同居人+1   作:CBR

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16話 BANG!

 冷たい金属の感覚が手に重くのしかかる。だが妙なことにその感覚が手に馴染んでいた。まるで一度握ったことがあるような──。

 

「私は……」

 

 頭を回す。私がこれを握っていた理由。感触を()()()いるなら、これを私が持っていたというこの男の発言は真実だ。

 なぜこれを握っていた? 思い出すのはバラバラになっていた自分の顔。今は両目の視野が確保されている。傷痕はもしかしたら残っているかもしれない。

 

 私は自分で自分の頭を撃ち抜いたのだろう。撃つだけの理由があり撃ち、この場合は……記憶の破壊を目的としたのか?

 

 やつの目が私を見据える。

 

 破壊した理由はそれが私の『死』に繋がるものだったから、と考えていい。なぜなら私が一番恐れるのは死ぬことだからだ。

 ならばなぜ撃ったのか。

 

 

(────目覚めた、あるいは目覚める悪魔(こいつ)に見せたくない何かがあった?)

 

 

 この考えが正しいかはわからないが、テストで及第点を取れるところまではいっているだろう。

 

 

「オレは自身で名をつけた。『ディアボロ』と。そしてお前も自分で名をつけたのだろう。『ネモ・テルツォ』────Nemo Terzo(存在しない3番目)と」

 

 ゴクリと自分の喉が鳴る。そうだ、深く考えたことはなかったが、私の名前は随分と奇妙である。

 覚醒した人格の順番でいえばこの男が「3番目」であるはずなのに、私がその席に座っている。それも自ら。

 

「貴様はオレが目覚める前からオレの人格が存在すると気づいていたのだ。ただし、どうやって気付いたかまでは知らん。

 そして気づきながらあえて『存在しない3番目』とかいう皮肉めいた名にしたのは、貴様自身がオレたちの中で一番()()であると自覚しているからではないのか?」

 

「……つっても、記憶を自分で壊しちまったからな」

 

「ッハ! あるいは本当に貴様は『悪魔』だとでもいう気か?」

 

 人を心底小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。

 よくもまあ、まだえぐれている傷に塩を塗ってくれる。

 

「貴様がオレに知られたくない事柄があったのは確かだ。しかし貴様が覚えていない以上、それを知ることはできない。カケラがあればまた違ったかもしれんが」

 

「カケラって…私が捨てたカケラか?」

 

 カケラを捨てたゴミ箱の方はすでにこの部屋にない。自称悪魔の方はまた何かを取り出す。それは小さなガラスの破片のようなものである。手のひらに乗せられたそれを「見ろ」と言われたので渋々近づいた。

 目を凝らすと中に何か映像が映る。おぼつかない足取りで自転車を漕ぐ、今よりももっと小さいと思しき『彼』の姿だった。

 

「────ッ」

 

 瞬間、脳に直接電流を流し込まれたかのような衝撃が起こる。

 この光景を()()()()()()()

 

「注視するまで気づかなかったが、貴様のカケラにはお前が体験した記憶そのものが刻まれていたのだ」

 

 私がカケラを手に取る前に腕が引っ込み、シーツお化けの中に吸い込まれていった。

 

「話を戻すぞ。オレがこの銃を渡した意味はわかるな?」

 

「……私に撃てと? そしてあの子を壊せと?」

 

「そうだ。己の目的のためなら小僧を害してでも止めるという、その『覚悟』をオレに見せろ」

 

「…できるわけがない」

 

「ならばあの小僧を止められず、育ての親も巻き込んで貴様は社会的な『死』とやらを味わうだけだ」

 

「………ッ」

 

 カケラに映っていたあの子は4、5歳くらいだった。

 何度も転んでよろつきながら、懸命にペダルを漕いで前に進む。私は手に汗握りながら彼の名を呼び応援していた。

 あれは今の君になるまで、一歩一歩刻んできた軌跡なのだ。忘れていたその記憶を思い出した時、私の心は春の日差しに包まれたかのようだった。

 

 私は『彼』のことを、実の息子のように──あるいは歳の離れた弟のように愛している。

 

 だからこそ、

 

 ────いや、それは建前だ。

 

 

「私が彼のことを壊したとして、絶対に治る確信はあるのか?」

 

 銃口を自称悪魔の男に向ける。やつの動向が一瞬細まったが、取り乱した様子はない。

 

「だからこそさっき貴様で試したのだ。貴様は無くしていた記憶を取り戻しただろう?」

 

「……ああ」

 

「絶対にとまでは言い切れんが、先ほどの実験で記憶が戻ることは証明された。あとは母親にまつわる記憶のみを取り除き、破片を戻せばいい」

 

「…精神を一時的に奪う方法は?」

 

「オレの手の上に貴様の手を置け」

 

「お、おう……」

 

「それから『3、2、1、バンジー』のかけ声だ」

 

「ハ?」

 

 正気を疑う目でやつを見たら、「オレが知るか」と言われた。そういうシステムだからそう叫ぶらしい。そういうシステムを作ったやつはワニワニパニックの歯が必ず当たる呪いにでもかかったらいいんじゃないか?

 

「…わかった。私は君に『覚悟』を見せよう」

 

「手が震えているが、本当にできるのか? 善人(甘ちゃん)の貴様に」

 

「──どうだろうな。()()()にならなければ、覚悟の照準は定まらないよ」

 

 この男は私が彼と対話(という名の最後の説得)をしている間、母親が私たちの前に二度と現れないようにお話しするという。

 少女の首を絞められるこの人間がいったいどんな『お話し合い』をする気なんだ。

 

「……殺すのだけはやめてくれよ。君がどう感じていようと、彼女は実の母親であることに変わりはないのだから。それに………あの子が悲しむ」

 

「記憶を無くせば悲しむことなどないだろう?」

 

「それでも悲しむんだよ。彼の心がね」

 

 記憶を覚えていなくとも、心は覚えている。私が彼と出会った時、不思議な温もりを抱いたように。

 

「この考えが君に伝わらないのなら…それは寂しいことだな」

 

「フンッ……」

 

 もしくは気付いていないだけだったり。図体はデカくとも、この男は3番目に生まれた人格だからな。つまり末っ子だ。生後数年くらいの。

 

 

「手を置け」

 

 

 やつの手が差し出される。この時でも手以外はシーツにすっぽり覆われている。

 この手を握れば私は『彼』を一度殺す必要がある。「殺す」の表現は強いか? 「壊す」?

 いや、どちらにせよ私の手で彼を害すのだ。

 

 すべては君のためであり、義父のためであり、この自称悪魔のためでもあり、

 

 

 私が『死』なないために。

 

 

 

 一度リセットしよう。

 

 リセットコマンドは──何だったか。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

「1日家を空けるが、戸締りはしっかりするんだよ」

 

「もう…分かってるよ、義父さん」

 

「ハハッ、じゃあ行ってくるよ」

 

 学校から帰宅したら昼頃、彼はトランク片手に出かけていく義父の背を見送った。

 今晩家にいるのは彼のみ。動くとしたら今日しかない。

 

 ザァザァとオリーブの木が怪しく揺れ動き、窓ガラスがガタガタと音を立てる。

 彼は日が傾く空を一瞥し、受話器を取った。

 母親の泊まっているホテルに連絡し、ホテルマンに要件を伝える。

 

「『探し物が見つかりました。8時ごろにお待ちしています』とお伝えください」

 

 電話口から間の抜けた声が聞こえた後、すぐに「かしこまりました」とプロの対応で返される。

 これで母親に待ち合わせ時間が伝わる。集合場所は以前遊んだコスタ・ズメラルダの海岸だ。

 金はバックパックに移した。時刻は6時ごろ。昼から何も食べていなかったが食欲が湧かない。その代わりに胃袋へワインを流し込み、プハァと息を吐いてもとを拭った。

 

「…僕はやるぞ」

 

 ネモは結局仲違いして以来表に出てきていない。今はもしかしたら精神の世界で不貞腐れているのかもしれない。

 頭がガンガンと痛む。もたつく足取りで彼は自転車にまたがり、目的地へと向かった。

 

 海岸沿いを漕いでいくと、潮風とともに暗い海が生き物のようにうねりを上げている。まるで船乗りたちを飲み込む怪物のように。

 一身に風を浴びる体は内側からぐつぐつと煮えたぎっている。

 

「うわっ!!」

 

 ふらついた拍子に自転車がガードレールにぶつかり、体が宙を舞って斜面へと投げ出される。

 幸いサイズの大きな石が滑り止めとなり、そのまま落ちることはなかった。

 

「もう……あと戻りはできないんだ」

 

 擦りむいた腕や膝から血が流れる。彼は蛇のようにうねる暗い道をがむしゃらに突き進んだ。

 時折気まぐれに雲の後ろに隠れた月が顔を出し、彼の影を映し出した。

 

 

 待ち合わせ場所に着いたのは7時半過ぎ。

 自転車を上に止め、懐中電灯を頼りに階段から滑り落ちないよう細心の注意をはらって降りていった。

 

 ザァァァ、と巨大な生き物が一面に広がる。

 彼はライトを消すとしゃがみ込み、バックパックを抱えた。瞳を閉じる。

 

「これでいいんだよね? 母さん…」

 

 次第に耳鳴りがし出し、あの音が聞こえ始めた。

 電話だ。この電話をかけていたのはあの慎重居士なのだろうか? それともネモ?

 彼を止めようとしているのかもしれない。

 

「とぅおるるるるん……とぅおるるるん…」

 

「聞かないよ、ネモ。僕はもう『覚悟』を決めたんだ」

 

「とぅおるるるるん、とぅおるるるるん」

 

「ああもう! しつこいな!!」

 

「〈ガチャ〉」

 

「…えっ?」

 

「〈ピィ──〉」

 

「電話が、勝手に…」

 

 

 

『私にも『覚悟』がある』

 

 どこからともなく聞こえてきたのはネモの声だった。その声は壁越しから聞こえているような音量で、ネモ自身の姿は見えない。

 彼は眉を寄せながら無意識にバックパックに耳を当てる。そうすることで音がより近く聞こえる気がした。

 

「君に覚悟があるだって? それっていったいどんな覚悟なのさ」

 

『………』

 

「……なあ、どうして君は姿を見せないの? 僕が言ったことに怒ってるなら、謝るからさ…」

 

『私が「やめてくれ」と言ったら、このまま帰ってくれるのか?』

 

「それは…できないよ。いくら君のお願いだからって……」

 

『………そうか』

 

 ネモの声が途切れ、しばしの沈黙が訪れる。

 話をしながら、彼は怒ったネモがこのままずっと精神世界に立てこもる気なんじゃないかと考えた。母の件は譲れないが、現実を一人で生きなければならない事実は恐ろしい。

 義父を裏切れば、この村ではもう過ごせない。自分の大きな拠り所が消える。

 

「大丈夫だよ。義父さんには申し訳ないけど……母さんと一緒に都会に行こう? そしたらさ、チュッパチャップスだってもっと色々な味があるよ」

 

 一緒に行きたいと言えば、母親は受け入れるだろう。なぜなら母親とは、『子に無性の愛を捧げる』生き物だからだ。

 愛に報いた彼に、母は必ず手を差し伸べてくれる。

 

「君も一緒なら、僕たちはどこでだってやって行けるさ! ………だから、ネモ」

 

 僕の手を取って、と彼は続けた。

 

 

 

 

 

「────あれ?」

 

 

 潮風の匂いと星あかりを映す海が一転して、真っ白な世界に包まれている。

 困惑した彼は目の前に立つ自分(ネモ)に視線を向けた。

 

「もしかして、ここが君が言っていた僕らの精神世界なの?」

 

「…そうだ」

 

「慎重居士さんは…いないんだね」

 

「お前の代わりに外へ出て行ったよ」

 

「………ねっ、ねえ、ネモ」

 

「さっき言ったな。私にも『覚悟』があると」

 

 その言葉に、彼の喉がゴクリと鳴る。普段の温かな視線とは打って変わり、今のネモの瞳に宿るのは冷たい色だった。

 

「銃なんて持ってたら、危ないよ」

 

「一部だけど思い出したんだ。お前がヘタクソに自転車を漕いでた記憶をさ」

 

「どうして僕にっ、銃を向けるの…?」

 

「『どうして』はこっちのセリフだ。どうしてお前は罪悪感を抱きながら、それでも平然とお義父さんを裏切れちまうんだ……ッ」

 

「ねえ、下ろしてよ……怖いよ」

 

(オレ)の育て方がヘタクソだったから、お前はそんな人間になっちまったのか?」

 

「……ッ、君、目が…」

 

「なら(オレ)は、その責任も取らなくちゃいけないよなあ…」

 

 ネモの瞳から涙がつうと流れる。

 恐怖に身がすくんだ彼は一歩、二歩と後退した。カチャ、とセーフティーが外される。

 銃口の照準は彼の頭──。

 

「お願い、やめてよっ……」

 

 懇願。恐怖一色に染まった表情で、彼はネモを見た。

 

 

 

「一緒に『生』きようぜ、これからも」

 

 

 

 銃弾が頭部を撃ち抜くその一瞬、ネモの言葉を聞いた彼の表情に安堵の色が浮かんだ。

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