけてきたと思ったら……、無言で絞めて来やがって。イかれてんのか…?」
「君が僕に絞めさせたんじゃないの?」
「ンな意味のわからんことするわけねーだろ!!」
「…というか、君が先に僕の首を絞めてきたのが悪いんじゃないか!」
確かに、彼は複数の人格がある点でいえば普通ではない。だがしかし、自分のことを棚に上げて彼を「イかれている」だなんていうこの少女の言い分はおかしいだろう。
うんうん、と彼は首を縦に振った。
「僕が君を殺そうとしたとしても、君が先に僕を殺そうとしたんだから正当防衛だよ。だから僕は悪くない」
「……おまえ、マジに頭のネジが外れてるタイプの人間か」
「君に言われたくないよッ!」
彼もさすがに自分の首を絞めてくる少女に恋心が続くはずもなく、100年の恋も覚めるような感覚だった。
ため息をついた彼が立ち上がり、服についた汚れをはらう。チェッカの首を見るかぎり自分の首にも痕が残ってうそうだったが、それはタートルネックで上手く隠せるだろう。
「いいかい? 頭のいい君なら知っているだろうけど、法律で人を殺すことは禁止されてるんだ。だから人を殺したいからって殺しちゃあダメだよ?」
「………」
「なんで君、シュールストレミングの缶を開けた時みたいな顔をしてるんだ」
バックパックを背負った彼は、ふとよぎった考えを思い出す。
走馬灯のようによぎった『死』に対する考えと、この少女が抱える『死』に対する抑えきれない──それどころか、抑える気のない好奇心。
「君に首を絞められて死にかけた時さ、僕思ったんだよ」
「あ?」
「君が本当に魅力を感じてているのは生物の『死』そのものじゃなくてさ、えーっと……」
彼が死にかけた時抱いたのは、「死にたくない」という強い想い。
そこには死への絶望もあるが、もっと大きな感情がある。「生きたい」という感情だ。
「『生きようとする』生命の輝きなんじゃないの?」
まあ、僕の自論だけど。
そう言い残し、彼は森を去っていった。
一人残された『彼女』はあぐらをかき、「生への求心か…」と、ぽつりとつぶやく。
そして、口角を釣り上げた。
・シュールストレミング
スウェーデンの神父が巡礼土産で持ち込み、巡り巡ってやってきた時限爆弾。
・『人体解剖学』
図書館から帰る時にチェッカの手に渡っている。