同居人+1   作:CBR

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お気に入りや評価ありがとうございます。栄養ッ!
現状は週一で投稿できたら花丸な感じです。
(ちなみに主人公の声は個人的にcv:宮本さんで想像しています)


3話 悪魔の祈祷

 イタリアは多くの人間がカトリックを信仰しており、イタリア内にある教会の数は数万以上に及ぶ。

 教会にも種類があり、私たちを引き取った神父が司祭を務める教会は『小教会(パレッシュ)』と呼ばれ、地域コミュニティの核となっている。

 前世の私は特定の宗教を信仰していないありきたりな日本人だったが、腹が猛烈に痛くなった時は「神様仏様…」と祈っていた。

 ちなみに神様は八百万(やおろず)の神を指し、仏様はブッダや亡くなったご先祖様を指す。

 

 今はお義父さんが神父ということもあり、一週間に最低一回は祈祷している。

 カトリックは日曜日が重要な日とされていて、ミサも複数回行われる。当然教会にも多くの人間が訪れる。

 彼の方はといえば、テスト前に「明日のテストの点数が良くなりますように!」と個人的なお願いをすることが多い。

 悪魔(ディアボロ)の名を持つ彼が神に祈っている光景を見ているのは面白かったりする。そうして笑っていると大概彼に怒られるのだが。

 

「ネモは神様に祈らないの?」

 

 祈っているとも。私は祈る時に毎回個人的な願いをしている。彼は「教えてよ」とごねるが、私は気恥ずかしいので答えない。

 

 私の願いは「死にたくない」だ。これは今でも変わらない。死に続けるならディアボロ、お前だけでやってくれ。

 

 ただ、神前にした時に自分の頭に浮かぶのはもっと別の考えである。

 

 私は必死に祈る彼を横目に目を瞑る。

 

 

(聞いてください神様、最近彼の身長が2センチも伸びたんですよ)

 

 

 

 

 

 ●

 

 

『君、またシャーベット屋に行くのか』

 

「うん。そのために義父さんの手伝いだって頑張ってるんだから」

 

 教会の手伝いをした代わりにお小遣いをもらい、週末にシャーベット屋に行くのが彼の最近の楽しみになりつつある。

 以前は将来なるなら船乗りがいいと考えていたが、今はシャーベット屋もいいと考えていた。

 バスに揺られている最中、今日は何味を食べようかと思考を巡らせながら移り行く景色を眺める。

 

「よしっ、今日はバナナとチョコにしよう」

 

 シャーベット屋は休日となると繁盛しており、10分ほど並んでから順番が来た。

 彼はネモにも何か食べるか尋ねると、向こうは少し悩んで全味を所望した。

 

『すべての味を口の中で融合召喚したらどんな味になるか試そうじゃないか!』

 

「却下だよ」

 

 ため息をついた彼はバナナとチョコレートを買い、食べながら道を歩く。

 

『歩きながら食べるとぶつかるって何度も注意してるだろ』

 

「君は僕の親かよ……痛ッ!!」

 

『ほうら、言わんこっちゃない』

 

 街路樹にぶつかった彼は額をさする。とっさにアイスの方を見たがそちらは無事だった。

 鼻息を荒くすると、彼は手すりに座り大人しく食べ始める。ネモが動かした片手は先ほどぶつかった木をがっしりとつかんだ。

 車が前を通り過ぎ、向かい側の歩道で老若男女、さまざまな人間が歩いていく。

 一人で歩いている者は少ない。大抵親や恋人とこの休日を過ごしている。

 

 ふと彼の目に自分と同い年ほどの子どもが映った。少年は店の窓際にかざられた赤い車を指差し母親に何か言っている。少年の母親はため息をついてから、子どもと一緒に店の中へと入っていった。

 

「……家族かあ」

 

 彼はもうすぐで10歳。18歳になれば成人となり酒やタバコ、投票権が解禁される。イタリアの成人年齢が21歳から18歳へ引き下げられたのは1975年のことで、本当につい最近である。

 

「この間さあ……家族へ感謝の手紙を書いたでしょ」

 

 学校の授業で書くことになったものだ。周囲の子どもが父親や母親に手紙を書いているのに対し、彼が書いたのは義父宛ての手紙だ。

 義父が喜んでくれたのはいい。胸につっかえるのはもっと別の事実。

 

 ちょいと前、両親の絵を描くことになった時や学校行事など、周りの子どもには親がいた。その事実が自分は他の子どもとは違うのだと否応なく突きつけられているようで、彼は居心地が悪かった。

 

 同時に疑問が膨らんでいく。自分の本当の親についての疑問である。

 

「義父さんはいつになったら両親のことを教えてくれるんだろう?」

 

『お前がもう少し大きくなってからじゃないか?』

 

「ネモは僕らの両親について気にならないの? 君も一緒に説得してくれたら、義父さんは話してくれるかもしれないのに」

 

『いいかい、お父さんは話さないんじゃない。まだ()()()()んだよ』

 

 裏にはきっと義理の父が話せないだけの重い事情があるのだろうと、ネモは続ける。

 その言葉に彼は不服そうだったが、一旦は溜飲を下げた。それでも納得はいかない。自分はもう三輪車を漕ぐ「ガキ」なんて歳じゃないと考えているからだ。義父が持っているワインをこっそり盗み飲むことだってできる(したことはないが)。

 

「それにッ、はじめて会った大人はどいつもこいつも僕に親がいないって知るとさ、憐れむ目をするんだ! 道端で物乞いするホームレスを見るみたいに!!」

 

 父親や母親がいないなんて可哀想だと。

「可哀想」という言葉は、その人間を自分より()に見ているからこそ出てくる言葉だろう。

 

『………アイス、溶けちまうぜ』

 

「ハァ、ハァ……ッ、わかってるよ!」

 

 呼吸を乱す彼に、ネモは落ち着いた声色でアイスを指差す。時期はすっかり蒸し暑い季節になってきた。

 

『要はお前は、見下されるのが嫌ってことか』

 

「誰だってそうだよ!」

 

『……しかしなあ、ずっと上に居続けることは不可能だ』

 

「………それってどういう意味?」

 

『下が嫌だってことは、上にいた方がいいってことだろ?』

 

「…多分?」

 

『だがこれまでの歴史で栄華を誇り続けた文明があるか? やがては衰退し、滅びの道を辿るだろ。これは人間全体にだって言える話だ』

 

 地球を支配している人間とて、1000年、あるいは100年後には滅んでいるかもしれない。「永遠の絶頂」なんてものはない。仮に求めたとしても、犠牲の上で成り立つ絶頂は遅かれ早かれ終末を迎える。それも屈辱的で、みじめな方法で。

 ネモは思い出す。「オレの側に近寄るなああ────ッ」と叫んでいた悪魔の姿を。

 

『フッ』

 

 不覚にもちょっと笑ってしまった。

 

 

『ひとの人生はどんなに長生きできても理論上は120歳までだ、兄弟。健康寿命だったら6〜70ってところだろう。その人生で短くド派手に生きるよりは、謙虚に慎ましく生きた方がいいだろ。もちろん「楽しく」生きることは忘れずにな』

 

「……ネモってさあ、かなり楽観的に生きてるよね」

 

 彼はため息をつく。ただ、胸の内にあったわだかまりのようなものは解れていた。

 すっかり溶けてしまったアイスのコーンを食べ、近くのナソーネ(水飲み場)で手を洗い、バス停に向かう。

 

 まだ日は明るかったがバスを待つ客は自分しかおらず、ベンチに座りぼんやりとサルディニアの頭上に浮かぶ青い空を眺めた。

 

「あっ、飛行機が飛んでる」

 

「なあ、そこのpicciotto(少年)、ちょっといいか?」

 

「えっ?」

 

 後ろから声がした彼は振り返ると、そこにはバックパックを背負った若い男がいた。イタリアの強い日差しを避けるための帽子とサングラス身につけており、手には地図を持っていることから観光客であるとわかる。

 

「実はコスタ・スメラルダに行きたいんだけど、バス停が分からなくてね」

 

「はぁ……」

 

「タクシーでもいいんだけど、ぼったくられたら嫌だからさあ…」

 

「ビーチの方に向かいたいなら、こっちのバス停ですよ」

 

 困っている人がいるとどうも放っておけない。それが『彼』の小さい頃からの性格だった。ネモだったら相手が子どもや老人でなければ面倒くささが勝り、「あっ、ちょっとボクはここら辺の人間じゃないんで分からないっスね」と断るだろう。

 

「案内までしてくれてありがとうね。心のbeddu(きれいな)少年だ」

 

「いえ、僕が待っているバスはあと20分くらいは来ませんから」

 

「随分と田舎な方に住んでるんだねぇ」

 

「はい…お兄さんはどこの方から来たんですか?」

 

「俺はヌーオロ*1の方から旅行に来たんだ」

 

「へぇー…一人旅行かぁ」

 

 彼は学校行事以外で遠出したことがない。義父は神父で忙しいこともあり、彼と旅行する時間を取ることができない。

 

(ネモが日本(ジャッポーネ)に一度は行ってみたいっていうし、旅費を貯めて二人で行くのもいいかも)

 

 ジャッポーネ旅行はきっと楽しいだろう。ネモがいるならアメリカでもロシアでも、心が弾む旅行になるに違いない。

 

 

「お兄さん、このバス停で──っ!?」

 

 

 彼が振り返ろうとした瞬間、背後から口を塞がれる。何か化学薬品の匂いが鼻腔を刺激した直後、彼の意識は遠くなっていった。

*1
サルディニアの東部にある都市。

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