同居人+1   作:CBR

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19話 ヒゲダンス


 卒業試験が無事に終わり、卒業認定を得た。

 

 理科──特に生物の問題の得点が高く、数学はギリギリといった具合だ。

 語学については私が手を貸している。

 

 卒業試験でいちばんの難関とされる卒業論文(テジーナ)と口頭試問は自分で乗りきった。

 テーマは生物で『サルディニアの固有種について』。

 教師から質問を受け、緊張の汗を流しながらもしっかりと答えていた。

 

 晴れて卒業しリチェオに進学した身だが、勉強量が一気に増え留年の可能性も高まった。

 生物の勉強は楽しそうだが、数学とさらに学生の誰もが苦手とするラテン語(古語)の履修も加わったことで、彼は目を回していた。

 

「なんで今さら使わない言葉を学ばなくちゃいけねぇんだよォ〜〜!!」

 

『私は結構楽しいぞ』

 

「君イかれてるよ!!」

 

 何千ものジグソーパズルを当てはめていくようで私的にはかなり楽しい。語学は身につく実感も感じられるので意欲も増す。

 

「微積分とか統計とか複雑な幾何学の証明とか………うわああっ……」

 

『まあ、頑張ろうぜ』

 

 彼の癒しは自然科学の時間しかない。物理にも数学的な証明がセットだ。

 学年が上がれば哲学や歴史、文学も学ぶことになる。私はこちらが待ち遠しかった。

 

 

 

 

 

 ◯

 

 

「ディスコデビューだ!!」

 

 

 14歳になれば親の同伴なしでディスコに行くことができる。

 ディスコは若者がオシャレをして楽しむ社交の場だ。イタリア人は皆おしゃれで、田舎くさい格好で行くと絶対に浮く。

 彼はどんな服を着ていくか頭を悩ませた。

 

「やっぱりセクシーさが大事だと思うんだよ、僕は」

 

『カッターなんか持って、セーターに何する気だ?』

 

 観察していると、彼はおもむろに胸元に切り込みを入れはじめた。それに腕を通すと谷間(男に谷間って表現が正しいかは知らんけど)が露わになった。

 

「どう? なかなかイカしてない?」

 

『変に奇抜さを出さずとも、カジュアルな格好でいいと思うんだが…』

 

 おしゃれはおしゃれでも、ランウェイを歩く突飛なおしゃれを目指してないか?

 私は普通のおしゃれでいいと思うんだけどな。あとただ切っただけだから周囲がほつれている。それは誰が縫うんだ? 私か? 私なのか?

 

「あとはこことここも切って……よし! さらにイイぞッ!」

 

『こいつに針を持たせたら血まみれになるしな…』

 

 夜、ベッドの上でちまちまと裁縫をする私の姿があったとか、なかったとか。

 

 仕上がりはかなり微妙だった。

 

 

 

 

 

 ディスコに行くにあたって親の承諾が必要なわけだが、義父は「ネモもいるなら大丈夫だろう」とOKを出した。

 ただし未成年なことを踏まえ、飲酒や喫煙、それに怪しい誘いには乗らないようにと教えられた。

 

「ああいった場は薬物のやり取りもあると聞く。くれぐれも節度を守りなさい」

 

「うん、わかった!」

 

「それと行くなら土曜の夜のみにしなさい」

 

「はぁーい…」

 

 14歳になったとはいえ、義父から見れば彼はまだまだ子ども。心配が尽きないようだ。私も同じ気持ちである。

 

 ディスコは隣町にあり、夕方ごろに向かうとすでに人がいた。女子も男子も友人と来ている者がほとんどで、ぼっち参加は彼くらいだった。

 そりゃあそうだ。このような天井からカラフルなライトが降り注ぎ、男女が騒ぎながら踊る場所に一人でくる陰キャはいないだろう。

 内部の熱気に彼はすっかり気圧され、隅っこでオレンジジュースを飲んでいる。

 

『お前も踊ったらどうだ? そのセクシーな服で』

 

「…無理だよ。僕には早すぎたんだ。ここは魔界への入り口だよ……」

 

『周囲のディスコデビューの波に無理に乗ろうとするからさ』

 

 時折通りがかる年上の女子たちが彼を見てはクスリと笑う。その度に彼は耳を真っ赤にしていた。

 服をバカにされたのだと彼は思ったようだが、側から見て彼はいかにも「今日がディスコデビュー初です!」ってのがもろに顔に出ている。その童貞感が笑われてしまっているのだ。

 

「もう僕限界だよ…君が変わって……」

 

『おいおい…』

 

 体にどっと重力が落ちる。体が少々ふらつき、背筋を伸ばすのに数秒かかった。

 

(ヘソ出しは嫌なんだよなぁ…)

 

 セーターを伸ばしてみるが効果はない。グラスにあったオレンジジュースはすでに空で、返却して別のグラスを取った。

 彼が「あっ!」と声を出したが、小言を言われる前にぐっと飲み干す。ぶどうの味が口の中に広がり、体が殴られたようにがつんと熱くなる。

 

『君ってやつはさぁ…!』

 

「おっ? このメロディーは…」

 

 流れてきたのはアメリカのソウル・シンガー、テディ・ペンダーグラスの一曲、『Do Me』である。

 ムーディーな曲に合わせて周囲が踊る中、私もグラスを置き一歩前に出た。

 体がまるで導かれるように動く。両手はテンポに合わせて上下に。時折回転しながら踊った。

 

『ネモ、なんだよその変な踊り…!!』

 

「…? おい、妙な動きをしているやつがいるぞ?」

 

「本当だ。変な踊りだわ……」

 

 周囲の視線が自分に集まってくるのが分かる。酒のブーストも相まって視られている感覚に高揚感が募る。

 この夜を踊り狂って楽しみたい。そんな欲が湧いた。

 

『生き恥を晒すんじゃあないッ!!』

 

 私は曲のアンコールをかけ、再びかかってきたメロディーに合わせて踊りはじめる。

 好奇の視線も何のその、踊り続けていると次第に私の真似をするものがポツポツと現れる。

 やがて会場中が奇妙な踊りに包まれた。

 へんてこだ。へんてこだが、そこが面白い。周囲が笑いに満ちる。

 

「あぁー……目がまわる」

 

 一方で、奇妙な熱気を抜け出た私は踊り狂った影響でバテた。

 

『僕は君がクールなやつだと思ってるけど、たまに変なやつになるんだよねぇ…』

 

「なんか生き恥を晒すなとか怒ってたな」

 

『僕じゃなくて慎重居士さんがね』

 

『絶対に許さんぞ、貴様…』

 

 まあそう言うなって。君も一杯ぐらいワインを飲むか? すでに一杯飲んじまったんだから、一杯や二杯同じさ。

 

「おっ……と」

 

 ワインを取りに行ってやろうと立ち上がったら、体がぐーっと横に傾く。結構度数の高い酒を飲んでしまったのかもしれない。頭は割とはっきりしているが、体が確実に酔っている。

 

「大丈夫?」

 

 華奢な手が私の腕をつかんだ。顔を上げるとスパンコールやラメを服に散りばめた女子と目が合った。プラチナブロンドの髪が輝く。

 

「あなた、さっきへんちくりんな踊りをしてた子でしょ?」

 

「情熱的、と言ってください」

 

「情熱的ィ? …とりあえず水を飲んだほうがいいわよ」

 

 ブロンドレディはコップを取ってきてくれた。それを飲むように言われ胃に流す。…? なんか少し、変な味がしたような…。

 

「あなた見ない顔だし、ここのディスコに来るのはじめてでしょ」

 

「レディは足しげくここで踊り狂っているんですか?」

 

「踊り狂うのがここのルールよ──なんちゃって」

 

 ニッとレディが笑うと白い歯がのぞく。

 私もつられて笑い、二人で踊り狂うことになった。

 

 

 7時を過ぎると大人ぶった子どもの世界に本物の大人の世界が広がり始める。ここいらで未成年は追い出されることになり、それぞれ帰路に着く。

 私は知り合ったレディと点々と並ぶ街灯の下を歩いていた。

 

「へぇ〜、あなた理数系のリチェオに通ってるんだ」

 

「勉強するのは楽しいですよ。学ぶだけ頭に入ってくるのが面白いですから」

 

 それに若いうちに勉強すべきだしな。…ちょっとこの思考は年寄りくさいか? 私はまだ10代のはずなんだけどな……。

 

「っね、私の方が年上だけど、敬語でいいわよ」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 フフ、と笑ったレディの腕が私の腕に絡んだ。ドレス越しに豊満な胸の感触が伝わってくる。ねずみと猫と、犬とまご、それにおばあさんとおじいさんが大きなかぶを「うんとこしょ、どっこいしょ」と引っ張る映像がよぎった。

 

「あれって何で母親と父親がいないんだ? 亡くなってるのか…?」

 

「急に何の話?」

 

「いや、大きなかぶが…」

 

 とそこまで言ったら、レディは胸を手で隠して「すけべ」と言う。

 当たった胸で大きなかぶを連想してしまった私はすけべなのか? どうなのだろう。

 彼が恨みがましい目で私を睨んでいる。

 

「ねぇ…よければ、このまま一緒に夜を楽しまない?」

 

「でも門限が……」

 

「やだ! 門限っていうのは破るためにあるのよ。知らないの?」

 

「……じゃあ破っちゃおうかな」

 

『ネモッ!』

 

「ただ、一応親には電話させてくれ」

 

「…ええ、いいわよ!」

 

 この流れだと彼女の家に泊まることになるのかと思ったが違った。

 着いたのは築年数のあるホテルだ。壁に落書きがいくつかある。ホテルならば電話もあり、それで義父に「仲良くなった友人のところに泊まるね」という体で外泊許可をもらった。言質は取ったぜ。

 

「女の子と来たことはある?」

 

「ないかなぁ…」

 

 体がふらつく。酔いの限界か。ホテルに向かっていたあたりでだいぶ限界だった。

 レディに誘われたら行くっきゃねぇなと思っていたが…ダメだ、眠い。

 

「大丈夫? 私シャワー浴びてくるわね。その間に寝ちゃっててもいいわよ」

 

「おん…」

 

 まぶたが落ちていく。服を脱ぎながらバスルームへ向かう彼女の背中には、黒い模様があった。

 ──ん? あれってもしかして…。

 

「入れ墨……?」

 

 

 

 

 

 

 

「────はえっ?」

 

 起きて早々、トンチキな声が出てしまった。鳥の囀りが聞こえ、柔らかい日差しが窓から差し込んでいる。

 

 大きく伸びをして、体じゅうに血液を巡らせながら昨夜のことをぼんやりと思い出した。

 

「昨日は……そうだ。ブロンドレディとホテルに向かって…」

 

 周囲を見たら隣にレディが寝ていた。うわっ、全裸だ! ……(オレ)も全裸だ!! つーかベッドやシーツに血がついとる!!!

 私の財布が金が散らばった状態で床に開いた状態で落ちているし、レディは明らかに暴力を受けた痕跡がある。

 なんか私の拳が痛いんだけどな……な……(エコー)

 

「うーん…」

 

「ッ!!」

 

 何が何だか分からないが……いや、状況からすると彼女が私の財布から金を盗ろうとしたのか?

 私はまず絶対にないし、彼も男はともかく女子どもに手を出す性格ではない。

 ならディアボロ(アイツ)か? 金を盗もうとしたのに気づいてキレたのかもしれない。

 騎士道精神を見習え。生き恥を晒しているのはお前の方だぞッ。

 

(逃げよう)

 

 かく言う私も逃げを選択するという最低な男ではあるが…。

 落ちていた服を取ろうとしたその時、横から伸びてきた腕が絡みつく。

 

「ねぇ…」

 

「はいッ!」

 

 さあ、『覚悟』の準備をする時間が来てしまったか。

 何の覚悟かって? そりゃあ……両手に手錠をかけられる覚悟さ。

 

 

「私、あんなに激しい夜、人生ではじめてだったわ……」

 

 

 炎天下に当てられたアイスのように、その目はドロドロに溶けて熱にうかされていた。

 

「わ……私もう帰りますねッ!!」

 

 服と財布を抱えてホテルを飛び出す。レディの分まで金は払ったからそれでおあいこにしてくれ。

 

 朝一番のバスに乗り家に帰ってシャワーを浴び、義父から「相当楽しんだようだね」と呆れ交じりに言われ、必死に笑顔を作って赤べこのように首を振った。

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